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放蕩王子は幼い義妹には勝てない


 王妃と別れてから、クリスハルトは自室に向かおうとした。

 これ以上城の中を歩いていると無駄に絡まれることになるだろうから、面倒だと思ったのだ。

 クリスハルトはこの城の中では悪い意味でかなり有名である。

 そんな彼に一言申そうとする者が多いのだ。


(タタタッ)


 そんなクリスハルトの思いとは裏腹に、すでに彼へ近づこうとする足音が聞こえてきた。

 しかし、それはどこか警戒であり、とてもクリスハルトに文句を言おうとしている者の足音ではなかった。

 ついでに言うなら、王城でこのような走りをする者などいないはずだが……


「(いや、一人いたな)」


 クリスハルトは気付く。

 近づいてくるのが何者であるか。

 そして、何の目的で近づいてくるのか。

 それに気づいたクリスハルトは振り向き、両腕を開く。


「クリスお兄様っ!」


 小さな塊がクリスハルトに向かって襲い掛かってきた。

 もちろん、害意があって襲い掛かってきたわけではない。

 むしろ好意100%──だが、その好意がありあまりすぎて、勢いがついてしまっただけなのだ。

 これをもし、何の準備もなく食らっていたら悶絶ものだっただろう。

 だが、事前に気づいたクリスハルトは優しく受け止めてあげたのだ。

 これはクリスハルトにダメージが来ないようにするための他に、突進してくる相手にもダメージが行かないようにするためである。

 クリスハルトは自分の腕の中にいる小さな塊に声をかける。


「リリー、城ではあれほど走り回るな、と……」

「だって、クリスお兄様がいたんだもんっ!」


 注意しようとしたクリスハルトの言葉が小さな塊の言葉によって中断させられた。

 周囲の空気が緊張する。

 クリスハルトは悪い意味で有名──つまり、不良として扱われているのだ。

 王妃との確執も知られており、言い争う姿を見られていることで「気に入らない者には容赦しない」という印象を持たれていた。

 だからこそ、言葉を中断させたことでかなり怒ると思われていた。

 しかし──


「……そうか」


「「「「「っ!?」」」」」


 あっさりと受け入れたクリスハルトを見て、周囲が驚愕の表情を浮かべる。

 とても不良とは思えない反応だったからだ。

 しかし、事情を知っている使用人たちは当たり前のように納得していた。

 小さな塊の正体はリリアナ=サンライズ──この国の第一王女であり、御年10歳になるクリスハルトの妹である。

 といっても、実母はクリスティーナであるため、ハルシオンと同じ異母妹ということになるが……

 リリアナはこの城の中で数少ないクリスハルトを慕う者の一人であり、もっとも慕っている人物と言っていいだろう。

 クリスハルトは元来、優しい性格である。

 今こそ計画のために悪い第一王子を演じてはいるが、本来は他者には優しく接するタイプの人間であった。

 そんな彼も幼い妹を相手に悪い第一王子を演じることは気が引けた。

 だからこそ、クリスハルトはリリアナに対しては優しい兄であることを続けたのだ。

 これはリリアナの勝利と言えよう。

 だが、流石に悪い事を注意しないのは彼女のためにはならないので、クリスハルトは先ほどの注意をしようとするが……


「リリー、城で走り回るのはよくないことだといつも言って……」

「クリスお兄様はなんでいつもお城にいないの? リリー、寂しかったんだから」

「……」


 異母妹の言葉にクリスハルトは視線を逸らす。

 注意をしているはずの自分が悪い事をしているのだ。

 これでは注意してもリリアナの心には響かないだろう。


「でも、久しぶりに会ったんだから、いろいろと話したいことがあるの」

「そ、そうか……だが、俺にもいろいろと……」


 リリアナの言葉にクリスハルトは断ろうとする。

 だが、できる限りクリスハルトはこの城の人間とはかかわりを持たないようにしたいと思っていた。

 特にリリアナと関わっていたら、クリスハルトは良き兄として行動しないといけない。

 それはクリスハルトの計画に悪い影響がでかねない。

 だからこそ、断ろうとしたのだが……


「駄目なの?」

「うぐっ」


 リリアナが涙目で見つめてくる。

 それを見て、クリスハルトは良心の呵責に苛まれる。

 クリスハルトだって、人の子である。

 悪い事をするよりは、人を笑顔にすることの方がしたい。

 だが、彼にも周囲の評判がある。

 悪い人間だと思われないといけないし、そんなクリスハルトと一緒にいることでリリアナの評判が悪くなるかもしれない。

 そうならないためにも、断らないといけないのだが……


「リリー、悪いが俺は忙しい……」

「なんで? 滅多に会えないんだから、少しぐらい一緒にいてくれてもいいでしょっ!」


 リリアナは全く効く耳を持たなかった。

 我儘を言っているのかもしれない。

 だが、子供なのだから我儘を言うぐらいの方が正常でもある。

 むしろ、兄と仲良くしたいと考えているのだから、良い事のはずだ。

 それを理解しているからこそ、クリスハルトも無碍に断ることができないわけだ。


「クリスハルト殿下」

「うおっ!?」


 どうすべきか悩んでいるクリスハルトは背後から不意に声を掛けられ、思わず驚きの声を漏らしてしまった。

 普段の彼からは想像できない情けない声だった。

 周囲も思わず唖然とした表情を浮かべてしまっていた。

 クリスハルトに声をかけたのは一人のメイドであった。

 年齢はクリスハルトよりも少し年上であり、クール──というか、無表情が特徴のメイドだった。

 彼女の名前はロータス──リリアナの専属メイドである。


「リリアナ様の頼みを聞いてくれませんか?」

「……」


 ロータスの言葉にクリスハルトはすぐに返事をすることはできなかった。

 なぜなら、彼女が何を思って、クリスハルトにそんなことを言ったのかがわからなかったからである。

 傍から見れば、仕える姫の望みを叶えてあげたいと思う優しいメイドであろう。

 しかし、その姫に危険が及ぶのであれば、それを事前に守ろうとするのがメイドの務めである。

 だからこそ、クリスハルトは反応に困ったのだ。


「クリスお兄様、だめ?」


 ロータスの言葉に合わせてか、リリアナもクリスハルトに問いかける。

 この年齢で女性の武器の一つの扱いが非常にうまく──涙目で上目がちになるのは非常に卑怯である。

 流石にここまでされたら、クリスハルトには抗うことはできなかった。


「ああもう、わかったよ。ちょっとだけ……1時間だけだからな」

「やったぁ! ありがとう、クリスお兄様っ!」


 クリスハルトが折れると、リリアナは嬉しい気持ちを全身で表していた。

 こういうところはまだまだ子供であり、可愛らしい。

 だが、今のうちからあのように男に頼みを聞かせるのは、兄としては少し心配してしまう。

 リリアナが将来、悪女になってしまうのでは──クリスハルトのいない未来であっても、心配になってしまうのだ。

 リリアナ自身の心配だけでなく、その周囲にいる男どもの心配も含めて……


「……」


 そんな二人の様子をロータスは黙って見ていた。

 リリアナの望みが叶ったというのに、まったくその表情は変わっていなかった。

 それに気づいたクリスハルトはやはり彼女の真意を見抜くことはできなかった。






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