ハニードロップ 1
「アニキ、アニキー」
明らかにカタギに見えない若者が店にはいってくる。アニキと呼ばれた男の眉が跳ね上がる。次の瞬間には若者は鈍い音を立てて吹っ飛んでいた。立ち上がったアニキが息をするかのようにぶん殴った。世紀末かよ。
僕は今、王都の退廃地区と呼ばれているとこの食堂でゆっくりジュースを飲んでいる。ここは薄暗く、人も少ない。一見さんお断りで、入り口には鍵がかかっている。扉をノックして、店のマスターが顔を改めないと入れない。一人で静かにゆっくりできる店を求めて、王都に満遍なく顔が効く、後輩冒険者のパムに紹介してもらった。たしかに静かだけど、ここって違法の店なんじゃないのか? 少しズレてる気もするけど、たしかに静かなのでたまに来てしまう。いつもは誰も話さないんだけど、たまにこういううるさい奴もくる。
「騒ぐな。ガイ。で、全部売れたのか?」
若い男の名前はガイらしい。
「へい!」
おお、今時返事で『へい』って言う人いるんだ。アニキが座ると、ガイはヘコヘコ縮こまりながら、懐から何か出す。きたねー革袋だ。それをアニキが受け取り、中身をテーブルに返す。金貨が十枚以上。コイツらお金持って無さそうに見えるのに、意外にリッチなんだな。アニキは金貨を二枚をガイに渡すと、残りはしまって懐に入れる。
「アニキ、もうちょっと色つけてくれてもいいんじゃねーですか?」
「バカ言え、お前幾らか抜いてるだろ。仕入れの金もあるし、俺はこのあとジョニーのアニキに渡すから残るのは二枚だけだ。それとも何か? また、ぶん殴られてーのか?」
うん、間違いなくコイツらマフィアだ。マフィアの世界は金が全てだ。多分ガイはチンピラ。まだ組に入れてないやつだ。そして、アニキは一番下っ端の構成員。
組に入るのには実績、幾ら金を納めたかだ。組に入るとさらにそれより多い上納金を納めないといけない。上に行けば行くほどその金額は上がるらしい。しかもお金を集められなかったら降格かクビ。そして、その見返りは組からの保護。何かあった時に組が面倒みてくれる。例えば組の構成員が冒険者にのされたとしたら、組の全力をもって報復する。だから組の構成員になったらもらえるエンブレムを見せると大概の人はマフィアとは事を構えたりはしない。まあ、僕には関係ないけど。
けど、ガイ、何を売ったのか? 眉毛の無い顔に手には幾つもの根性焼きの跡がある。こんな奴が売ってるものを買う人いるのか?
「おい、蜂のお代わりだ。一週間でさばけ。お前が食うなよ」
アニキが小瓶をガイに渡す。中身は白い粉。蜂ってなんなんだ。奴らと僕は店のはじとはじにいるから横目で見る分には気付かれないだろう。あと会話も小声だから聞こえてないと思ってるだろう。
「わかってるっすよ。やったら止められなくなんですよね。それに、俺じゃ買えないっす。ガチでボロもうけっすよね。一グラム銀貨五枚が金貨三枚になるんすから」
ん、白い粉が六倍の値段で売れる? 超ボッタだな。けど、間違いない。高額で取引される粉。あれは麻薬だろう。
「けど、なんでコイツの名前、ハニードロップって言うんすか?」
粉の名前はハニードロップって言うのか。初めて聞くな。新種か? それとも実は希少な魔法薬だったりするのか?




