公爵令嬢は提案する
「レベッカ様の気持ちは理解できました。ですが、私にできることはなさそうに思いますが……」
私の言葉を聞いたセシリアさんがそんなことを言う。
彼女は自分の立場を理解しているのだろう、だからこその言葉である。
しかし、私はそうは思っていなかった。
彼女だからこそ、できることがあるのだ。
「貴女にはクリスハルト様がこれ以上悪くならないように防波堤になって欲しいの」
「防波堤、ですか?」
彼女は首を傾げる。
流石にこの説明だけではわからないだろう。
詳しい内容を説明する。
「現状、クリスハルト様の評判はかなり悪いわ。それは理解しているわね」
「はい」
「でも、ある一線は越えていないの」
「ある一線、ですか?」
「ええ。それは国庫に手をつけている様子がない、ということよ」
「……当たり前なのでは?」
私の説明にセシリアさんが聞き返す。
話だけを聞けば、当たり前のことであろう。
しかし、そんな当たり前のことすらも守ることができない輩がかつてはいたのだ。
「だいぶ昔の話だけど、一人の平民に恋をした王子の一人がその女性に対して大量の貢物をしたの。しかも、国庫の半分近くを使って、ね」
「……それはかなり酷いですね」
「まあ、その結果、その王子は廃嫡になったわ。たしか、死ぬまで辺境の地に閉じ込められたはずよ」
「うわぁ……」
セシリアさんが驚いた表情を浮かべる。
王族としては悲惨な末路を想像したのだろう。
今までは金と権力で大半のことはできていたのに、辺境の地ではそれもままならない。
果たして、今までの違う生活に耐えることはできるのか、と。
そして、すぐに彼女は気付いた。
「つまり、クリスハルト様がそうなる可能性がある、と?」
「ええ、そういうことよ。現状はまだセシリアさんに貢いでいないようだけど、それもいつまで続くかはわからないわ」
「……まあ、そうですね。ですが、私は別に他人から物を貰うつもりはありませんよ」
「貴女はそのつもりでも、クリスハルト様はそうは思わないかもしれないわ。遠慮していると思い、無理矢理渡そうとするかもしれないわ」
「……」
私の説明に彼女は黙り込む。
おそらく、私の言った通りのことを想像したのだろう。
そして、クリスハルト様から物を貰ってしまった際、権力の差で断ることができないということも……
そんな彼女にできることは一つだ。
「クリスハルト様には何か貰うような状況にならないようにしてほしいの」
「そんなことできますかね?」
「別に難しい事を言うつもりはないわ。とりあえず、クリスハルト様の前で欲しい者の話はしない。そういう話になった際、話を逸らすことね」
「……それぐらいはできそうですね」
セシリアさんは頷いた。
彼女ならば、そう難しい事ではないだろう。
彼女の立場もであるが、優秀であることも頼んだ理由である。
無能な人間では、確実にクリスハルト様に気づかれてしまうからである。
あの人は昔から人の変化には聡い。
【放蕩王子】と呼ばれるようになって変わってしまったかもしれないが、そこは変わっていなかったようだ。
情報源はリリアナ様である。
クリスハルト様と唯一仲良く話すことのできる彼女が変化したことを褒めてもらったそうだ。
たしか新しい髪飾りをつけていたとき、だったかしら?
私には何も言ってくれないくせに……
もしかして、私にはもう興味がないのかしら?
かなり悲しい気持ちになってしまったが、今はそんなことを考えている時ではない。
「私に協力してくれたら、私も貴女に協力するわ」
「私に協力、ですか?」
セシリアさんは首を傾げる。
身に覚えのない話なのだろう。
だが、彼女は望んでいることがあるはずだ。
「もちろん、セシリアさんとフィルくんの婚約のお手伝いよ」
「えっ!?」
セシリアさんは驚く。
いきなりそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
だが、私は手伝ってもらうのに、何も返さないような人間ではないのだ。
最大限、望みを叶えるつもりである。
「現状での二人の問題はレイニー男爵がフィルくんを認めていないことでしょう?」
「……はい」
「最近は成績もよくなっているから、能力的にはそこまで問題はないでしょう。真面目ということも評価が高くなるでしょうね」
「そうですか!」
フィルくんを褒められたことが嬉しかったのか、セシリアさんは笑顔になる。
やはり好きな人が褒められることは嬉しいだろう。
私だってクリスハルト様が褒められれば、誇らしい気持ちになる。
本当に昔のように戻ってくれないだろうか?
「でも、一番のネックであるクラウド商会は成長していない、でしょう?」
「いえ、成長はしていますが……」
「フィルくんの成長ほどは大きくない、でしょう?」
「……はい」
私の言葉にセシリアさんの表情はかげる。
やはり事実なのだろう。
私は公爵令嬢であり、第一王子の婚約者であることから、この国の有名どころの事情はしっかりと仕入れているつもりだ。
その一つにクラウド商会の成長の件はあった。
最近、新商品の開発を率先して行っているそうだ。
その商品は平民の間でも評判で、毎日のように売り切れするほど大人気の様だ。
そして、貴族相手にその商品を売り込もうとした。
しかし、それはうまくいかなかった。
平民と同じ商品を貴族が買わないと判断したのか、付加価値を付けて売り出そうとしていたことは正しい判断である。
しかし、それだけで貴族への商売ができるわけではない。
その貴族につながるコネがないと商売を始めることはできないのだ。
クラウド商会には残念ながらそれがなかった。
だが、その問題を私なら解決することができる。
「ムーンライト公爵令嬢の私がクラウド商会を贔屓にすれば、一気に大商会の仲間入りができるはずよ」
「っ!?」
「そしたら、確実にレイニー男爵はセシリアさんとフィルくんの結婚を認めてくれるはずよね?」
「それは、たしかに……」
私の提案に彼女は悩む。
魅力的な提案だと思っているのだろう。
だからこそ、受け入れるべきだと思うのだが……
「いえ、やっぱりいいです」
「あら、どうして?」
セシリアさんは意外にも断った。
どうしてだろうか?
「私たちの婚約ですから、レベッカ様に迷惑をかけるわけにはいきません。私たち自身で解決しないと……」
彼女ははっきりと宣言した。
立派なことだろう。
自分達の問題なのだから、自分達で解決をする。
今の人たちはそういう考えをしない──だからこそ、自分達の失敗を他人に擦り付けたりするのだ。
そういう人間が信頼できるはずがない。
その点、彼女は非常に信頼できる人物だと私は感じた。
だからこそ、彼女にこんな提案をしたのだ。
「これは迷惑じゃないわ。ただの等価交換よ」
「え?」
私の言葉にセシリアさんは驚く。
予想外の言葉だったのだろう。
しっかりと説明をしよう。
「私はクリスハルト様をどうにかしたい、セシリアさんはフィルくんとの仲をどうにかしたい──お互いの問題をお互いが解決しようとする、そういう話よ。だから、私に迷惑をかけるということにはならないわ」
「ですが、レベッカ様にはお手数をおかけすることになると思いますが……」
「それだったら、私もセシリアさんに迷惑をかけていることになるけど?」
「そ、そんなっ!? 滅相もないですっ!」
「なら、問題はないわね」
「……はい」
私に言いくるめられ、セシリアさんは頷くしかできなかった。
優秀ではあるが、言い争いでは私の方に軍配が上がる。
くぐってきた状況の数が違うのだ。
この点では彼女に勝つことができているようだ。
「一度、フィルくんを連れてきなさい」
「え?」
「当事者がいないと始まらないでしょう? 私もハルシオン様を連れてくるから、四人で今後の問題を話し合いましょう」
「えっ!?」
「じゃあ、三日後の放課後に集まりましょう。流石にそれ以外の時間には私とハルシオン様の周りから人がいなくならないでしょうから。では、また」
「ちょっ……」
私はその場から立ち去る。
背後からセシリアさんの驚く声が聞こえてきたが、私はそのまま進んでしまった。
それほどまでに高揚してしまっているのだ。
もしかすると、クリスハルト様の件が解決するかも──そういう期待があったためである。
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