公爵令嬢は婚約者は感情の裏を感じる
王立学院は学力によってAからDにクラス分けがされることになる。
王族であろうが平民であろうが、この制度から逃れることはできない。
王族や高位貴族が平民に劣り、実家の権力や財力によって上位クラスに所属しようとしたことがかつてあったらしい。
その当時はまだまだ王立学院の教職員たちの権力が低かったことも原因で、そんな不正がまかり通ることとなってしまった。
しかし、それが結果としてよくはなかった。
所詮そのような不正をして上位クラスに入ったとしても、子供に勉強のやる気がなければ意味はない。
むしろ、周りの頭がいいのに実家の権力だけで入ってしまったことで、逆に子供に劣等感を与えてしまうことになるのだ。
そのせいで子供が不登校となり、退学してしまうなんてことが起こってしまったらしい。
流石にこれはまずいということになり、王立学院の教職員は高位貴族並に扱われるように徹底された。
二度と高位貴族の親たちの権力によって、子供たちが悲しい目に遭わないために……
私は学年首席で入学することになった。
もちろん、実家──ムーンライト公爵家の力など使っていないのは当たり前である。
幼いころから家庭教師をつけてもらっているという点では力を使っていると言えるかもしれないが、それは十分許容範囲であろう。
むしろ、家庭教師をつけても、結果の出ない子供だっているぐらいだ。
私がAクラスに入りかつ主席を取ったのは、努力の結果であるということだ。
まあ、そんなことを疑う人間はほとんどいないのだが……
しかし、クリスハルト様の方は違った。
彼もAクラスに所属することとなっていた。
だが、私とは違って、彼は不正でAクラスに入ったと専ら噂となっていた。
もちろん、そんなことがあるわけがない。
クリスハルト様は出会ったころからすでに学院卒業レベルの学力を持っていたということは家庭教師の話から知っていた。
途中からサボるようになってしまっていたが、だからといってAクラスに入ることができないレベルまで下がるとは思えない。
しかし、それはあくまでも当時の事情を知っている私だからそう思えることなのだ。
普通の人からはそうは見えない。
クリスハルト様は【放蕩王子】と呼ばれていた。
王族の責務を果たさず、日夜城下で放蕩三昧をしている。
王族の権力を使い、迷惑をかけたという話もよく聞く。
そんな人間だからこそ、不正をしているのではないかという噂が立ってしまっているのだ。
教職員が高位貴族並の権力になったとしても、結局は王族の方が上には変わらない。
それが「不正をした」という噂にも拍車をかけているわけだ。
そんなクリスハルト様は席が隣になった女生徒に話すようになっていた。
どこか垢抜けないが、元々の素材がいいのか可愛らしい雰囲気の女性とだった。
しかし、私は彼女のことを知らなかった。
といっても、それは仕方がなかったことかもしれない。
私はムーンライト公爵令嬢として、いろんな貴族の顔を覚えないといけなかった。
共通点を見つけて話を合わせるため、不正の証拠を見つけるため──理由は様々ではあるが、当主とその家族ぐらいは顔と名前は一致させることができる。
だが、彼女はその枠組みから外れていた。
なぜなら、彼女は元々平民であり、つい2年前に貴族になったばかりだったのだ。
セシリア=レイニー男爵令嬢──それが彼女の名前であった。
あとで調べたことだったのだが、レイニー男爵令嬢の父親は現男爵の兄だったらしい。
その兄が使用人の女性と結婚しようとしたところ、現男爵に反対されてしまい、そのまま家出をしてしまった。
その結果、二人の間にセシリア嬢が生まれたそうだ。
しかし、2年ほど前に両親は流行り病で命を落としてしまい、叔父であるレイニー男爵に引き取られることとなった。
この噂は一時期ではあるが、有名ではあった。
平民から貴族になることはない事ではない話とはいえ、なかなかない事ではある。
男爵家の中で何か問題があったのでは、なんてことが言われていたぐらいだ。
もちろん、問題はあるにはあった。
しかし、不正などと恥じるような問題があったわけではない。
結果として、噂はそこまで大きくなることはなかった。
彼女はまだ社交界にデビューをしていなかった。
それも当然である。
貴族──しかも、最下位の男爵家に引き取られることとなったわけだ。
元平民であり、私のような高位貴族の子供たちが受けるような教育をされたわけではなかった。
普通の高位貴族でも数年がかりで身に付けるようなものを二年で身に付けることなどできるはずもない。
結果として、私は彼女の名前と顔を一致させることができなかったわけだ。
そんな彼女になぜかクリスハルト様は声をかけていた。
いや、隣の席になったので、声をかけること自体はさほどおかしなことではない。
しかし、クリスハルト様の場合は違う。
本来、クリスハルト様は第一王子として、周囲から声を掛けられる立場であるのだ。
しかし、誰も彼に声をかけることはしない。
もちろん、存在に気づいていないわけではない。
教室中にいる生徒たちの多くが、ちらちらと横目でクリスハルト様のことを見ているのだ。
目をつけられたくない、関わりたくない──とでも思っているのだろう。
クリスハルト様の評判からすれば、当然の反応である。
だからこそ、私は問題だと思っていた。
もちろん、クリスハルト様が次期国王となり、私が王妃としてともに国を運営していくという気持ちがないわけではない。
だが、それはあくまでも希望ではなく、一つの未来として考えているだけであった。
クリスハルト様が次期国王に興味がないのであれば、私は彼についていくつもりであった。
彼と共に過ごして行くことが私の希望だからだ。
しかし、いくら次期国王になるつもりがないとはいえ、クリスハルト様の評判がここまで低いのは問題なのだ。
だからこそ、婚約者として私は注意をしなければいけなかった。
「殿下」
「レベッカか?」
私が声をかけると、クリスハルト様はすぐに返事をした。
一瞬ニヤリとしたように見えたが、すぐにその表情は嫌そうなものに変わる。
ここ数年、ずっと見続けていた表情である。
しかし、私は負けずに注意を口にする。
「お戯れはおやめください」
「戯れだと?」
「殿下はお遊びで彼女に声をかけているのかもしれませんが、それは彼女にとって迷惑であることにお気づきください」
「どうしてそんなことが言えるんだ? お前は人の気持ちが読めるとでも言うのか?」
私の言葉にクリスハルト様は反論する。
当然、私に人の心など読めるはずがない。
いくら学年首席の公爵令嬢といえども、なんでもできるほど万能ではないのだ。
しかし、それでもクリスハルト様に話しかけられたことでレイニー男爵令嬢が迷惑であることぐらいはわかるつもりだ。
「別にそんなことを言ったつもりはありません。ですが、殿下に話しかけられることで、彼女にいらぬ嫉妬が集まるということを注意しているだけです」
「ふんっ、どうだかな」
私の注意にクリスハルト様は聞く耳を持たなかった。
この反応もずっとであった。
最初は私の話を聞いてくれていたはずなのに、あるときから私の注意を聞かなくなってしまった。
どうしてなのだろうか?
「彼女のことを考えるのであれば、殿下が話しかけるのは……」
「迷惑など言っているが、所詮はお前の嫉妬だろう?」
「っ!?」
クリスハルト様の言葉に私は次の言葉を発することができなかった。
別に否定をするつもりはない。
婚約者として、本気で好きな気持ちがあるのだから、その気持ちが出てくるのは当然と言えよう。
しかし、それをクリスハルト様に指摘されたことに動揺しているのだ。
私が嫉妬するほど愛していることを知ったうえで、クリスハルト様はこんなことをしているのだ、と。
「婚約者であるお前を放って、俺がこの娘に話しかけることに嫉妬をしているのだろう? それを周囲の迷惑などと責任を転嫁するなんて、恥ずかしいとは思わないのか?」
「……」
クリスハルト様の言葉に私は黙るしかなかった。
しかし、その反応が良くなかったのかもしれない。
周囲の視線が私に集まっている。
もちろん、悪い意味である。
私に対しては同情的であろう。
しかし、クリスハルト様に対しては明らかな敵意を向けていた。
別に王家に対して叛意があるわけではない──だが、クリスハルト様の行動には嫌悪感を持っているわけだ。
流石にこれはまずいと思い、私は言葉を紡ぐ。
「いけませんか?」
「なに?」
「婚約者が他の女性に声をかけている姿を見て、嫉妬をしてはいけませんか? それを黙って見過ごせ、というのですか?」
「っ!? いや、それは……」
今度はクリスハルト様が驚く番であった。
だが、こんな反応をするとは予想外だった。
これで後悔をしてくれれば、良い方向に戻ってくれると思っていた。
そう思った私はさらに言葉を続ける。
「私は殿下の婚約者です。だからこそ、私には殿下のためにその行動を止める義務があるんです」
「……」
「殿下、今からでも遅くはありません。昔のように優しい殿下に……」
「うるさいっ!」
「っ!?」
殿下が突然大声を出し、私は驚きで身をすくめてしまった。
それは周囲も同じで、驚いたような視線でクリスハルト様のことを見ていた。
驚く私に殿下は鋭い視線で睨みつけてきた。
「俺のため、だと? いつ俺がそんなことを頼んだ?」
「殿下っ!?」
「この婚約自体、政略結婚だろう。そんな婚約なのに、俺の行動がどうとか関係ないだろう」
「っ!?」
殿下の言葉に私は何も言えなかった。
たしかにその通りではある。
こちらに愛情があるとはいえ、政略結婚である以上はクリスハルト様からの愛情を強制するわけにはいかない。
それはもちろん理解はしていた。
だが、その事実を告げられたことで、私はショックだったのだ。
「……」
「すまない、言い過ぎた」
私が泣き始めたのを見て、クリスハルト様は申し訳なさそうに立ち去った。
殿下が教室からいなくなったのを見て、クラスメイト達が私に声をかけてきた。
誰もが私を慰め、クリスハルト様を貶していた。
あの状況を見れば、そう思うのは当然であろう。
しかし、未だに愛情のある私としてはその反応はあまり嬉しいものではなかった。
だが、それを注意することはなかった。
なぜなら……
「(どうして、クリスハルト様が苦しそうな顔を?)」
先ほど睨みつけた時のクリスハルト様の表情に疑問を思ってしまったのだ。
傍から見れば、口うるさい婚約者に対して苛立っているように思えただろう。
しかし、どこかその目には嫌々やっているような雰囲気があったのだ。
もちろん、私の勘違いかもしれない。
だが、私は気になってしまったのだ。
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