公爵令嬢は子爵令息と出会う
今回からキャラ別ストーリーです。
それぞれのキャラ視点で書いていきます。
まずはクリスハルトの元婚約者であるレベッカからです。
『レベッカ=ムーンライト公爵令嬢。この時をもって、俺はお前との婚約を破棄する』
「っ!?」
驚きのあまり私は目を覚ましてしまった。
冷や汗が背中を伝い、心臓の拍動も速くなっている。
あまり気分のいいものではない。
もうかれこれ半年の間、このような夢を見続けていた。
私──レベッカ=ムーンライトは婚約者だったクリスハルト=サンライズ第一王子から婚約破棄された。
それは社交界を騒がせる一大ニュースとなっていた。
といっても、それはあくまでもその当時の話である。
半年も経てば、自ずと噂は消えて行ってしまう。
「あれから、半年か……」
私は思わず呟いてしまう。
あの事件から半年たつのに。私は今でも鮮明にあの時のことを思い出すことができた。
第一王子から婚約破棄をされた哀れな公爵令嬢──あの時から私はそう評価されることになった。
といっても、決して周囲からの評判が悪いわけではない。
うつけ者である第一王子に苦労をかけられた上に婚約破棄をされた婚約者として、私に同情する声は多い。
次期王妃としての教育を受けていたため優秀であることはわかり切っているので、「ぜひ嫁に欲しい」と申し出てくる家もあった。
婚約破棄をされた令嬢にとってはかなり良い条件と言えよう。
だが、そのすべての話を私は断った。
なぜなら……
「たとえ婚約破棄をされたとしても、私の心にはあの人しかいないわ」
私はそう呟き、空を見上げる。
暗い雲が空を覆い、雨が降り続いていた。
〇 〇 〇 〇 〇
私がクリスハルト様と出会ったのは、8歳の時だった。
護衛と共に王都の街に買い物に出かけていた時の話である。
公爵令嬢という立場上、護衛の観点から馬車で移動をするはずだった。
しかし、その日はたまたま大きな祭りが街で開催されていたようで、人通りが非常に多かった。
そのため、馬車による移動は周囲に迷惑がかかると判断したので、私は護衛とともに歩いて出かけることになったのだ。
といっても、私が出かけたいと思った理由がその大きな祭りに参加することだったのだけれど……
結果として、私はその時の判断を後悔することとなった。
いくら優秀な護衛とはいえ、人間である以上失敗しないことなどない。
普段とは全く違う王都の人混みのせいで、私は護衛たちと離れ離れになってしまったのだ。
他にも初めて見る光景に興味を惹かれてしまった8歳の私がいろんな場所を移動してしまったせいでもあったのだが……
護衛たちとはぐれてしまった私は人混みから逃れるため、少し入り組んだ場所に避難した。
流石に子供だけで人混みに紛れるのは危険すぎると8歳ながらに判断したためである。
しかし、結果としてそれが次の危険に繋がってしまったのだ。
「ん? 可愛らしいお嬢ちゃんじゃねえか?」
入り組んだ道を進んでいくと、そこには先客がいた。
年齢は20代ぐらいだろうか、当時のお父様に比べればまだまだ若い──けれど、私からするとものすごく大きく見える大人の男性だった。
そんな男性が5人もいた。
その全員が下卑た視線を向け、私に近づいてきた。
当時の私は祭りに参加するため、公爵令嬢らしからぬ格好をしていた。
だが、それでも高貴な雰囲気を完全に隠すことはできない。
男たちはそんな私を見て、すぐに身分が高い事を見抜いたのだろう。
もしかすると、臨時収入を得ることができると考えたのかもしれない。
「そこをどいてっ!」
私は男たちに告げたが、その言葉は全く効果がなかった。
公爵家で大切に育てられきた私は人から直接悪意を向けられたことはなかった。
初めて向かられる感情に恐怖を感じるのは当然だろう。
「ちょっと待ちな、お嬢ちゃん」
「俺たちと良い事をしようぜ?」
「いや、助けて……」
男たちは下卑た笑みを浮かべながらそんなことを言ってきたので、私は拒否をしようとする。
しかし、たかが8歳の少女が大人の男たちから逃げられるはずがなかった。
すぐに左手首を掴まれてしまった。
身をよじって逃げようとしたが、少女の力では逃げ出すことはできなかった。
その当時は護身術も習ってはいなかったので、このように掴まれた状況での対処法もわからなかった。
誰か助けて──」そう思った時、彼は現れた。
「そ、その手を離せっ!」
私も男たちもその声に反応した。
視線の先には帽子を被った少年がいた。
当時8歳のクリスハルト様だった。
鋭い視線で私の手を掴んでいた男たちを睨みつけていた。
正義感の強い性格だったのだろう──男に捕まり、嫌がっている私を助けてくれようとしたのだろう。
だが、男性とはいえ8歳の少年──この状況をどうこうする力はなかった。
それは当時のクリスハルト様も理解していたようで、全身が恐怖で振るえていた。
だが、それでもまっすぐと男たちを睨みつけていた。
「おい、ガキ。俺たちは忙しいんだから、どっかに行ってろ」
「痛い目に遭いたくなかったら、ここで見たことは誰にも言うなよ?」
しかし、所詮は子供──男たちはクリスハルト様の行動を鼻で笑い、歯牙にもかけなかった。
そして、そのまま私を連れ去ろうとした。
「たすけ……」
連れて行かれそうになった私は思わずそう叫ぼうとした。
だが、それが良くなかったのかもしれない。
「黙れよ」
(パンッ)
男の短い言葉と共に乾いた音がその場に響いた。
それは私の左頬から発せられた音で、それに気づいた瞬間から頬に鈍い痛みを感じた。
初めての痛みに私は泣きそうになってしまった。
「っ!?」
そんな光景を見たせいか、クリスハルト様は私の手首をつかむ男の手にしがみついた。
おそらく咄嗟の行動だったのだろう、8歳の少年が大人の男相手にする行動にしては愚策の愚策であった。
しかし、クリスハルト様だからこその行動だと、今の私は思っていた。
「くっ……離せっ!」
男はしがみつくクリスハルト様を引きはがそう腕を振り回す。
だが、クリスハルト様は無我夢中で男の腕にしがみついているので、そう簡単に離れることはなかった。
しかし、いつまでもそんなことを続けられるわけがなかった。
いくら無我夢中だったとはいえ、所詮は大人と子供──力の差は歴然だったのだ。
「うっとうしいんだよ」
(ドンッ)
「うぐっ!?」
引きはがされたクリスハルト様は建物の壁に全身をぶつけていた。
その時に頭を打ってしまったせいか、どこかぼんやりとした視線で膝から崩れ落ちる。。
そのせいか、男たちが近付いてきているのに、まったく動く様子がなかった。
(ぐいっ)
男の一人がクリスハルトの髪を引っ張り、無理矢理体を起こした。
ぼんやりとするクリスハルト様の顔を見て、男はニヤリと笑っていた。
「ふむ……男にしては可愛らしい顔をしているじゃねえか。こいつも売れるんじゃないか?」
男はそんなことを呟いた。
8歳とはいえ、公爵令嬢としての教育を受けてきた私にはその言葉の意味は理解することができた。
貴族の中にはいろいろな趣味を持った人間がいる、ということを……
男にしか興味がない、男でも女でも構わない──男女問わず、そういう趣味の人間がいるのだ。
もちろん、個人の趣味を他人がとやかく言うことではないだろう。
しかし、だからといって、その趣味のために8歳の少年少女が毒牙に罹ることは決してあってはならないのだ。
「おい、こいつ泣いてるぞ?」
「安心しろよ。今よりはいい生活をさせてもらえるかもしれないぞ?」
「まあ、別の意味で泣かされることにはなりそうだがな」
目に涙を浮かべるクリスハルト様を見て、男たちは笑う。
クリスハルト様の表情を見て、私は自分の行動を後悔してしまう。
おそらく彼は私を助けるために男たちの前に出てきて、結果として捕まってしまった。
この状況は私が作り出してしまったのだ。
クリスハルト様を巻き込んでしまったのは私なのだ。
しかし、後悔してももう遅い。
今の私たちにはどうすることもできないのだ。
「さて、とっととこいつらを売りに行くか。どれぐらいの値が付くかな?」
「そんなことをさせると思いますか?」
「「「えっ!?」」」
(((シュバッ……ドサッ)))
突然、誰かの声が聞こえてきたかと思うと、鋭い音が聞こえた。
そして、少ししてから男たちが倒れ、その首元から赤い液体が流れていた。
その男たちのそばに一人の男性が立っていた。
私はその男性を知っていた。
「セバ……」
(スッ)
「?」
思わず声をかけようとしたが、男性──私の護衛のセバスは片手でそれを止める。
おそらく、私が無事であることを理解したのだろう。
そして、より優先度の高い行動を取ろうとしたのだ。
「大丈夫ですか?」
「あ……」
セバスはクリスハルト様に声をかけた。
意識が朦朧としたクリスハルト様はその問いかけに返事をすることはできなかった。
それは仕方がない事だろう。
なんせ大人の力で壁に叩きつけられ、頭を打っているのだ。
意識を保っているだけ、すごいはずだ。
しかし、その衝撃のせいでクリスハルト様は被っていた帽子を落としてしまっていた。
私はそれに気づき、落ちた帽子を拾おうとする。
「ん? この髪は……」
セバスが何かに気づく。
クリスハルト様の髪を見て、驚いたような表情を浮かべていた。
そして、すぐにクリスハルト様を抱えた。
いわゆる「お姫様抱っこ」である。
「お嬢様、用事ができました。至急、屋敷に戻りましょう」
「え、ええ……わかったわ」
焦るセバスの言葉に私は頷くしかなかった。
彼がどうしてそんなに慌てているのか、当時の私はまったくわかっていなかった。
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