クールな王妃は凍てつく笑みを浮かべる
「さて、クリスハルト君のことだけど──」
「もちろん、王族として受け入れるつもりだ」
リリーが何か言おうとした瞬間、旦那様がその言葉を中断した。
そして、意外な言葉を口にした。
その場にいた全員が少し驚いた表情をしてしまった。
「……まだ何も言っていないんだけど?」
「元々そのつもりだったのだろう?」
「……そうだけど」
旦那様の言葉にリリーが少し悔しげな表情をする。
彼女が同年代で唯一苦手としているのが旦那様だったりする。
人との交流が苦手な私や爵位的に下のメリッサならば、頭の良さで負けたとしても口で負けることはなかった。
しかし、旦那様はその両方を持ち合わせており、頭の回転も非常に速い。
だからこそ、リリーが上を取ることは難しくなっているのだ。
「では、さっそく引き取るとして……」
「ちょっと待ってくれ」
「なんだ?」
話を進めようとした瞬間、アレク様が慌てて話を止める。
一体、どうしたのだろうか?
「引き取るのは一ヶ月待ってくれ」
「一ヶ月、どうしてだ?」
ムーンライト公爵の提案に旦那様だけでなく、私も首を傾げる。
ここで待つ理由が分からないからである。
だが、彼の口からとんでもない理由が出てきた。
「クリスハルト君は虐待を受けていた」
「「っ!?」」
衝撃の事実に私たちは驚いた。
私はリリーに視線を向けるが、彼女も頷くだけであった。
どうやら事実のようである。
しかし、信じられなかった。
メリッサは非常に優しい子であったため、リーヴァ子爵家の人間は全員が優しい人間だと思っていた。
いや、家族であっても、人が違えば性格が違うのが当たり前である。
その性格の不一致が虐待に繋がっていてもおかしくはないのかもしれない。
「虐待をしていたのは現リーヴァ子爵夫人とその息子よ」
「……リーヴァ子爵家を潰して、一族郎党皆殺しにしましょう」
リリーの言葉に私からそんな言葉が出てきた。
メリッサの大事な忘れ形見を傷つけたのだから、当然の報いである。
おそらくすべてを凍てつかせるような笑みを浮かべていたのだろう。
旦那様とアレク様が私を見て、顔を青ざめていた。
唯一、リリーだけがいつも通り私に話しかけた。
「落ち着きなさい、クリス」
「私は落ち着いているわ。だからこそ、すぐにこの考えが出たのよ」
「怒りのあまり正常な判断ができていないのよ。とりあえず、クリスハルト君の気持ちを聞きなさい」
「気持ち?」
リリーの言葉に私は少し落ち着いた。
一体、その子は何を言ったのだろうか?
「現子爵だけは救ってほしい、だそうよ」
「……どうして?」
まったく意図の分からない気持ちだった。
クリスハルト君にとって自分を虐待する二人の家族である現子爵は恨みを向ける対象であろう。
どうして、そんな人間を救おうとしているのだろうか?
「彼の話によると、現子爵はその虐待に関与していないわ。おそらく、知らなかったのでしょうね」
「知らなかった、で済む話じゃないわ」
「クリスの気持ちもわかるけど、落ち着きなさい。リーヴァ子爵は代替わりしてから、まだ日が浅いのよ。しかも、先代子爵の急死のせいで引継ぎも上手くできていなかったみたいよ」
「それがどうしたの?」
リリーの言葉に私は苛つく。
どんな理由であっても、メリッサの忘れ形見を傷つけた人間を私は許すつもりはない。
それがたとえクリスハルト君自身の願いであっても、だ。
「おそらく、クリスハルト君が引き取られたのは先代子爵が急死してからよ。当主としての仕事をこなさないといけない状況でクリスハルト君のことを世話できるはずがないでしょう?」
「……」
「クリスハルト君も引き取ってくれたことを感謝していたわ。ついでに言うと、先代子爵家で仕事をしていた使用人も雇っていたみたい」
「……なら、どうして虐待が起きたの?」
クリスハルト君が庇う理由は理解できた。
しかし、だからこそわからなかった。
どうして彼が虐待されていたのか。
「子爵夫人が辞めさせたみたいよ。いくら先代子爵の時代から使用人をしていたとしても、立場的には現子爵夫人の方が上よ」
「……」
「自分のことで精一杯の現子爵にはそれに気づく余裕がなかったと考えるわ」
「……だからといって、まったく罪がないわけではないわ」
現子爵に情状酌量の余地があることは理解できた。
しかし、私はどうも許すことができなかった。
クリスハルト君を傷つけられたからであろうか。
気持ちを抑えることができないようだ。
そんな私の気持ちに気づいたのだろう、リリーは苦笑をしながら提案してくる。
「別にまったくの無罪にしろ、ってわけじゃないみたいよ?」
「そうなの?」
彼女の言葉に私は驚いてしまう。
てっきり無罪にしてほしいのだと思っていた。
「リーヴァ子爵家が囮潰しになるのは確実だからよ。だからこそ、現子爵の命だけは助けてほしい、と」
「どういうこと?」
まったく意味が分からなかった。
リーヴァ子爵家を取り潰そうとしているのは、私が怒っているからである。
当然、クリスハルト君がそんな私の気持ちを知っているはずがない。
それなのに、どうして取り潰されることが分かっているのだろうか?
「クリスハルト君を隠していたからよ」
「隠していた……あっ!?」
ここで私もリーヴァ子爵家が取り潰される理由に気付くことができた。
クリスハルト君は旦那様の血を引く──つまり、王族である。
そんな彼を一貴族が隠し育てている──その存在を理由に王族に近づこうとしている、と思われてもおかしくはない。
王族に対する叛意として取られることもあるだろう。
もちろん、リーヴァ子爵家の人間にそんな考えはなかったであろう。
しかし、クリスハルト君の存在がそう思わせてしまっているのだ。
「リーヴァ子爵家の中で過ごしているのであれば、こんなことにはならなかったわ。でも、他家の人間が発見した以上、その存在を隠し続けることはできないわ。まあ、ムーンライト公爵家であったことが不幸中の幸いね」
「……そうね」
リリーの言葉に私は頷く。
これがもし国の中枢──政治などに関わろうとする野心のある家であれば、クリスハルト君を最大限利用しようとするだろう。
だが、ムーンライト公爵家にはそんな野心は全くない。
すでに権力を持っているからである。
今さらクリスハルト君を利用する意味がないのだ。
「とりあえず、クリスハルト君は現子爵の命だけは助けてほしい、と思っているみたいよ。きちんと状況を理解できて賢いうえに優しい子──メリッサと一緒ね」
「っ!?」
リリーの言葉に私は言葉を詰まらせる。
その言い方は卑怯である。
メリッサのことを言われれば、拒否することはできないではないか。
「メリッサの忘れ形見の願い、クリスは拒否するのかしら?」
「……一つ条件があるわ」
「何かしら?」
「現子爵が全く悪びれない様子だったら、問答無用で罪に問うわよ。クリスハルト君のことを気付かなかったんだから」
「それぐらいならいいんじゃないかしら?」
私の提案をリリーは受け入れた。
どうやら、すべてを否定するつもりはなかったようだ。
だが、最初から彼女の掌の上で動かされているような気がする。
作者の執筆のモチベーションに繋がりますので、読んでくださった方はぜひともブックマークと評価をお願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




