子爵令息は義弟にアドバイスする
王妃との邂逅では上手くいくとは思えなかったが、クリスハルトの城での生活は意外と順調であった。
第一王子という立場が彼のことを守っているのだ。
本来、正妻の子供でないということは「不義の証」となり、それが原因でいじめられることだってある。
だが、今回の場合においては表立ってそれを批判することはできない。
なぜなら、クリスハルトが「不義の子供」であることを批判すれば、国王のことを批判することになってしまうからだ。
といっても、人の心の中まではわからない──クリスハルトのことを認めていない人間はいるだろうが……
一月も経つ頃には、クリスハルトに側近ができた。
宰相・騎士団長・財務大臣──国の中枢にいる者達の子息だった。
第一王子である以上、そういう者達との交流は必須となる。
いずれは彼らとともに政治に関わることになるのだから……
ムーンライト公爵令嬢──レベッカとの婚約も決まった。
王子の婚約者ともなれば、次代の王妃となる可能性が高い──つまり、簡単に決めていい事ではない。
本来は多くの令嬢を婚約者候補として集め、その中から最も適性のある者を選ぶはずであった。
しかし、クリスハルトは出自が特殊であることから、そのような方法を取ることはできなかった。
クリスハルトの婚約の話を広めてしまえば、貴族たちの考えはおそらくこの二つにわかれるはずだ。
・クリスハルトが王妃クリスティーナの実子ではないことから、次期国王になることはないと考えて婚約者になるべきではない、と考える者。
・もう一つはクリスハルトが下位貴族出身であることを理由に傀儡にし、将来的に外戚として中枢での権力を握ろう、と考える者。
どちらにしろ、クリスハルトのためにも、この国のためにもならないと国王は判断した。
彼はそのどちらの考えも持たないであろうムーンライト公爵──つまり、アレクと秘密裏に話して、二人の婚約を決めた。
アレクから事前にレベッカの気持ちを聞いていたことも決めた理由ではあるが……
クリスハルトの第一王子としての生活はこのように順調に進んでいた。
しかし、最も意外なことは……
「クリス兄様っ!」
クリスハルトが廊下を歩いていると、いきなり後ろから声を掛けられる。
振り向くと、そこには笑顔の少年がいた。
「どうした、ハル?」
少年──ハルシオンに声をかけられたので、返事をする。
彼はクリスハルトの一つ下の異母弟──王妃クリスティーナの実子であり、第二王子という立場である。
クリスハルトはクリスティーナに嫌われていると思っていたので、初めて会ったときには嫌な顔をされると思っていた。
しかし、そんな大人の事情など一切関係ないとばかりにハルシオンはクリスハルトと仲良くしようとした。
あまりにも詰め寄ってくるので、なにか目的があるのでは……と考えてしまったほどである。
だが、少し話しているうちにハルシオンが純粋な少年であることが分かったので、純粋に仲良くしたいのだとクリスハルトも判断した。
結果として、「クリス兄様」「ハル」と呼び合う関係となった。
「クリス兄様の姿をお見かけしたので、声をかけようと思いまして」
「なるほどな……だが、ハル」
「なんですか?」
「今の時間、ハルは勉強をしているはずじゃないのか?」
「うっ!?」
クリスハルトの指摘にハルシオンは言葉を詰まらせる。
サボっているのがバレてしまったので申し訳なさそうな表情を浮かべる。
この一月の間でも、ハルシオンが勉強が苦手であることはすぐに理解できた。
王家での勉強はかなり難易度が高い。
普通の貴族であれば、10歳ぐらいのときにするような勉強を一桁の年齢の時にするのだ。
勉強が好きでないのなら、その時間はまさに苦痛となってしまうわけだ。
勉強がかなり得意であるクリスハルトにはわからない感情ではあるが、人には向き不向きがあることは理解していた。
だからこそ、ハルシオンがサボっていることを頭ごなしには否定しない。
「はぁ……僕の部屋で一緒に休憩でもするか?」
「はいっ!」
「だが、少ししたらしっかりと授業に戻りなよ? 勉強は王家の人間として必要なことなんだから」
「……はい」
クリスハルトに休憩に誘われたことにハルシオンは喜びの表情を浮かべたが、授業に戻るように言われた時はしぶしぶといった様子であった。
やはり彼にとって、勉強の時間というのは苦痛でしかないようだ。
「僕の部屋に二人分の紅茶と軽くつまめる菓子をお願いできますか?」
「かしこまりました……それと、クリスハルト様?」
「なんですか?」
準備を頼んだ執事に呼ばれるクリスハルト。
一体、どうしたのかと不安に思ってしまう。
そんな彼に執事は真剣な表情で告げる。
「私や他の使用人たちは王家に仕える者達です。つまり、クリスハルト様は私たちにとって主の立場にあるわけです」
「まあ、そういうことになるかな」
「では、そろそろ私たちに敬語および頼むような言葉遣いは直された方がよろしいと思いますよ」
「……善処します」
執事の言葉に今度はクリスハルトが落ち込む番だった。
彼の言っていることはもちろん理解できる。
クリスハルトが第一王子である以上、王家に仕えている使用人たちに敬語で話しかけるのはいろいろと問題となるのだろう。
だが、クリスハルトはまだ王族になって一月しか経っていない。
子爵家の令息のときは使用人がいなかったわけではないが、その使用人たちは当然子爵家より身分が低い者達だった。
しかし、王家に仕えている使用人たちは高位貴族の身内もおり、子爵家の令息であったクリスハルトからすれば上の身分に感じるような人もいるわけだ。
そう簡単に敬語が抜けるわけがない。
いずれはきちんとしないといけないのだろうが……
「では、私は準備をしてきますので、クリスハルト様とハルシオン様は先にお部屋に向かってください」
「ああ、わかりま……いや、わかったよ」
「はい、よろしい」
クリスハルトが敬語を言い直したことを執事は褒める。
だが、その反応が返ってクリスハルトの敬語が抜けない原因であることをその場である誰もが気付かない。
普通の子供は大人相手に命令口調で話したりしないのだから……
「よし、行くとするか……って、どうした?」
自分の部屋に向かおうとしたが、ハルシオンが尊敬のまなざしでクリスハルトのことを見ていた。
まったく意味が分からず、思わずクリスハルトは質問してしまう。
その質問にハルシオンは答える。
「クリス兄様は人と話すのが上手だな、って」
「どういうことだ? あれぐらいは当たり前のことだと思うけど……」
ハルシオンの言葉にクリスハルトは首を傾げる。
クリスハルトからすれば、特別なことをしているわけではない。
それなのに、どうしてハルシオンはこんなに尊敬のまなざしを向けているのだろうか、と疑問に思ってしまう。
「僕、あんな風に人と話すことができないんだ」
「人と話すことができない? 俺とは普通に話すことができていると思うが……」
「クリス兄様は僕の兄様だから……なんか話しやすいんだ」
「……というと?」
ハルシオンの言葉にクリスハルトは問い返す。
いまいち彼の言いたいことがわからない。
だからこそ、詳しく聞きたかったわけだ。
「僕、自分の言いたいことがうまく相手に伝わらないんだ。使用人や先生にも、他の貴族の子供たちにも……だから、自然と自分から話すことができなくて……」
「ああ、そういうことか」
ここでようやくハルシオンの悩みを理解した。
別に悩んでいること自体はいたって普通の内容だったわけだ。
しかし、当人からすれば、真剣に悩んでいるのだ。
そのこと自体はおかしい事ではない。
疑問を打ち明けられたのであれば、しっかりと答えるのは務めであろう。
「ハルは話すとき、何を考えている?」
「え?」
「どのように話しているか、と聞くべきかな? おそらくそこに原因があると思うんだが……」
春の悩みを解決すべく、クリスハルトは質問をする。
ハルシオンの悩みが会話である以上、その中に原因があると考えるべきだ。
相手に伝わらない、ということは話し方に何か原因があるのでは──と考えたわけだ。
「えっと……話したいことを頭で考えて、かな?」
「説明は言葉だけかな?」
「そうだ……と思う」
クリスハルトの質問にハルシオンは少し考えてから返答する。
自分の普段の話し方を思い出しているようだ。
そんな彼にクリスハルトはすべき助言を思いついた。
「話す時に身振り手振りを交えればいいと思うぞ」
「身振り手振り?」
クリスハルトの助言にハルシオンは首を傾げる。
流石にこれは言葉だけ伝えることは無理だったようで、クリスハルトは説明を続ける。
「言葉だけでは、相当説明が得意ではない限りはなかなか相手に正確な情報を伝えることは難しいだろう。それを補うための身振り手振り、というわけだ」
「でも、それで会話が上手くなるの?」
「一概にそうとは言い切れない」
「ええっ!?」
クリスハルトの言葉にハルシオンが驚く。
てっきり話がうまくなる方法でも教えてくれると思っていたのだろう。
そう簡単な話などあるはずがないのだ。
だが、クリスハルトだって何の考えもなしに言ったわけではない。
「身振り手振りをすることで、自分の頭で考えていることが表現ができているだろう。これで相手に伝わることもあるし、自分の中で新たなことが思いつくことがある」
「新たなこと?」
「「こう説明したら、伝わるんじゃないか?」とか自然と考えるようになるわけだ。それを続けていけば、人に伝えることもうまくなっていくわけだ」
「……なるほど?」
「まあ、口で説明しても簡単にはわからないだろうな。とりあえず、普段から練習していけば自然と身につくはずだから、これから頑張っていこう」
「うん、わかった」
クリスハルトの説明にハルシオンは頷く。
先ほどの説明をあまり理解できていないが、クリスハルトの言うことは正しいと思っているからこその反応である。
こういう素直なところはハルシオンの良いところではあるが、少し危ないともクリスハルトは考えていた。
「でも、クリス兄様は身振り手振りなんてあまりしないね」
「僕には必要ないからね。基本的に言葉だけで伝わるし……」
「ええっ!?」
クリスハルトの言葉にハルシオンは驚く。
ハルシオンに勧めておいて、自分は全くしていなかったからだ。
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※コミュニケーションについては作者の個人的見解です。
学問的に異なることもあると思いますが、その点は気にしない方向でお願いします。




