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惚れた男は女に口では勝てない


「おかみさん?」


 振り返ると、呼び止めたのは叔父の奥さんだった。

 元々は酒場の店主の娘であり、酒場で働く叔父と恋仲となって、そのまま結婚したのだ。

 勝気な性格であり、男相手でも自分が正しいと考えているのであれば退くことをしない──豪気な女性である。

 そんな彼女が真剣な表情でクリスハルトを呼び止めたのだ。


「あんた、行ってやりな」

「なっ!?」


 おかみさんの言葉に叔父は驚いた。

 当然であろう。

 先ほど理由を述べたばかりなのに、どうして真逆のことを言われたのか、と。

 そもそもの理由がこの酒場──彼女の父親から受け継いだ酒場を守るためなのだから、叔父としては一緒に守っていくつもりだったはずだ。

 しかし、それをおかみさんは反対したわけだ。


「いや、私は残るつもりなんだが……」

「ハルを助けてやらないのかい? そのためにさっきは誘われていたと思うけど?」

「クリスハルトにはすでに助けてくれる人間が大勢いる。そこに私が加わる必要など・……」


 おかみさんの言葉に叔父は反論する。

 どうして自分がこの酒場に残ると言っているのか理解してもらえない、そんないらつきが出てきた。

 しかし──


「はぁ」

「っ!?」


 そんな叔父の様子におかみさんは大きくため息をついた。

 それは酷く呆れたような反応出会った。

 いきなり溜め息をつかれ、叔父は驚く。


「あんた、変わっちまったね」

「……どういうことだ?」


 おかみさんの言葉に叔父は聞き返す。

 言っている意味が分からなかったのだろう。

 流石にこれだけの言葉では伝わらないとわかっていたのだろう、おかみさんはさらに言葉を続ける。


「昔のあんたなら、困っている人を見捨てるなんてことはしなかったはずだよ。少なくとも、この酒場で働き始めたころわね」

「……」


 叔父は答えることができない。

 反論しようとするが、口から言葉を発することができない。

 言おうとした内容では意味がないと思ったのだろう。


「親父がこの店を閉めようと言った時、私はそれが嫌だと思った。当時の私にはこの街で酒場を続けるほどの力はなかったから、親父は一緒に連れて行こうとした。しかし、そんな私の手を取って、一緒に酒場を守っていこうとしたのはあんただったよね?」

「ああ、そうだな」


 叔父は頷く。

 その時のことを思い出しているのか、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。

 実はおかみさんはバツイチであった。

 相手の男がいろいろと問題がある人間であり、奥さんが娘を産んだ1年後に出て行ってしまったのだ。

 もちろん、おかみさんに非はない。

 だが、世間にはそれを理解できない者達もいた。

 そのせいもあってか、酒場は今までより売り上げを落としてしまったのだ。

 彼女の父親はここでの商売は難しいと悟り、別の場所で店を開くことを考えていたのだ。

 そして、そこへ彼女を連れて行こうとしたのだ。


「そんなあんたがどうしてハル──いや、クリスハルトを助けてやらないんだい? 血のつながった家族だろう?」

「言っただろう。クリスハルトにはすでに助けてくれる者たちが多くいる。それに私にとって、この酒場も守るべきものだ」

「別にあんたがいなくとも、この店はやっていけるさ。当時はあんたの助けがなかったらすぐにつぶれていただろうけど、今は常連客も大勢いるから問題はないよ」

「だが……」


 叔父は反論しようとする。

 たしかに彼女の言う通りではあるが、叔父にも退けない部分がある。

 彼は先代店主にはっきりと宣言していた。

 娘さんとこの店は自分がしっかりと守る、と。

 その宣言を忠実と守ろうとしているのだ。

 かなり真面目な人間である。


「サンライズ王国、アタシも行ってみたいんだけど?」

「なに? ついてくるのか?」


 おかみさんの突然の言葉に叔父は驚く。

 まさかの言葉だったのだろう。

 そんな叔父の言葉におかみさんは呆れたように言う。


「旦那だけ他国に行かせるつもりなんてないよ。クリスハルトを助けるのはあんただけど、あんたを助けるのはアタシさ」

「だが、そうなるとこの酒場は……」


 叔父は心配そうにそんな言葉を口にする。

 叔父とおかみさんの二人がいなくなれば、酒場を続けることは難しくなる。

 つまり、叔父は先代店主との約束を半分破ってしまうことになる。

 しかし、おかみさんは首を横に振る。


「安心しな。アタシ達がいなくとも、この店は続いていくわ」

「いや、私達がいなかったら……」

「まだ娘がいるじゃないか」

「む?」


 おかみさんの言葉に叔父の言葉は詰まる。

 忘れていたわけではない。

 だが、娘が一人で酒場を経営していくことができるとは思っていなかったのだ。

 なんせ、まだ10代半ばの女性なのだから。


「今まできちんと料理を教えてきたから、この店で出せる料理はしっかりと作れる。仕入れや接客もできるように教えてきたつもりさ」

「それはわかっているが……だが、あの娘一人でやっていけるほど、経営は甘くないと思うが……」


 おかみさんの言葉を聞くも、まだ心配な叔父である。

 血は繋がらずとも、今まで自分の娘のように扱ってきたのだ。

 まあ、義理の娘であるため、間違いではないのだが……


「大丈夫さ、あの娘なら、上手くやっていけるさ」

「そうなのか?」

「ああ、そうさ。なんせ……」


 おかみさんはそんなことを言いながら、客席の一部を見る。

 その反応に叔父は首を傾げる。

 よくわからなかったようである。

 しかし、クリスハルトには理解できた。

 あの娘には手助けしてくれる優しい人がいる、ということを。


「いや、言わないでおこう。だが、あの娘になら安心してこの店を任せることができるわ。というわけで、アタシもあんたについていくことができるわけさ」

「だが……」


 叔父はまだ反論しようとする。

 たしかに理由としては問題ないかもしれない。

 だが、彼としてはまだ行くと決めていないのだ。

 そんな彼におかみさんはとどめの一言を放った。


「そういえば、アタシたちは新婚旅行をしてないわね?」

「……」


 おかみさんの言葉に叔父は言葉を詰まらせる。

 結婚した男女がより仲を深めるため、一緒に旅行したりする。

 普段の日常とは違った刺激を与えることも一つの目的である。

 しかし、この二人はそれをしなかった。

 結婚した時期が時期であるし、すでに一人の娘がいた。

 そんな状況下で旅行ができるわけもなく、そのまま今まで来ていたわけである。

 もちろん、おかみさんも本気でそのことを批判しているわけではない。

 ただこの状況に利用できる材料だからと使っているだけなのだ。


「サンライズ王国はいろんな新しいものがあるらしいじゃないか。こっちにも輸入はされてくるだろうけど、やっぱり本場の物の方が信頼できる。アタシも見てみたいな」

「……わかったよ。サンライズ王国に行こう」


 叔父は諦めたようにそう告げた。

 惚れた弱みと言うべきか、男が女に口で勝てるわけがないのだ。

 まあ、今回の場合はそれ以外に弱みはあったわけだが……


「じゃあ、これからもよろしく、ハル──いや、貴族様ならクリスハルト様と呼んだ方が良いかい?」

「いや、今まで通りハルで大丈夫ですよ。おかみさんから様付をされると距離を置かれているようで寂しいですし」

「じゃあ、今まで通り呼ぶことにしようか」


 クリスハルトの言葉におかみさんは納得したように頷いた。

 こうしてクリスハルトの帰国は予定外の人物が増えることとなった。






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