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美加は河原の石の話を聞いて、善からぬ気持ちが湧き立った。
東京の学校ではありえなかった理不尽なまでの疎外感。
あいつさえいなくなれば……彼女は思案を巡らせる。
拾っても自分で所持しなければ、自分に実害はないだろう。
河原で拾ったとびっきりの石を、あの憎き木島の家に、いや彼の部屋に置こう。
河原に沿った道は、何かと村人が通る。きのこ栽培をしている山小屋もある。
彼女はひと気の全くない、夕暮れ時にひとり河原へ向かった。
森の向こうには紅い空が煌々灯り、濃い藤色の頭上には月が輝いていた。
滝の音を運ぶ風に、蛍の光がゆらゆら揺れ始める。
美加はとびっきりの石を探した。
もうじき肉眼で石を探すのは困難になる。
急がなければ……手当たり次第に石を手にとっては、これでもないと放り投げる。
そして彼女はとびっきりの石を手にした。
丸く削られたその石には、うっすらと顔のような模様が浮き出ていた。
これは間違いない……ここで誰かの魂を吸い取った石に違いないと美加は思った。
河原に沿った細道を走った。
陽が暮れる……遠くでフクロウが鳴いていた。
林の向こうは真っ黒な異次元空間。呑み込まれそうな黒が、森の隙間を埋め尽くす。
一時も自分の元に、この石は置きたくない。
美加は直接木島の家に走った。
村の民家を少し離れた山のふもと。少し高い場所に彼の家は在った。
けっして立派な建物ではないけれど、他の村人を見下すような、いかにも傲慢な装いだった。
美加は先日一度、ここへきている。
木島の部屋が何処なのか調べに来たのだ。
9つ離れた彼の兄はまだ戦地から帰ってきてはいない。
垣根の隙間から窓を見ると、木島がいた。
辺りはもう真っ暗だった。
美加は木島治朗の部屋の前に立つと、そっと窓に手をかける。
この時代、窓にカギなどないから、戸は簡単に開いた。
夕飯時のためか、木島は自分の部屋にいなかった。
窓際の古い机の端っこに、美加は自分のこぶしほどの石を置いた。
もっと見えない場所、絶対見つからない場所を選ぶこともできた。
しかし、心のどこかで、見つかって捨てられたらそれでいい。それでもいい。
そう思った。
美加は静かに木島の家の敷地を出ると坂道を駆け下りて、古い小さな民家の合間を走った。
……これでいい。美加の心は達成感でいっぱいだった。
この先も、ここでの暮らしは変わらないだろう。学校でのいじめは耐えるしかないのだ。
石が人の魂を吸い取るなんて、そんな事があるはずないと、美加自身もわかっていた。
次の日からもやはり何の変化もないまま、予想通り美加に対する生徒のいじめは木島を中心に続いた。
「今度は青虫女だ」
青虫を鞄いっぱいに入れられ、弁当箱にも入れられた。
しかし、木島の部屋に石を置いて10日後の事だった。
朝学校に行くと、何やら騒がしい。
「治朗、死んじまったんだと」
「ガリガリに痩せこけてたって」
耳に入った誰かの話し声に、美加は蒼白になった。
篠原の婆さんは、二本目のわかばを取り出して火をつける。
「木島治朗の死因は不明だったそうじゃ。その後彼女は母親と東京へ戻って、深まった謎と迷信だけがこの村に残ったと言うわけさ」
昔の村人はここの河原の石を顔念石と呼んだらしい。
それは、年寄りだけが増えた今の村では、覚えている者も少ないという。
篠原の婆さんがぷかっと、ゆるい煙を口から吐き出して
「あんたらも、絶対に河原の石なんて持って帰っちゃいけんよ」
彼女はそう言ってゆっくり立ち上がると、去って行った。
足取りは速くはないのに、あっという間に姿は見えなくなった。
樹木のざわめく音に混濁する滝の鳴声だけが聞こえる。
つづく…




