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公爵令嬢は子爵令息を取り巻く状況を知る


 それから私たちは意識のないクリスハルト様を連れ、公爵家に戻ってきた。

 既に報告をしていたのか、帰ってすぐにお父様とお母様は心配そうな表情で私に抱き着いてきた。

 その反応を受け、私の目から思わず涙がこぼれた。

 突拍子もない出来事の続きでどんな感情なのかわからなかったのだが、二人の反応に自分の置かれていた状況がどれほど危険だったのかを理解することができたのだ。

 その時の私は子供らしく泣いてしまっていた。


 それから5分ほど経った頃だろうか、セバスがお父様に何か話しかける。

 お父様の視線がセバスに抱えられたクリスハルト様に向く。


「……」


 じっと観察するようにお父様はクリスハルト様を見ていた。

 当時の私は一体何を見ているのだろう、と疑問に思っていた。

 しかし、今となっては理解できる。

 お父様もセバスもクリスハルト様に王族の血が流れていることはすぐに察することができていたのだ。


「とりあえず、客間に運べ。怪我もしているようだから、その治療をするぞ」

「わかりました」


 お父様の言葉にセバスは頷く。

 そして、セバスは客間へクリスハルト様を運んでいった。

 その間に他の使用人たちに指示を出し、手当てのための準備もしていた。

 客間についたセバスはベッドにクリスハルト様を寝かせる。

 治療のためであろう、セバスはクリスハルト様の服を脱がせていった。


「っ!?」


 私は目の前の光景に驚きを隠せなかった。

 なぜなら、クリスハルト様の全身にはおびただしいほどの傷があったからである。

 先ほどの衝撃で?──そんな疑問を当時の私は思い浮かべた。

 しかし、実際はそうではなかった。


「どうやら虐待を受けていたようだな」

「お父様?」


 いつの間にか部屋にやってきていたお父様がそんなことを口にしていた。

 虐待という言葉自体は私も知っていた。

 しかし、ここまで酷いとは思っていなかった。

 子供が体験するにしては酷すぎる怪我だったのだ。


「この子の保護者は王族の血が流れていることを理解していないのかな? まあ、全員が知っているわけではないが……」

「王族?」


 お父様の言葉に私は反応する。

 しかし、お父様はそんな私の反応に答える様子はなかった。

 まだ伝える時ではない──今はクリスハルト様の治療が先だと思っていたのだろう。


「よくこれほどの怪我でお嬢様を助けようと思いましたね」

「どういうこと?」


 クリスハルト様の傷を見て、セバスがそんなことを呟く。

 私は思わず反応してしまった。

 当時の私はその言葉の意味が分からなかったのだ。

 私の疑問にセバスは答えてくれる。


「この子の怪我のほとんどが虐待でつけられたものであることがわかります。先ほどの怪我にしては、明らかに傷が古すぎる」

「うん、それはわかるわ」

「つまり、この子は虐待を受けていた──そんな子が人を助けようとするなんて、普通は考えないでしょう。自分が被害を受け続けているのですから」

「そうなんだ……」


 セバスの説明に私は何とも言えなくなってしまう。

 両親からたくさんの愛情を受けて育ってきた私にはわからない、そんな状況だったからである。

 そんな私に配慮してか、セバスはさらに続ける。


「この子はよっぽど正義感の強い子なのでしょう。だからこそ、お嬢様を見捨てることができなかったんだと思いますよ」

「……」

「この子が目を覚ましたら、しっかりと感謝の言葉を言うべきですよ、お嬢様」

「わかったわ」


 セバスの言葉に私は頷く。

 公爵令嬢としての教育を受けている私は感謝の言葉を告げることは大事だと理解していた。

 自身の身分に誇りを持っている貴族が人に頭を下げない、なんて話もある。

 もちろん、その考えが分からないわけではない。

 しかし、そんな誇りよりも相手に感謝の言葉を告げ、そこから生まれる絆の方が大事だと私は思っている。

 だからこそ、私はクリスハルト様に感謝の言葉を告げるのだ。


 それからお抱えのお医者様がやってきた。

 流石にクリスハルト様の虐待の痕を見て、応急処置では足りないと判断したのだろう。

 だからこそ、しっかりとした医者の治療をすべきだとお父様が呼んだのだ。

 お医者様がクリスハルト様の診断と治療をしている間、私はお父様に連れられて別の部屋に連れて行かれた。

 最初は子供とはいえ男の子の裸を私が見るべきではないという判断で連れて行かれたのかと思った。

 しかし、実際は違った。

 連れて行かれた部屋には神妙な顔をしたお母様もいたのだ。

 普段から笑顔を絶やさないお母様にしては珍しい表情だった。

 テーブルを囲み、私たちは椅子に座って向かい合った。


「おそらく、あの子は王族だ」

「え?」


 お父様の言葉に私は驚きの声を上げる。

 驚くのは当然だろう。

 お父様の言葉は普通なら到底信じられる内容ではなかったからである。


「どなたの子供かわかりますか?」

「いや、そこまではわからない。話を聞かない限りはどういう出生かは判断もできない」

「まあ、それもそうですね」


 お母様とお父様が普通に話す。

 驚いてしまった私と違い、お母様は普通の様子で話していた。

 公爵夫人として様々な問題に立ち向かってきたお母様だからこそだろう。


「しかし、まさか王族が現れるなんて……これは荒れるぞ」

「荒れる?」


 お父様の言葉に私は首を傾げる。

 純粋に言葉の意味が分からなかったのだ。

 そんな私に気づいたのか、お父様は説明してくれる。


「レベッカは今の王家に誰がいるのか、わかっているか?」

「もちろんです。陛下と妃殿下、その二人の間に王子と王女が一人ずつですよね」

「ああ、その通りだ。他にも先代の陛下もご存命だよ」

「そうなんですね……ですが、なぜ荒れるのですか?」


 私は純粋な疑問を投げかける。

 お父様は一瞬答え辛そうな顔をしたが、流石に説明しないわけにもいかなかったようだ。


「あくまで推測ではあるが、あの子の父親は陛下か先代の陛下だろう」

「どうして? 他にも王族の血を引いている人はいるんじゃ……一部の公爵家も王族の血を引いているんじゃ……」


 お父様の言葉に私は反論をする。

 公爵令嬢としての教育の中にこの国の歴史に関する授業があり、その中で一部の公爵家が王族の血を引いていることを習ったのだ。

 だからこそ、クリスハルト様の父親──いや、両親になる可能性のある人物は他にもいると思ったのだ。

 しかし、そんな私の言葉にお父様は首を横に振る。


「いや、それはない」

「どうして?」

「クリスハルト様の髪の色はかなり濃い金髪だ。仮に他の王族の血が流れている公爵家の人間が両親だった場合、もっと薄い色になっているはずなんだ」

「……」


 お父様の説明に私は黙り込んでしまう。

 私が今まで会ってきた公爵家の人間はたしかに金髪ではあったが、王族の人に比べるとたしかにその色が薄かった。

 お父様はそのことを言っているのだろう。

 ちなみにムーンライト公爵家にも王族の血が流れている。

 しかし、それは何代も前に一人いただけなので、その地は限りなく薄くなっている。

 私の髪に金色の要素はほとんどなかった。


「陛下に姉妹はいらっしゃるが、その全員が他国に嫁いでしまった。つまり、彼女たちが母親である可能性は限りなく低い」

「……だから、陛下と先代陛下に絞られるわけですね」

「そういうことだ……しかし、頭が痛い」


 私が納得し、お父様は頭を抱える。

 相当困っているようだ。

 まあ、陛下の親友であり、国の中枢で働いているお父様からすれば、この状況は頭が痛い事なのだろう。

 だが、それを続けることに意味はない。

 だからこそ、お父様はすぐに顔を起こした。


「仕方がない。我が公爵家が見つけたのだから、後ろ盾になって守らないといけないな」

「そうね」

「後ろ盾?」


 お父様の言葉にお母様は頷き、私は首を傾げる。

 その言葉の意味はわからなかったのだ。

 私の反応にお父様は説明をしてくれる。


「彼の存在は今後の社交界にかなりの影響を与えることになるだろう。いい意味でも悪い意味でもね」

「そうなんだ」

「当然、悪い事を考えて近付こうとしてくる人間もいるだろう。そんな奴から彼を守らないといけないんだ」

「なるほど」


 お父様の説明を私は理解した。

 あまり悪意にさらされていないとはいえ、全員が善意だけの人間だとはさすがの私も思っていなかった。

 だからこそ、クリスハルト様の存在が悪意を持つ人間を近づけることを理解することができたのだ。

 そんな人からクリスハルト様を守るのはムーンライト公爵家の役目なのだ。

 と、ここで私はあることを思いつく。

 クリスハルト様を私が守るために良い大義名分となることだった。


「お父様、お母様」

「何だい?」

「何かしら?」

「私、あの子と婚約する」

「「ええっ!?」」


 私の宣言にお父様もお母様も驚愕の表情を浮かべた。

 娘がとんでもないことを言いだしたからである。

 親として当然の反応であろう。






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