放蕩王子は婚約者に文句を言う
セシリアはレベッカの取り巻きとして過ごすようになったが、すぐに問題が起こった。
クリスハルトが文句を言ってきたのである。
「おい」
「なんでしょうか、殿下?」
クリスハルトに声を掛けられ、レベッカはまるで何もわかっていない、惚けたように返事をする。
もちろん、用件はわかっていた。
来ることも想定していた。
「本当にお前は性格が悪いな」
「何のことでしょうか?」
レベッカは首を傾げる。
そこまで言われるとは思ってもいなかった。
性格が悪いとは一体どういうことなのだろうか、とも思ってしまった。
そんな疑問を感じるレベッカにクリスハルトははっきりと告げる。
「お前は無理矢理セシリアを連れまわしているそうだな」
「はい?」
「そこにいるレイニー男爵令嬢のことだ」
「ああ、彼女のことですか。別に無理矢理ではないですよ」
クリスハルトの言葉にレベッカは答える。
やはり予想通り、彼の用件はセシリアのことであった。
しかし、なぜ「性格が悪い」と言われないといけないのだろうか?
「「頼み込んだ」とか言うつもりか? それとも、「提案した」か?」
「もちろん、そうですが?」
「ふんっ」
「何かおかしいでしょうか?」
クリスハルトが鼻で笑ったので、レベッカは思わずむっとしてしまう。
馬鹿にされたような反応が癪に障ったのだ。
だからこそ、思わず反論してしまったのだが……
「公爵令嬢のお前が男爵令嬢に「頼み込んだ」だと? いつからそんなしょうもない嘘をつくようになったんだ?」
「嘘ではありませんが……」
「お前はそう思っているんだろうがな」
「……何が言いたいのですか?」
クリスハルトの馬鹿にしたような言葉にレベッカの苛立ちがさらに増す。
周囲の空気が一段と悪くなっていく。
そんな状況でクリスハルトははっきりと告げた。
「公爵令嬢のお前が「頼み込んだ」と思っていても、男爵令嬢からすれば「命令」とさして変わりない、ということだ」
「……」
クリスハルトの指摘にレベッカは黙り込んでしまう。
これについては否定ができない。
もちろん、レベッカはセシリアの意思を尊重し、頼み込んでいるはずである。
しかし、その事情をクリスハルト本人に話すわけにはいかない。
その状況でクリスハルトを納得させることはできないのだ。
伝えることができない以上、黙り込むしか方法がなかったわけで……
「言い返せないのだったら、お前自身もそう思っているということだろう?」
「……それは」
「まあ、自分で理解しているのならいいだろう。今後はそうしないように注意しておくんだな」
「……」
クリスハルトの言葉にレベッカは言い返すことができない。
もちろん、反論することはできる。
しかし、セシリアのことを考えると、その踏ん切りがつかないのだ。
レベッカは優しい人物であるが故、こういう状況を覆すことができないのだ。
クリスハルトもそこを理解しているからこそ、このような言い方をしているのだ。
「セシリア、行くぞ」
「え?」
クリスハルトに声を掛けられ、セシリアは呆けた声を出す。
もちろん、クリスハルトについていくべきであることは彼女も理解している。
しかし、落ち込むレベッカを見て、おいていくのはどうなのかという思いもあったのだ。
だからこそ、迷っている素振りを見せているわけで……
「兄上、それ以上はやめてもらいましょうか」
「ちっ……ハルシオンか。面倒な」
ハルシオンが現れ、クリスハルトは舌打ちをする。
だが、そんな兄の態度にもハルシオンは笑顔を崩さない。
「面倒とは、弟に対してでも言いすぎじゃないですか?」
「本当のことを言って何が悪いんだ? お前だって、俺に対してそう思っているんだろう?」
「僕が兄上のことを? とんでもない」
「ふん、どうだかな……」
ハルシオンの反応にクリスハルトはイラっとする。
本心でそう言っているのか、隠して言っているのか、どちらか判断がつかないからである。
といっても、クリスハルトたちの状況から考え、ハルシオンが面倒だと思っていることはクリスハルトもわかっていた。
半分だけではあるが血が繋がっているからこそ、そう言わないだけで……
「こんな公衆の面前で婚約者相手に文句を言うなど、あまり良い事じゃありませんよ?」
「あまり? 絶対に駄目なことだろうよ」
「理解しているのであれば、そんなことを止めればいいと思いますが?」
クリスハルトの言葉にハルシオンは少し驚く。
てっきりクリスハルトはレベッカに対してしていることは何の悪気もないと思っていた。
だからこそ、二人の仲が悪いと噂になっているのだ、とハルシオンは考えていたのだ。
しかし、クリスハルトは自分が悪い事をやっている自覚がある──ならば、まだまともに戻すことができるのでは、とハルシオンは判断したのだが……
「それはあくまでも世間一般の話だろう」
「兄上は自分が世間一般に入っていない、と? それは少しおこがましいと思いますが……」
「別にそこまで言うつもりはねえよ」
「では、どういう意図でしょうか?」
クリスハルトの言葉にハルシオンは思わず質問する。
クリスハルトの言い方はまるで自分が一般的ではない、と言っているように聞こえるのだ。
もちろん、王族である以上は世間一般から外れていることは間違ってはいない。
だからといって、王族の男性が婚約者を公衆の面前で非難をするというのは、当たり前ではないのだ。
だからこそ、聞いてしまったのだ。
「俺が言いたいのは、普通の婚約者同士なら仲良くなるために努力をしないといけない、ということだ。それが政略結婚だとしても、だ」
「兄上はその必要がない、と? 王族だからといって、その努力が不要というわけではないと思いますが……」
「違うな。俺の婚約だから、だ」
「?」
クリスハルトの言葉にハルシオンは怪訝そうな表情を浮かべる。
言っている意味が理解できないからである。
もちろん、クリスハルトの言葉の意味はほとんどすべての人間が理解できていなかった。
傍から聞いていれば、「クリスハルトだからこそ婚約者相手に暴言を吐いていい」と言っているように聞こえる。
いや、確かに言っていることはその通りである。
しかし、クリスハルトと他の人間では考えている前提が違うのだ。
彼は「この婚約が成立することは絶対にありえない」と思っているからこそ、このような行動をとっているのだ。
そして、「この婚約が破談となった後でも、レベッカへの迷惑が減るように」とも考えていた。
しかし、そんな気持ちを他の人間に伝えるつもりはない。
クリスハルトと協力者だけが知っていればいいのだ。
「セシリア、行くぞ」
「は、はい」
クリスハルトはその場から立ち去っていく。
彼に声をかけられたセシリアは慌ててついていく。
そして、振り向いて申し訳なさそうに頭を下げていった。
そんな二人の様子を見て、周囲の人は「クリスハルトが無理矢理セシリアを従えている」と考えた。
奇しくもクリスハルトがレベッカを非難した理由と同じであった。
まあ、これもクリスハルトが誘導したからではあるが……
「義姉様、大丈夫ですか?」
「……ええ」
落ち込むレベッカにハルシオンは声をかける。
そんな二人を見て、周囲の人間は二人をお似合いのカップルだと思うようになった。
少なくとも公衆の面前で非難する第一王子より、女性に気遣うことのできる第二王子の方が婚約者としてふさわしいと思うのは当然のことである。
「……」
しかし、そんな周囲がそんな風に思っている中、レベッカだけはクリスハルトが立ち去った方向をじっと見ていた。
まるで疑っているかのように……
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