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■8■


 美加は河原の石の話を聞いて、善からぬ気持ちが湧き立った。

 東京の学校ではありえなかった理不尽なまでの疎外感。

 あいつさえいなくなれば……彼女は思案を巡らせる。

 拾っても自分で所持しなければ、自分に実害はないだろう。

 河原で拾ったとびっきりの石を、あの憎き木島の家に、いや彼の部屋に置こう。

 河原に沿った道は、何かと村人が通る。きのこ栽培をしている山小屋もある。

 彼女はひと気の全くない、夕暮れ時にひとり河原へ向かった。

 森の向こうには紅い空が煌々灯り、濃い藤色の頭上には月が輝いていた。

 滝の音を運ぶ風に、蛍の光がゆらゆら揺れ始める。

 美加はとびっきりの石を探した。

 もうじき肉眼で石を探すのは困難になる。

 急がなければ……手当たり次第に石を手にとっては、これでもないと放り投げる。

 そして彼女はとびっきりの石を手にした。

 丸く削られたその石には、うっすらと顔のような模様が浮き出ていた。

 これは間違いない……ここで誰かの魂を吸い取った石に違いないと美加は思った。


 河原に沿った細道を走った。

 陽が暮れる……遠くでフクロウが鳴いていた。

 林の向こうは真っ黒な異次元空間。呑み込まれそうな黒が、森の隙間を埋め尽くす。

 一時も自分の元に、この石は置きたくない。

 美加は直接木島の家に走った。

 村の民家を少し離れた山のふもと。少し高い場所に彼の家は在った。

 けっして立派な建物ではないけれど、他の村人を見下すような、いかにも傲慢な装いだった。

 美加は先日一度、ここへきている。

 木島の部屋が何処なのか調べに来たのだ。

 9つ離れた彼の兄はまだ戦地から帰ってきてはいない。

 垣根の隙間から窓を見ると、木島がいた。


 辺りはもう真っ暗だった。

 美加は木島治朗の部屋の前に立つと、そっと窓に手をかける。

 この時代、窓にカギなどないから、戸は簡単に開いた。

 夕飯時のためか、木島は自分の部屋にいなかった。

 窓際の古い机の端っこに、美加は自分のこぶしほどの石を置いた。

 もっと見えない場所、絶対見つからない場所を選ぶこともできた。

 しかし、心のどこかで、見つかって捨てられたらそれでいい。それでもいい。

 そう思った。

 美加は静かに木島の家の敷地を出ると坂道を駆け下りて、古い小さな民家の合間を走った。

 ……これでいい。美加の心は達成感でいっぱいだった。

 この先も、ここでの暮らしは変わらないだろう。学校でのいじめは耐えるしかないのだ。

 石が人の魂を吸い取るなんて、そんな事があるはずないと、美加自身もわかっていた。


 次の日からもやはり何の変化もないまま、予想通り美加に対する生徒のいじめは木島を中心に続いた。

「今度は青虫女だ」

 青虫を鞄いっぱいに入れられ、弁当箱にも入れられた。

 しかし、木島の部屋に石を置いて10日後の事だった。

 朝学校に行くと、何やら騒がしい。

「治朗、死んじまったんだと」

「ガリガリに痩せこけてたって」

 耳に入った誰かの話し声に、美加は蒼白になった。

 

 

 篠原の婆さんは、二本目のわかばを取り出して火をつける。

「木島治朗の死因は不明だったそうじゃ。その後彼女は母親と東京へ戻って、深まった謎と迷信だけがこの村に残ったと言うわけさ」

 昔の村人はここの河原の石を顔念石と呼んだらしい。

 それは、年寄りだけが増えた今の村では、覚えている者も少ないという。

 篠原の婆さんがぷかっと、ゆるい煙を口から吐き出して

「あんたらも、絶対に河原の石なんて持って帰っちゃいけんよ」

 彼女はそう言ってゆっくり立ち上がると、去って行った。

 足取りは速くはないのに、あっという間に姿は見えなくなった。

 樹木のざわめく音に混濁する滝の鳴声だけが聞こえる。

 





   つづく…


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