放蕩王子は元側近を脅す
フィルとセシリアとの会話を終え、クリスハルトは教室を後にした。
二人はそのまま下校をするらしく、仲良く帰っていった。
そんな二人の姿をクリスハルトは微笑ましく見送った。
無理矢理計画に巻き込んでしまったとはいえ、これで二人の仲が進んだのも事実である。
巻き込んだ甲斐があるというものだ。
「さて、俺も最後の仕上げをするとしよう」
そう呟くと、クリスハルトは放課後の学院を歩いていく。
卒業式前ということもあって、ほとんど生徒はいなかった。
クリスハルトはとある教室に辿り着く。
そこは第三学年のAクラス──クリスハルトの教室だった。
「来てくれたか、ジーク」
教室に入り、クリスハルトはそう告げた。
教室の中にいた人物──ジークは驚いた様子もなく、メガネを直す仕草をしつつ返事をする。
「こんな手紙をよこされて、来ないわけにもいかないでしょう」
ジークは一枚の紙きれをひらひらとさせる。
そこには「秘密をばらされたくなければ、放課後に一人で教室に来い」と書かれていた。
詳しい内容は書かれていないが、それだけで脅迫をしようとしていることは十分に理解できる。
「いたずらだった可能性もあるぞ?」
「これでも過去に殿下と一緒に勉強をしていたんですよ? 殿下の字の癖ぐらいは覚えていますよ」
「流石は元側近だな」
ジークの言葉にクリスハルトは素直に感心する。
ジークは公爵令息であり、元々クリスハルトの側近であった。
父親がこの国の宰相であり、いわば国王の右腕である。
その子供だからこそ、次期国王の候補であったクリスハルトの側近となっていたのだ。
しかし、クリスハルトが「放蕩王子」と呼ばれだしてから、ジークは離れて行ってしまった。
他の側近たちも同様である。
だが、クリスハルトはそれを責めるつもりはない。
むしろ離れさせるために「放蕩王子」と呼ばれるようになったのだ。
そんな彼らはハルシオンの側近として頑張っている。
「それで、どうして私を呼び出したのですか? わざわざあんな手紙をよこして」
「ハルシオンを裏切れ──俺がそう言ったらどうする?」
ジークの質問にクリスハルトはあっさりと答える。
その答えにジークもあっさりと答える。
「そんなことをするわけないでしょう」
「俺がお前の秘密をばらしたとしても、か?」
「当たり前でしょう。その程度のことでハルシオン殿下を裏切ることなどできるはずもない」
ジークは頑なに拒否をする。
だが、内心ではひやひやしていた。
クリスハルトの言う「ジークの秘密」についてはわからない。
それが過去のものなのか、最近のものなのか、それすらもわからないのだ。
公爵令息という立場上、人に言えないようなことをしてきたことを自覚はしている。
だが、それをばらされるという理由でハルシオンを裏切るわけにはいかないのだ。
「合格だ」
「え?」
クリスハルトの言葉にジークは呆けた声を出す。
完全に予想外の答えだったからである。
そんなジークの反応にクリスハルトは告げる。
「ここで悩むような奴がハルの側近としてやっていくのは不安だったからな。そんなやつが将来的に国の中枢でのさばらせるわけにもいかん」
「……そのためにあんなことを? どうして?」
ジークはわからなかった。
クリスハルトは【放蕩王子】と呼ばれるような【出来損ない】だったはずだ。
だからこそ、自分は早く見切りをつけた。
いや、両親からの指示だったのかもしれない。
【出来損ない】の兄ではなく、【出来の良い】弟の方に近づけ、と。
しかし、よくよく思い出してみた。
元々、どちらの方が優秀だったかを……
「頭のいいお前ならわかるだろう? 学年3位なんだからな」
「いや、勉強できるからわかるわけではないでしょう」
「まあ、それもそうか」
ジークの反論にクリスハルトは納得する。
たしかにこの件はまったく学院の勉強など関係がない。
順位が高いからと言って、わかるわけではないのだ。
「お前に──いや、ハルシオンには【英雄】となってもらおうと思っている」
「【英雄】ですか?」
クリスハルトの言葉にジークは理解できない。
もちろん、言葉の意味は理解できている。
理解できたうえで、何を言っているのかが分からないのだ。
それを理解しているのか、クリスハルトはさらに説明を続ける。
「世間は俺のことをどう思っている?」
「え? 【放蕩王子】、【出来損ない】といったところでしょうか?」
「まあ、それが世間の反応だろうな。そして、当然そんな第一王子など必要ないと思っているはずだ。百害あって一利なし、とな」
「そこまでは……」
クリスハルトの説明にジークは反論しようとする。
だが、否定することはできなかった。
全員がそう思っているわけではないだろう。
それでも迷惑に思っている連中もいるはずで……
「だが、同時に少数派とはいえ、俺を担ぎ上げようとしている連中もいるはずだ。傀儡にするには馬鹿がちょうどいい、とな」
「……」
クリスハルトの言葉にジークは何も言えない。
政治に関わる以上、そういうことがあることはしっかりと理解しているからである。
一時期はジークも同じ考えを持っていた。
しかし、この国の正常な運営のため、優秀なハルシオンの方がふさわしいのだと結論付けたのだ。
「というわけで、手っ取り早く俺を追い出すため、ハルシオンは【英雄】となってもらうわけだ」
「……方法はあるんですか?」
「もちろんだ。何の作戦もなく、こんなことを言うわけないだろう」
「それはそうですが……しかし、騙されましたね」
「何がだ?」
「貴方に──殿下にですよ。まさか優秀であることを隠していたなんて……」
ジークは頭を抑える。
まさか自分が騙されているとは思っていなかったのだろう。
クリスハルトは【出来損ない】と思って離れたのに、蓋を開けてみれば実際はその逆だったわけだ。
騙された自分が馬鹿だと思ってしまったのだ。
「仕方がないだろう。俺が優秀であることがバレれば、この国は二つに分かれてしまうからな」
「【出来損ない】であることでもわかれていると思いますが?」
「否定はしないが、その場合は俺につく者も少数派だ。優秀な人間が二人いるよりはましだろうよ」
「まあ、それもそうですね」
クリスハルトの言葉にジークは納得する。
政治を支える者にとって、傀儡にする人間が上に立つ方が何かと都合がいい。
自分達の思い通りに動かすことができるからである。
しかし、それは自分たちの利益を考えた場合のみの話である。
政治は自分たちの利益だけを考えるわけにはいかない。
いかに国民相手に信頼を得るか、それが大事なのだ。
傀儡を上に建てることで利益を得るかもしれないが、そんな政治では遠からず破滅してしまうだろう。
だからこそ、きちんと上がしっかりとしている政治を目指すべきなのだ。
「というわけで、この紙をハルシオンに渡してほしい」
「なんですか、それは?」
「俺の廃嫡の旨が書かれてある命令書だ」
「は?」
とんでもないものの登場にジークは呆けた声を漏らしてしまった。
とんでもないものが、あり得ない人が持っていたのだ。
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