公爵令嬢はとある夜の事件の事情を知る
最初は公爵家で遠慮をしていたクリスハルト様ではあるが、一週間もすると自然に慣れていた。
だが、従来の癖はなかなか抜けるものではなく、使用人に対して時折敬語を使っていたりしていた。
公爵家に努めている使用人の中には子爵家より身分の高い家柄の人間もいる。
そういう人はクリスハルト様から見れば、目上のように見えてしまうようだ。
王族の血が流れていることにまだ実感がわかないのだろう。
だが、こういうのはその立場で過ごしていけば身につくものだと思うので、時間が解決すると私は思っていた。
ちなみに、私とクリスハルト様の関係は一ヶ月の間でかなり進歩したと思っていた。
最初は「レベッカ様」と呼ばれていたのが、半月もすれば「レベッカ」と変わっていた。
まあ、これは私がしつこく「様はいらない」と言い続けてきたことに他ならないのだけど……
それに私は最初から「クリス様」と呼んでいた。
そのことについてクリスハルト様は違和感があったようだが、拒否することはなかった。
一ヶ月が経ち、クリスハルト様がいよいよ王城に行く日が来た。
私としてはいつまでも公爵邸にいて欲しいと思っていたし、お母様もクリスハルト様のことを気に入っていたので同じ考えだったようだ。
使用人たちもクリスハルト様に対して好意的であり、将来的に仕えることを楽しみにしている者もいた。
しかし、いつまでも公爵家で匿っている状況だと他の家からあらぬ疑いを賭けられる恐れがあるため、お父様が連れて行ってしまった。
その日は公爵邸が悲しみに包まれたのは言うまでもない。
ついでにお父様への視線が冷たくなったことも……
結果として、クリスハルト様は王族として認められ、公には「第一王子」として扱われることになった。
ハルシオン殿下の方が年下であったため、その方がおかしくはないと判断されたからである。
元々王子はハルシオン殿下しかいなかったため、「第一」「第二」といった数字がつけられてはいなかったことも幸いしていた。
もし複数の王子がいれば、より面倒なことになっていただろう。
しかし、すべてがうまく言ったわけではなかった。
王族の中でもクリスハルト様のことをあまり快く思っていない人間がいたのだ。
それは王妃様──クリスティーナ様だった。
この国のトップである陛下の奥方ということで、実質的にこの国で二番目に権力のある人物である。
クールな雰囲気で表情の分からない女性で、当時の私は怖いと思ってしまったほどだ。
陛下が認めてくれたのでクリスハルト様は第一王子として認められているが、王妃から嫌われているという情報がクリスハルト様の立場をあやふやなものにしてしまっていた。
しかし、クリスティーナ様がクリスハルト様のことを疎んじるのは状況を考えるのなら当然であった。
クリスハルト様の存在はクリスティーナ様にとっていわば「陛下の不義」を証明する存在だったのだ。
しかも、その相手はクリスティーナ様の信頼していたメイドであり、親友のような存在だったのだ。
同時に二人に裏切られたということになるので、クリスティーナ様の心情は計り知れない。
二人が初めて会ったときの話を聞いたが、クリスティーナ様はクリスハルト様のことを鋭い視線で睨んでいたそうだ。
だからこそ、私はクリスハルト様のことを心配してしまったぐらいだ。
しかし、実際は異なっていた。
クリスティーナ様はクリスハルト様のことを嫌ってはいなかったのだ。
正確に言うと、クリスティーナ様はクリスハルト様の母親──メリッサ様に裏切られたとは思っていなかったのだ。
もちろん、「不義」があったことは事実である。
だが、そこには事情があった。
当時のクリスティーナ様は結婚して数年が経っているのに懐妊の兆しが見えなかった。
この国の将来のことを考えるのであれば、「次代の国王たる王子を生まない王妃は必要ない」と噂されるほどであった。
もちろん、直接的にクリスティーナ様を批判する者はいなかった。
だが、陛下に自分の娘を勧めようとする貴族も多数おり、その現実がクリスティーナ様を苦しめていたのだ。
しかし、苦しんでいたのはクリスティーナ様だけではなかった。
陛下も同時に苦しんでいたそうだ。
王子どころか子供が生まれないことはクリスティーナ様だけではなく、陛下にも批判が来ていた。
もちろん、クリスティーナ様のことをしっかりと愛していた。
しかし、愛だけでは状況を変えることもできず、次々と来る側妃候補たちの話を聞くたびに気が滅入っていたのだ。
そして、陛下は酒に逃げるようになった。
もちろん、政務中に飲んでいたわけではない。
日中に政務をこなし、そのストレスを酒で発散していたのだ。
しかし、その飲み方が良くなかった。
普通にお酒を飲む分には問題なかったが、ストレスを発散させるように強い酒を一気に飲んだりしていたのだ。
悪酔いをし、部屋にある調度品を壊したりもしていた。
それほどまでにストレスが溜まっていたのだ。
そんな状況を知っていたので、クリスティーナ様と夜を共にすることは少なくなった。
もちろん、子供を産むことができるチャンスには酒を飲まずに夜を共にしていた。
しかし、それ以外の日には酒を飲み、一人でストレスを発散していたのだ。
そんな生活を続けたある明け方、クリスティーナ様の部屋に来客があった。
そんな時間に来客が来ること自体が異常であったが、その相手がメリッサ様であったためにクリスティーナ様は受け入れた。
彼女は青ざめた顔でしきりにクリスティーナ様への謝罪の言葉を口にし、メイド長に連れられてきた。
それだけで何かとんでもない事がメリッサ様の身に起きたことをクリスティーナ様は理解した。
クリスティーナ様は二人を部屋に通し、事情をしっかりと聴くことにした。
事の顛末は「陛下とメリッサ様が一夜を共にした」ということだった。
当時の陛下は泥酔状態だったようで、自室近くの廊下で意識が朦朧としていたようだ。
夜に陛下の自室の周りには近づかないようにされていた。
それは酔って暴れる陛下によって他の者たちが傷つけられないようにするための処置であった。
しかし、それはまったく近づかないというわけではなかった。
たまたまメリッサ様がそこを通ってしまったのだ。
もちろん、彼女は陛下に対して用があったわけではなかった。
しかし、心優しい彼女が目の前で泥酔している陛下を見て、そのままにしていけるわけがなかった。
彼女は陛下を介抱し、そのまま自室へと連れて行った。
だが、そこで問題が起きてしまった。
泥酔状態の陛下は事もあろうにメリッサ様を抱きしめ、ベッドに倒してしまったのだ。
いくら泥酔状態とはいえ、男性の力に女性が叶うはずもない。
しかも、相手は自分より圧倒的に身分が高い──この国のトップにいる存在である。
そんな相手を無理矢理引きはがすことなど彼女にできるはずがなかった。
その結果、情事に及んでしまったわけだ。
だが、陛下は相手がメリッサ様──いや、自分の妻以外の人物だとは思っていなかった。
彼は泥酔していたとしても、自分の置かれている状況を理解していた。
泥酔状態の自分に優しくしてくれる人物などいない、と。
その思い込みがメリッサ様をクリスティーナ様に勘違いさせてしまったのだ。
クリスティーナ様は普段はクールで無表情ではあるが、身内と認めた人には優しい人物である。
私も王妃教育を受けているときには厳しく指導をされたが、良くできたときには笑顔で褒めてもらうことができた。
そんな女性だという認識があったからこそ、泥酔する陛下は勘違いをしてしまったのだ。
情事を終えた後、メリッサ様は上司であるメイド長に今回の件を報告し、クリスティーナ様の部屋にやってきたのだ。
クリスティーナ様はメリッサ様のことを罰しようとは思っていなかった。
彼女の話では、陛下は情事の際にクリスティーナ様のことをしきりに読んでいたらしい。
そこから陛下の心にはクリスティーナ様しかないことはわかったのだ。
だからこそ、裏切られてはいないと思ったのだ。
しかし、メリッサ様からすれば、そうは思えなかった。
愛し合っている二人を引き裂くような真似をしてしまったのだ。
一般的な価値観を持っている人であれば、罪悪感があって当然である。
クリスティーナ様はメリッサ様を側妃に取り立てようとしたが、メリッサ様はそれを辞退した。
そして、そのままメイドの仕事も辞めてしまったのだ。
この事をクリスティーナ様は非常に後悔した。
なぜなら、これがメリッサ様との最後の別れとなってしまったからである。
一年も経たず、メリッサ様が亡くなったことをクリスティーナ様は知らされた。
最後に一目見たかった、別れを告げたかった──クリスティーナ様はそう思っていた。
しかし、メリッサ様が亡くなったのはリーヴァ子爵領──王都から数週間かかる位置にあり、一国の王妃が行くには遠すぎた。
もちろん、政務であれば問題はなかったであろう。
しかし、付き合いがあったとはいえ、たかが子爵令嬢が亡くなった程度で王妃が王都を空けることはいらぬ勘繰りをされることにつながる。
だからこそ、クリスティーナ様はなくなく諦めたのだ。
※妃殿下の事情についても説明しました。
本来はもっと後に書くつもりだったのですが……
ただ「できる限り良い人」ということを伝えたかったので、ここで書くことにしました。
クリスハルト編ではただの怖い人という印象でしょうし……
あと、作者は浮気を肯定しているつもりはないので、その点は勘違いしないでもらいたいです。
王族という立場上、「側妃」を持つことができるのでそこまで問題はないという設定にしています。
その上でメリッサ嬢は妃殿下を裏切ってしまった(と思っている)ことに耐えきれず、辞職してしまいました。
そういう背景です。
あと、陛下については泥酔したうえで、妃殿下と行為をしたと勘違いしているため、クリスハルト様と出会ったときに本当に身に覚えがありませんでした。
作者の執筆のモチベーションに繋がりますので、読んでくださった方はぜひともブックマークと評価をお願いします。
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