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いつの間にか雨は上がっていたが、低い雲は重くるしく蒼穹を覆い隠していた。
「ほんとに久しぶりだねぇ」
「篠原のばぁちゃん、まだ生きてたんだ」
「アホいうな。わたしゃ100まで生きるんだ」
本堂を覗いていたのは、篠原というお婆さんで、島岡克則が中学まで住んでいた家の隣に住んでいた。
「和尚は亡くなったの?」
島岡が言う。
「ああ、もう5年になるな」
篠原の婆さんは続けて「あんな石拾ってくっから……」
「石って……あの大きな石ですか?」
彰夫が思わず口をはさむ。
「ああ、見たんだね」
3人は外へ出ていた。
本堂の上がりに4人で腰かけて、なんだか肌寒い風に吹かれていた。
篠原の婆さんは、少しの沈黙の後、話し始める。
あれは……うちのお爺が死んだ時だ。
前の週くらいに、和尚があの石を河原から拾ってきてな。みんなが止めろって言ったのに聴きもしないで……。
和尚だって、当然この辺りの話は知ってる……河原の石は拾って来ちゃなんねぇってな。
なのに、あん時の和尚はもう何かに取りつかれていたのかも知れねえな。
どうしても本堂にあの石を置くっていいはって……。
そんな時にうちのお爺が息を引き取ってな、和尚に電話しても全くでんから直接来てみたのよ。
そしたら和尚、隣の自宅でカラッカラになって死んでおったよ。
カラッカラという言葉に、美登がピクリと反応した。
そう……涼香の死んだときの姿が、まるでしっくりと当てはまったから。
「で? どうなった?」
島岡が訊く。
「しかたねぇから、お爺の葬式は町まで出たよ」
「違うよ、和尚だよ」
「どうもこうも、和尚は死んじまったし。どうもなんねぇべ」
篠原の婆さんは朽ち果てた塘路から寺の裏山に視線を移して
「この裏さ、和尚の墓立ってるよ」
3人も寺の屋根を通り越すように裏山の頂を見るが、篠原の婆さんはすぐに向き直る。
「あの石……あの石に和尚の顔がくっきりと出ていた。まるで写真みたいだったよ。あの石は、和尚の魂を吸い取ってしまったのさ」
婆さんは、無表情だった。
「魂を吸い取る? 石?」
美登が泣きそうな顔で言う。
「だから河原で石を拾っちゃなんねぇんだ。誰かの魂がしみ込んだ石は、他の人の魂を欲すんだよ」
篠原の婆さんはそこまで言うと、紫色のエプロンからわかばを1本取り出して、カチカチと着火し難い100円ライターで火をつける。
「昔……こんな話も聞いたわなぁ」
彼女はぷかっと、ゆるい煙を吐き出して
「東京から疎開してきた娘がな……」
小さな声で話し始めた。
「おめぇ、東京もんだからって、そんなしゃれた服ばっかり着やがって」
美加は終戦直前の夏、神沢村に母親と一緒に疎開してきた。
母方の祖父母が住んでいた小さな家で、4人暮らしが始まった。
神沢村には小さな分校が一つあるだけだったが、それでも当時は一学年から六学年まで総勢で86人の生徒がいた。
美加はエナメルの靴を隠され、白いスカートに毛虫を投げつけられ、日々いじめにあっていた。
「お前にはこの毛虫がにあっとる! お前は毛虫女だ」
5年生の美加は同級生が12人いたが、味方は誰もいなかった。
いじめの中心人物は決まっていて、ガキ大将の木島治朗には誰も逆らえない。
木島さえいなければ……美加はいつしか、強く念うようになった。
そんな時、祖父から河原の石の話を聞く。
ずっと昔、河葬によって魂がしみ込んだ河原の石。
拾ってはいけない……石はもっと魂を欲しているから。
つづく…




