放蕩王子は愛を告げる
「とりあえず、こっちのことは気にしなくていい。お前は自分のこと──男爵になった後のことを考えておきなさい」
「……はい」
父親の言葉にクリスハルトは少し考えてから頷く。
ここまで言っているのだから、実際に大丈夫なのだろう。
本当はクリスティーナが必要であるかもしれないが、それよりもクリスハルトとの関係を改善する方がもっと大事だと判断したからこそ、言ってくれているのだ。
そんな彼の思いを無駄にしないためにも、義母との関係を築くことが大事というわけだ。
「最後に一つだけ気になることがあるのだが……」
「なんですか?」
父親が話を変えようとする。
これで話は全て終わったと思っていた。
しかし、まだ残っているようだった。
どんな内容か気になっていたが──
「レベッカ嬢が結婚相手で良いのか?」
「っ!?」
──いきなりとんでもない爆弾を放り込まれ、クリスハルトは驚いてしまう。
周囲の温度が一気に下がった気がする。
もちろん、その原因はクリスハルトの斜め後ろにいる人物である。
しかし、それについて国王は気付いていないようだった。
「別にレベッカ嬢のことを悪いと言っているわけではないぞ? ムーンライト公爵令嬢という身分に加え、容姿も非常に整っている。頭脳明晰であり、身体能力も高い。貴族としての礼儀作法もマスターしているから、息子の嫁に欲しいと言う貴族から引く手数多だろう」
「ま、まあ、そうでしょうね」
クリスハルトは背中に冷や汗を流しながら答える。
国王はレベッカのことを褒めている。
それは内容からわかることだろう。
しかし、彼女の怒りはそれとは違う理由からなのだ。
それを国王は気付いていない。
「しかし、この婚約はお前の意思とは関係なしに結ばれたものだ。もちろん、貴族の結婚なのだから政略結婚も多い事はお前もわかっていることだろう。しかし、お前に今まで苦労を掛けてきたのだから、意にそぐわぬようなことはしたくないと思ってな」
「……」
クリスハルトは答えることはできない。
父親として、息子のために何かしてあげたいと思っているのだろう。
その気持ちはありがたい。
しかし、それは有難迷惑でしかなかった。
現状ではより危険な方へと進んでいるのだ。
「まあ、あれほどの事件を起こしたお前の元に嫁に来ようとするもの好きもあまりいないだろう。だが、親の贔屓目に見てもルックスが整っていて、勉強も運動もできることを知れば、結婚したいという令嬢が現れても──」
「陛下」
「──おかしっ!?」
不意に聞こえてきた声に国王の言葉は遮られた。
声自体はそこまで大きくなかった。
しかし、底知れぬ冷たさと異様な威圧感があったため、国王はそれ以上の言葉を続けることはできなかった。
クリスハルトも振り向くと、そこには笑顔を浮かべたレベッカの姿があった。
もちろん、良い意味ではなく、悪い意味の笑顔ではあるが……
「陛下は私とクリスハルト様の結婚に反対なのですか?」
「い、いや、そういうわけでは……」
「なら、どうしてそんな話を?」
「そ、それは……」
レベッカの言葉に国王は目を泳がせる。
うまい言い訳を思いつかなかったのだろう。
彼としては優しさから先ほどの提案をしていたのだろうが、レベッカの様子からそれが間違いであることに気がついた。
しかし、時すでに遅し──何を言っても彼女の怒りを収めることができない状況になってしまっていた、というわけだ。
慌てる父親を見て、クリスハルトはため息をつく。
一国の王と言えども、一人の人間なのだ。
当然、間違いもするだろう。
だからこそ、その間違いを批判し続けるのではなく、許す必要もあるのだ。
もちろん、すべてではないが……
「レベッカ」
「はい、なんでしょう?」
クリスハルトに声を掛けられ、レベッカの意識がこちらに向く。
先ほどまで国王に冷たい視線を向けていたのに、見事な変わりようである。
まあ、クリスハルトに対して怒っていないので、それは当然なのかもしれないが……
「……」
「?」
クリスハルトは黙ってレベッカのことをじっと見つめる。
そんな彼の様子に彼女は首を傾げる。
なぜ呼ばれたのか、わかっていないのだろう。
そんな彼女を見て、クリスハルトは改めて自身の気持ちを整理する。
今まで自分には味方はいないと思っていた。
もちろん、協力してくれる者達はいた。
しかし、それはあくまでも協力者であり、利害関係で結ばれた間柄である。
真の意味で味方ではなかっただろう。
だからこそ、彼は孤独だと思っていた。
だが、レベッカが迎えに来た時、その考えが間違っていたことに気が付いた。
もちろん、最初は信じることができなかった。
今まで自分が考えてきたことすべてが間違いであったと言われた気がしたのだ。
しかし、それと同時に安心もした。
自分にも味方がいるのだ、ということが認識できたからである。
彼女がしつこくクリスハルトに正しく過ごすように言ってきたのも、婚約者である彼女自身のためではなかった。
クリスハルト自身のために言ってくれていたのだ。
勘違いをしていたことを恥じ、感謝しようとクリスハルトは思った。
そして、ここで一つやっておかないといけないことがあることに気が付いた。
クリスハルトは大きく息を吐き、意を決してレベッカを真正面から見る。
「レベッカ=ムーンライト公爵令嬢」
「はい」
クリスハルトが呼びかけるとレベッカはすぐに返事をする。
話しかけられることは慣れているのだろう。
「今まで散々迷惑をかけてきた俺が言うことではないかもしれないけど、これだけは言わせてくれ」
「なんでしょうか?」
クリスハルトの言葉にレベッカは首を傾げる。
なんでこんなことを言っているのだろうか、とでも思っているのだろうか?
まさかこんな状況で謝罪されるとは思ってもいなかったのだろう。
いや、謝罪はされるとは思っていたが、それはクリスハルトではなく国王からだと思っていたのだろう。
とりあえず、緊張している様子は全くなかった。
むしろ、緊張しているのはクリスハルトの方だった。
一世一代の大舞台だからである。
「貴女のことが好きです。俺と結婚してください」
「っ!?」
いきなりのプロポーズにレベッカの目が見開かれる。
予想外のプロポーズに戸惑っているのだろう。
普段から冷静沈着な彼女らしからぬ反応だった。
彼女に一矢報いることができたことに少しクリスハルトは喜びを感じてしまう。
しかし、それよりも気になることがある。
もちろん、彼女の返事である。
驚き目を見開いた彼女は動きを止めていたが、少ししてから状況を整理することができたのか落ち着くためにゆっくり深呼吸をする。
そして、クリスハルトの方に向き直る──満面の笑みで。
「もちろんです」
レベッカはそう言い、クリスハルトに抱き着いた。
そんな彼女をクリスハルトは優しく抱きしめる。
自分の腕の中にいる彼女の小ささにクリスハルトは今まで傷つけてしまっていたことを後悔していた。
だが、今までとは違う。
しっかりと愛情を伝えた後なのだから、今度はこの小さくも大切な存在を生涯守り抜くことを誓おう、と。
「「……」」
そんな二人の姿に何とも言えない表情で国王夫妻は見ていた。
嬉しいと思う反面、目の前でいちゃつく姿を見せられるとは思ってもいなかったのだ。
次の日、王都では幸せなニュースと共に恥ずかしい裏話も流され、クリスハルトが頭を抱えたのはまた別の話である。
本編はここで終了です。
あとはいくつかの裏話でも書いていこうかと思っています。
作中のどこかに出ていた二位の人とか?
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