公爵令嬢はいじめの現場を目撃する
イジメ、ダメ、ゼッタイ!
翌日も私とクリスハルト様の間の溝は埋まらなかった。
リリアナ様と過ごした後ならば──という期待もあったのだが、流石にそんなことはなかったようだ。
リリアナ様に優しいというからと言って、私にまで優しいわけではないのだ。
まあ、婚約者なのだから、少しぐらいは優しくしてくれていいとは思うのだが……
そんなことを思いながら廊下を歩いていると、不意に声が聞こえてきた。
「あんた、生意気なのよっ!」
「ん?」
私は思わず気になってしまった。
現在は昼休み、昼からも授業があることから学院内に生徒がいることはおかしくはない。
当然、廊下にも人は大勢いるだろう。
だからこそ、会話をしている学生もいるはずだ。
しかし、聞こえてきたのはあまりにも剣呑な言葉であり、雰囲気であった。
気になった私は思わず声のする方に近づいてしまった。
声の主はよほど大きな声で叫んだのだろう、私が辿り着いたのは少し離れた場所にあった建物の間にあるスペースであった。
そこには四人の女生徒がいた。
といっても、全員が仲が良い雰囲気ではない。
一人の女生徒に対し、三人の女生徒が取り囲んでいる様子だった。
取り囲まれている女生徒については私もよく知って──いや、この学院で知らない生徒はいらないだろう。
セシリア=レイニー男爵令嬢であった。
「いい加減、身の程をわきまえたらどうかしら?」
三人の女生徒の一人──たしか侯爵令嬢だったはず、がレイニー男爵令嬢にそんなことを告げる。
その言葉に残りの二人も賛同していた。
この二人もたしか伯爵令嬢のはずである。
「……何がでしょうか?」
侯爵令嬢の言葉にレイニー男爵令嬢は真っ向から聞き返した。
圧倒的に身分の差があるのに、まったく怯んでいない様子であった。
いや、あの態度は虚勢なのかもしれない。
少し体を震わせており、恐怖を感じているようだ。
だが、彼女の立場からすれば、仕方がないのかもしれない。
そして、そんな彼女の様子は侯爵令嬢も気付いているようだった。
「クリスハルト殿下に言い寄っていることよ。あの方は第一王子──あんたみたいな男爵令嬢が気安く話しかけて良い方じゃないのよ」
侯爵令嬢ははっきりと告げる。
言っていることは正論のように聞こえる。
たしかに男爵令嬢が王子と仲良く話すのは普通ではない。
そのことについて、嫌がる貴族だって存在するのだ。
「どうして貴女にそんなことを言われないといけないのですか?」
レイニー男爵令嬢は問い返す。
もちろん、言われたことの意味は理解しているだろう。
男爵令嬢とはいえ、Aクラスに所属しているのだ。
言われたことも理解できないような人間が所属できるわけがない。
言われた意味を理解したうえで、どうしてそのような質問をされたのかを聞いているようだ。
しかし、その態度が良くなかったようだ。
「どうやら男爵家は娘に貴族としての礼儀すら教えていないようね」
「は?」
侯爵令嬢の言葉にレイニー男爵令嬢は怪訝そうな表情を浮かべる。
これについては言われた意味も理解できなかったようだ。
だが、そんなことを気にした様子もなく、侯爵令嬢は話を続ける。
「まあ、それも仕方がないわね。平民の娘をわざわざ引き取って娘にするぐらいだから、大した教育も受けていないのでしょうよ。アハハッ」
侯爵令嬢は馬鹿にしたように──いや、完全に馬鹿にした様子で高笑いをする。
それに呼応して、取り巻きの令嬢たちも笑う。
レイニー男爵令嬢を馬鹿にする材料を見つけ、喜んでいるのだろう。
まったく嫌な気分にさせられる光景である。
ここは公爵令嬢として、仲裁した方が良いのかもしれない──そう思ったのだが……
「私のことをいくら馬鹿にしても良いけど、お父様のことを馬鹿にしないでっ!」
「「「っ!?」」」
レイニー男爵令嬢が大声で叫んだ。
その声に驚いたのか、令嬢たちは怯んでしまった。
しかし、そんな令嬢たちに目もくれず、レイニー男爵令嬢は話を続ける。
「確かに私は元平民だし、礼儀だって中途半端です。男爵家での教育は他の高位貴族の受ける教育に比べれば、見劣りはするでしょう」
「わ、わかっているじゃない。だったら、少しは身の程を……」
「ですが、お父様は貴女たちみたいな人に馬鹿にされるような人ではないです」
「なっ!?」
レイニー男爵令嬢の言葉に侯爵令嬢は驚く。
まさか男爵令嬢にそんなことを言われるとは思わなかったのだろう。
私も驚いてしまっていた。
貴族社会において、身分はかなりの比重が置かれている。
いくら優秀であったとしても、身分が低ければ差を覆すことは難しいとされているのだ。
もちろん、過去には覆した例は存在する。
しかし、それはあくまでも特異な例であり、一般的には身分が低い者は高い者に逆らうことはほとんどない。
それなのに、レイニー男爵令嬢は侯爵令嬢に逆らったのだ。
「……」
「?」
不意にレイニー男爵令嬢がこちらを見る。
といっても、私は壁に隠れていたので、気づかれているとは考えづらい。
彼女はすぐに視線を戻した。
「貴女は困っている人に手を差し伸べることはできますか? 自分は決して裕福ではないはずなのに、救いたいという気持ちだけで行動することはできますか?」
「な、なにを……」
「できないでしょう? お金を持った貴女ですらできないのに、その行動をしたお父様をどうして馬鹿にできますか?」
「う……」
レイニー男爵令嬢の言葉に侯爵令嬢は反論ができない。
言っていることが当たっているからであろう。
困っている人を見かけて、手を差し伸べる人間は意外と少ない。
そんな人間の大半は余裕のある人間である。
余裕があるからこそ、困っている人を救おうと思う気持ちになるのだ。
だが、レイニー男爵は貴族とはいえ、決して裕福ではない状況で人を助けようとしたのだ。
それはたしかに馬鹿にされるような人間ではないだろう。
しかし、ここで話を止めるべきだった。
「そもそも侯爵令嬢という立場だって、貴女の父親──侯爵様が偉いのであって、貴女自身が偉いわけではないでしょう。貴女は所詮、父親の権力を自分のものと錯覚しているだけで……」
「いい加減にしなさいよっ!」
(パンッ)
「っ!?」
乾いた音が鳴り響いた。
原因はもちろん、侯爵令嬢がレイニー男爵令嬢をおもいっきりビンタしたからである。
レイニー男爵令嬢は顔を右側に向けさせられ、左頬は真っ赤になっていた。
あれはかなり痛そうである。
「クリスハルト様と仲が良いからといって、調子にのりすぎじゃないかしら? 一度、自分の立場を理解させるために教育するべきかしら?」
「っ!?」
苛ついたような侯爵令嬢の言葉にレイニー男爵令嬢な驚く。
そして、はっと気づいた様子になる。
どうやら自分が何を言ってしまったのか、気づいたようだ。
いくら事実だとしても、言ってはならないことを口にしてしまったのだ。
思わずレイニー男爵令嬢は逃げようとしてしまう。
しかし、それを許す侯爵令嬢ではなかった。
取り巻き達に指示を出し、レイニー男爵令嬢が逃げられないように取り囲む。
「どうやってクリスハルト殿下を誑かしたのかしら? もしかして、服の下に何か隠しているのかしら?」
「っ!? やめてっ!?」
侯爵令嬢はどこに持っていたのだろうか、小さなナイフを取り出す。
おそらくそれで服を引き裂こうとしているのだろう。
だが、レイニー男爵令嬢はそんなことをさせまいと逃げようとする。
しかし、それを取り巻きの令嬢たちが許さない。
流石にこれはまずい。
下手をすれば、大事件になってしまうかもしれない。
「その辺でやめなさい」
そう思った私は飛び出してしまっていた。
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