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クールな王妃は気遣う


 結果として、私はグラモラス公爵令嬢のことを「リリー」と呼ぶことになり、彼女も私のことを「クリス」と呼ぶことになった。

 違和感はあるが、それでも親しげに呼ぶことができる友人が増えたことは喜ばしいことだ。

 まさか短期間でこんな風に友人が増えるとは思わなかったが……


「とりあえず、私はアレク様が好きなの。つまり、クリスとは敵対する理由がないわけよ」

「そこは納得できたわ。でも、そんなに素晴らしい人なのね、ムーンライト公爵令息様って」


 私は思わずそんな感想を漏らしてしまう。

 リリーは同性の私から見てもかなり魅力的な女性である。

 見た目は整っていても怖いという雰囲気のある私と比較すると悲しくなってしまう。

 そんな彼女に好かれているのだから、相当素晴らしい人だと思うが……


「見た目は普通に整っていると思うわよ。でも、見た目で選ばれることはないと思うわ」

「あら、どうして?」

「特に優れた容姿を持っているわけじゃないからよ。整ってはいるけど、本物の見目麗しい人と比べれば見劣りはするレベルね」

「好きな人なのに結構言うわね」


 リリーの言葉に私は驚いてしまう。

 好きなのだったら、もっと惚気るものだと思っていた。

 恋は盲目というぐらいだから、彼女の目にはムーンライト公爵令息が白馬にのった王子様のように見えているぐらいかと思っていたが……

 だが、そんな私にリリーは呆れたように告げる。


「だって、見目麗しい人間なんて見慣れているもの。クリスだってそうでしょう?」

「……それはたしかに」


 彼女の言葉に私は納得する。

 彼女の言う通り、高位貴族の令嬢は意外と目が肥えていたりする。

 社交界で多くの貴族を見てきたが、意外と容姿の整っている者は多いのだ。

 男女問わず異性が寄ってくるのは見目麗しい者達である。

 その見目麗しい者同士が結ばれることによって、見目麗しい子供が生まれてくる。

 その子供がまた見目麗しい異性と親しくなる。

 要はその繰り返しである。

 まあ、すべてがそうとは言い切れないけど……

 とりあえず、そうやって容姿の整った貴族が多いのだ。

 その結果、私達は容姿が多少整った程度では何とも思わなくなってしまっていたわけだ。


「では、何が理由で好きになったのですか?」


 ここでメリッサが気になったのか会話に入ってきた。

 彼女も女の子、恋話が気になるのだろう。

 聞かれたリリーも少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも話始める。


「褒められたのよ」

「「褒められた?」」

「ええ」

「「?」」


 リリーの言葉に二人とも首を傾げてしまう。

 もちろん、言葉の意味は理解できている。

 しかし、あまりにも抽象的過ぎて理解できなかったのだ。

 とりあえず、続きを聞かないといけない。


「褒められるぐらいなら普段からされているんじゃないの? 周囲にいる取り巻き達がよいしょをしているのを少し離れていても聞こえるぐらいだけど……」

「そんなの私に取り入るためのおべっかに決まっているでしょ? そんなことで褒められても全く嬉しくないわ」

「まあ、それはそうだけど……でも、本心から褒めてくれる人ぐらい入るんじゃないの?」


 納得しつつも私は質問する。

 彼女が自分を利用としている人間をそのまま近づけておくとは思えない。

 迷惑をかけられるのが分かっているのだから当然であろう。

 そして、そういう人間を排除すれば、自ずと本心から褒めようとしている人間が残ると思うのだけど……


「まあ、私のことを本気で褒めてくれる人はいるわ」

「でしょう?」

「でも、それはあくまでも私の心証を良くするためよ」

「どういうことかしら?」


 また難しいことを言う。

 いや、本当は簡単なことなのかもしれない。

 だが、社交が全くできない私にとっては難しい事となっているのだ。


「そういう子たちは私の素晴らしいところを探して、それを褒めようとしてくれるわ。でも、それは良いところに気づく自分を評価してもらうためにやっていることなの」

「……取り巻きとして取り入ろうとしているわけね。じゃあ、前の人と変わらないわけね」

「いいえ、そこは違うわね。あくまでも自身の立場を向上させようとやっていることだから、ただただ私を利用しようとしているのとは違うわ。まあ、私の立場が目当てであることには変わりないけど」

「……人付き合いって、面倒ね」

「クリスは元々やっていないじゃない」


 私の結論にリリーはツッコミを入れる。

 事実ではあるが、もう少しオブラートに包んではもらえないだろうか?

 かなり傷ついてしまう。

 まあ、一番悪いのは私なのかもしれないけど……


「それで、そのアレク様はリリーを褒めたのね。でも、それって取り巻きの人たちとどう違うの?」

「まったく違うわよ。そもそも公爵令息のアレク様が公爵令嬢の私に取り入る理由がないでしょう?」

「たしかにそうね」


 リリーの反論に私は納得する。

 同じ爵位でも格差は存在する。

 貧富や権力の差もあるので、同じ爵位でも弱者が強者に取り入ろうとすることは十分にあり得る。

 しかし、公爵家同士ではそんなことは起こりにくい。

 もちろん、他の爵位と同じように差は存在するであろう。

 だが、そんな差など気にならないぐらい金も権力も持っているのだ。

 つまり、他者に取り入り必要もないわけだ。


「私ってね、本心から褒められたことがないのよ」

「どういうこと?」


 リリーの言葉に私は首を傾げる。

 メリッサも理解できなかったようで、同じように首を傾げた。

 理解されないのはわかっていたのだろう、リリーは話を続ける。


「できるのが当たり前、そう思われていたんでしょうね。両親にも、家庭教師にも褒められたことはなかったわ」

「できたのだったら褒めるのが当たり前だと思うけど……」


 私は思わずそんなことを呟く。

 私が受けている教育は難しいものが多く、最初からできることの方が少ない。

 努力をすることでできることにするのだ。

 そして、それを周囲の大人たち──両親や家庭教師は必ず褒めてくれた。

 だからこそ、私は嬉しく思い、さらに努力を重ねることができたのだ。

 しかし、それをリリーはされていなかったということだ。

 とても信じられないのだが……


「両親は二人とも優秀だったもの。その二人の子供だったら、できて当たり前と思っていたのでしょうね」

「それは短絡的じゃないかしら?」

「まあ、私も優秀だったみたいで、何の苦労もなくいろいろと身に付けることができたわ」

「……そう」


 同情しようとしたが、その必要はなかったようだ。

 てっきり重圧に耐えきれなかったと思っていたが、案外そうでもないみたいだ。


「でも、褒められ慣れていないのは事実よ」

「周囲から褒められていたじゃない」

「そんな打算ありの褒め言葉はいらないわよ。心から私のことを褒めてくれる言葉が欲しかったの」

「それをしてくれたのがアレク様?」


 若干茶化しつつ、私は問いかける。

 要はめったに褒められない彼女がアレク様に褒められたことで恋に落ちてしまったということだろう。

 意外と簡単な話であった。


「ええ、そうよ。10歳の時に王立図書館で勉強しているとき、アレク様に声をかけられたの。「小さいのにこんな難しい本で勉強して偉いな」ってね」

「それだけ?」


 私は思わずそんな言葉しか出なかった。

 想像以上に褒め言葉が少なかった。

 私だって、もっといろんなことを言われて褒められていたと思う。

 だが、そんな私の反応とは裏腹にリリーは嬉しそうにその時のことを思い出しているようだった。


「優しそうな笑みを浮かべ、私の頭を撫でてくれたの。なんだか心がぽわぽわした気持になったわ」

「「……」」


 リリーの話を聞き、私とメリッサは何も言えずに顔を見渡す。

 お互いに何とも言えない表情を浮かべていたのだろう。

 その状況から察するに恋心を抱いているのはリリーの方だけだろう。

 いや、それ自体は別に構わない。

 片思いぐらいはよくあることなのだから、もう一方に恋心を持ってもらうように行動すればいいのだから。

 しかし、先ほどまでの話を聞く限り、アレク様の方には……


「良かったわね」

「ええ、そうですね」


 流石にそれを伝えることを私たちにはできなかった。

 こんなに嬉しそうな友達の笑顔を壊すことなんてできるはずがなかった。

 だからこそ、賛同するような言葉だけを告げたのだ。


「ふふ、アレク様」


 そんな私たちの気遣いに気づいた様子もなく、リリーは嬉しそうな表情でトリップしていた。

 どんなに優秀な人でも弱点はあるのだな、そう思った瞬間であった。






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