公爵令嬢は嘆く王妃を慰める
クールな人ほど案外打たれ弱かったりする気がします。
それからというもの、学院ではクリスハルト様がレイニー男爵令嬢に言い寄る光景が当たり前になってしまった。
もちろん、それを私が注意し、クリスハルト様に煙たがられるのもセットである。
そんな光景を見た他の生徒たち全員が私に同情してくれていた。
普通は婚約者に浮気をされる令嬢など、いくら相手に非があるとはいえ自分の魅力がない事を露呈させられているのだ。
派閥自体が敵対しているのであれば、これ幸いにと馬鹿にしてくることが普通であろう。
しかし、実際にそんなことにはならなかった。
原因はクリスハルト様にあった。
別にクリスハルト様が第一王子であることが理由ではない。
第一王子の婚約者ということが私を攻撃する理由になりはすれど、同情される理由にはならない。
将来の王妃となるのだから、普通の令嬢であれば喉から手が出るほど欲しい立場なのだ。
しかし、それでも私が同情されているのは、クリスハルト様の評判があまりにも悪かったからである。
敵対派閥の中の高位貴族の令嬢からはクリスハルト様の婚約者としてもっと頑張ってほしい、と直々に伝えられた。
もちろん、こちらの方が立場は上なので、こんな上から目線ではなかったが……
理由は簡単──私が婚約者でなくなれば、次の候補として名前が挙がってしまうからである。
クリスハルト様とレイニー男爵令嬢は恋人になることはできるかもしれないが、婚約──ひいては結婚をすることはできない。
レイニー男爵令嬢の身分が貴族の中ではあまりにも低く、王族に嫁ぐことができないからである。
つまり、代わりに王妃となる人物が必要となってくる。
私がその立場を追われてしまえば、代わりの生贄が必要になってくるのだ。
政略結婚が当たり前の貴族社会とはいえ、そのような結婚などしたくはないと思うのが一般的な令嬢の考えである。
しかも、相手はクリスハルト様──【放蕩王子】と呼ばれるような落ちこぼれなのだ。
クリスハルト様は一度城の外に出てしまうと、滅多に帰ってくることはなかった。
最初はいなくなったことで城内が騒然としてしまったが、回数が二桁になるころには誰も心配することはなかった。
その報告が伝えられれば、「またか」といった空気になってしまうほどである。
当然、第一王子に対する反応ではない。
だが、クリスハルト様であれば、仕方がない事なのかもしれない。
婚約者である私からすれば、正さないといけないことなのかもしれないが……
そんなクリスハルト様が城内に帰ってきたという報告が私の元にやってきた。
しかし、今回はいつもとは事情が違っていたようだ。
クリスハルト様は王妃様と大喧嘩をしたそうだ。
クリスティーナ様は義母の立場から注意したそうだが、クリスハルト様は全く聞く耳を持たなかったようである。
しかも、クリスティーナ様はクリスハルト様の言葉で大層傷ついたそうだ。
そのため、私はすぐに王妃様に会いに行った。
「……私は母親として失格だわ」
部屋に通された私が見たのは、かなり落ち込んでいるクリスティーナ様の姿であった。
普段のクールで凛とした姿からは想像ができないほど弱々しい姿であった。
こんな姿は他の人に見せることなどできるはずがない。
すぐに私は慰めようとする。
「そんなことはありませんよ。クリスティーナ様は立派に母親をやっておられるはずです。ハルシオン殿下は立派に成長をされているはずです」
「でも、クリスハルトはまったく立派じゃないわ。これは私の育て方が悪かったのかしら……」
私の慰め方が悪かったのか、クリスティーナ様はさらに落ち込んでしまう。
クリスハルト様の話題を避けるためにハルシオン様の話をしてみたのだが、それが逆に駄目だったようだ。
比較をしてしまうことで、さらにクリスハルト様の教育を失敗したことが強調されてしまったのだ。
「それを言うなら、クリスハルト様がああなってしまった原因は私にあるはずです。なんせ婚約者なんですから……」
「それはないわ。レベッカはクリスハルトの婚約者として立派に行動しているわ。貴方が婚約者でなければ、クリスハルトはもっと駄目になっていたかもしれないわ」
「ありがとうございます。ですが、それはクリスティーナ様にも言えることですよ?」
「どういうことかしら?」
「クリスティーナ様が母親でなければ、クリスハルト様はもっと酷い事になっていたかもしれない、ということです」
「……そうかしら?」
私の言葉にクリスティーナ様は少し元気を取り戻した。
とりあえず、これ以上クリスティーナ様が落ち込まないように私は話を進めることにする。
「とりあえず、クリスハルト様がこうなった原因を考えるべきでしょう。そうすれば、自ずと解決策が出てくるはずです」
「そうね。でも、何が原因なのかしら……」
私の言葉にクリスティーナ様は考え込む。
どうやら成功したようだ。
こうやって原因を考えることで、落ち込むことを避けることができるわけだ。
「私が出会ったころはとても素晴らしい男の子でしたよ。ピンチの私を助けてくれるぐらい正義感が強かったです」
「ああ、その話は何度も聞かせてもらったわね。「まさに【王子様】みたい」、ってレベッカが興奮して話していたことを思い出すわ」
「ええ、そうですね。でも、本当に王子様のように見えたんですよ」
「まあ、その状況なら仕方がない事かもしれないわね。とりあえず、レベッカとの出会いと公爵家での生活は関係ないかしら」
クリスティーナ様はそう結論付ける。
それは私も同感である。
この出会いと公爵家でも生活がクリスハルト様に影響を与えたことは否定できない。
だが、あんな風に落ちぶれてしまうことにはならないと思う。
そうなった場合はもっと早い段階にその兆候が出ているはずだ。
「では、城での生活が始まってからですね」
「あ」
「どうしました?」
「私のせいだわ……」
「えっ!?」
クリスティーナ様が突然落ち込み始めた。
私は驚き、彼女を慰めようとする。
しかし、一度落ち込み始めたクリスティーナ様は止まらなくなってしまった。
「クリスハルトと出会った時、私はとんでもないことを言ってしまったわ。もちろん、悪気があって言ったわけではないし、あの時は本当に気になっただけで……」
「クリスティーナ様?」
「でも、あの後で旦那様にも怒られたわ。「8歳の子供になんてことを言うんだ」って……」
「あの、何を……」
クリスティーナ様が自己嫌悪に陥っている。
彼女は一体何を言っているのだろうか……
クリスハルト様との出会いに一体何が……と、ここで私は思い出した。
しかし、それは一歩遅かった。
「あの子に「あの女の子供か」と聞いてしまったの。あんな言い方をされれば、クリスハルトは当然私のことを嫌いになるわっ!」
クリスティーナ様は両手で顔を覆い、泣き出し始めた。
そういえば、この話はその場にいたお父様から聞いたことがあった。
もちろん、クリスティーナ様がどうしてそのようなことを言ったのか、理由は知っていた。
クリスハルト様の母親であるメリッサ様とクリスティーナ様は主従の関係ではあるが、親友同士の関係でもあった。
だが、とある事情から二人は離れ離れになってしまったのだ。
そんなある日、メリッサ様の子供であるクリスハルト様と出会うこととなった。
だからこそ、その疑問を解消すべく、質問をしようとした。
だが、いきなりの出来事であったせいで、クリスティーナ様は言葉選びを間違ってしまった。
それが事の顛末であった。
「大丈夫ですよ、クリスティーナ様」
「でも、現にクリスハルトは非行に走って……」
「それが原因であれば、クリスハルト様はもっと早くに非行に走っているはずですよ。現に最初のころは優秀だったではありませんか」
「……そうね」
クリスティーナ様は少し考え、納得してくれた。
その様子に私は一安心した。
しかし、私は警戒することは止めることはできない。
どこにクリスティーナ様の地雷があるかわからないのだ。
忘れただけでは済まない、緊張感のある状況に陥ってしまったわけである。
果たして、このままクリスティーナ様が落ち込まないように話を進めたうえで、結論を出すことができるのだろうか。
いまだに涙目のクリスティーナ様を見て、私は気が遠くなりそうになってしまった。
作者の執筆のモチベーションに繋がりますので、読んでくださった方はぜひともブックマークと評価をお願いします。
勝手にランキングの方もよろしくお願いします。




