放蕩王子は諦め、認める
(ドンッ)
「うぐっ!?」
いきなり飛び込んできた物体がみぞおちに直撃し、青年は苦しげな声を漏らす。
だが、どうにか倒れることなく、そのまま立っていることができた。
そして、自分の腹部辺りに抱き着く物体──一人の少女の姿を確認する。
「やっぱりクリス兄様だっ!」
「っ!?」
目の前にいる少女を見て、青年は驚きの表情を浮かべる。
そこには先ほどまでのイラつきとは違い、焦りのような表情が見えた。
それを見たレベッカはニヤリと笑みを浮かべる。
「リリアナ様、その方はどうやらクリスハルト様ではないそうですよ」
「えっ!?」
レベッカの言葉に少女──リリアナは驚く。
そんなレベッカの言葉にクリスハルトは怪訝そうな表情になる。
この状況でそんなことを言う彼女の意図が分からなかったからである。
そもそも彼女は青年=クリスハルトと思っていただろうに……
「そんなことないわっ! 絶対にクリス兄様だよっ!」
「ですが、本人が否定しているのですよ。ならば、別人だと考える方が……」
首を横に振るリリアナを窘めるようにレベッカは反論する。
その表情は本当に悔しそうであった。
しかし、青年は気付く。
明らかに演技である、と。
「別人じゃないよっ! クリス兄様を私が見間違うはずがないもんっ!」
「しかし……」
「ねぇ、クリス兄様だよね? 私のこと、わかるよね?」
「えっ!?」
リリアナの言葉の矛先が青年に向く。
いきなりの言葉に青年は驚きの表情を隠せない。
(うるっ)
「うっ!?」
悲しげな表情で涙目になるリリアナを見て、青年は心が締め付けられる。
こちらは完全に演技ではない。
本心から悲しんでいるようだ。
だからこそ、青年に罪悪感を与えているのだ。
「「「「「……」」」」」
周囲の視線が青年に集中する。
先ほどまでも集中していたが、それはあくまでも目の前で起きている出来事に興味津々だったからである。
しかし、今は青年を非難するような視線となっている。
理由は分かり切っている。
「ねぇ、何か言ってよ、クリス兄様」
「……」
リリアナの言葉に何も答えられない青年。
可哀そうではあるが、青年にも事情はある。
だからこそ、黙っているのだ。
そんな青年に声をかける人物がいた。
「ねぇ、ハル兄」
「……なんだ?」
話しかけたのは先ほど青年に助けられた少女だった。
彼女は助けられたとき、青年に尊敬のような感情を抱いていた。
しかし、今の彼女にはそんな感情は見えない。
代わりに……
「認めてあげなよ」
「えっ!?」
「その娘、可哀そうだよ。大好きなお兄さんがいなくなって、また会えたと思ったら、他人のように扱われるなんて……好きな人にそんな対応をされるなんて、私だったら耐えられない」
「……」
少女の言葉を聞き、青年は何か考えるように黙り込む。
そんな彼を少女はじっと見つめる。
青年に抱き着くリリアナもじっと見つめる。
いや、この場にいる全員が青年を見ていた。
「はぁ……俺の負けだよ」
青年は大きくため息をつき、降参を示すように両手を上げた。
リリアナが登場した理由を途中で気付いたが、抱き着かれた時点で時はすでに遅かった。
すでに詰みの状態にされていたのだ。
「では、認めてくださるのですね?」
「ああ、そうだよ。俺がクリスハルト=サンライズ──元第一王子だ」
レベッカの言葉に青年──クリスハルトは答える。
元々、記憶喪失でも何でもなかった。
新たな人生を歩むうえで、第一王子であることは無駄であると判断したのだ。
だからこそ、新たな自分として、記憶がないということにしたのだ。
自分のことを知らない他国だからこそ、やっていけると思っていたのだ。
しかし、まさかこんなところまで自分を知る者が探しに来るとは……
「ええ、知っていますよ」
「……最初からわかっていたのか? これでもバレないようにいろいろと変えていたのに」
レベッカの言葉にクリスハルトは思わず聞いてしまう。
今のクリスハルトは王国にいた頃とは全く異なっていた。
【放蕩王子】と呼ばれていた頃すら、爽やかで整ったルックスであった。
しかし、今の彼はかっこよさは変わらないもののその種類は異なっていた。
どちらかというと、ワイルドなかっこよさであった。
昔の彼を知る人間であれば、同一人物だと思わないだろう。
しかし、レベッカとリリアナは騙されなかった。
「私が間違えるはずないじゃないですか。そして、リリアナ様も」
「どういうことだ?」
「私たちは一番好きなのがクリスハルト様ということです。そんな好きな人の姿形が変わったとしても、見間違うはずがありません」
「……そうか」
レベッカの言葉を聞き、クリスハルトは納得する。
どうやら最初から勝つことのできない戦いだったようだ。
どんなに変わったとしても自分のことを認識できる二人を相手に逃げ切ることなんて、いくら天才のクリスハルトでも不可能である。
そんな彼にレベッカはさらに付け加える。
「ちなみに、クリスティーナ様もきっとわかるはずですよ」
「……」
レベッカの口からクリスティーナの名前が出た瞬間、クリスハルトは黙り込んでしまう。
彼の中ではまだ苦手意識が残っているのだ。
それは当然の話であろう。
初めて出会ったあの時の言葉は今も彼の心の奥底に棘となって突き刺さっているのだ。
それは時が経つごとに深く入り込んでいった。
今では簡単に抜くことができないほどに……
「説明させていただいたでしょう? クリスティーナ様はクリスハルト様のことを愛している、と」
「……わかっている。だが、どうも信じられないんだ」
クリスハルトは首を振る。
頭では理解しているのだ、自分の考えが間違っていることは。
しかし、勘違いとはいえ、ずっと思い込んでいたことを簡単に変えることはできない。
そんなクリスハルトに話しかける人物がいた。
「妃殿下はクリスハルトのことを「任せてください」と言っていたよ」
「おじさん?」
その言葉を発したのは酒場の店主──クリスハルトの叔父であった。
まさかの人物の言葉にクリスハルトだけではなく、その場にいた全員が驚いていた。
周囲の視線が集中する中、叔父は話を始めた。
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