表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

■7■


 いつの間にか雨は上がっていたが、低い雲は重くるしく蒼穹を覆い隠していた。


「ほんとに久しぶりだねぇ」

「篠原のばぁちゃん、まだ生きてたんだ」

「アホいうな。わたしゃ100まで生きるんだ」

 本堂を覗いていたのは、篠原というお婆さんで、島岡克則が中学まで住んでいた家の隣に住んでいた。

「和尚は亡くなったの?」

 島岡が言う。

「ああ、もう5年になるな」

 篠原の婆さんは続けて「あんな石拾ってくっから……」

「石って……あの大きな石ですか?」

 彰夫が思わず口をはさむ。

「ああ、見たんだね」

3人は外へ出ていた。

 本堂の上がりに4人で腰かけて、なんだか肌寒い風に吹かれていた。

 篠原の婆さんは、少しの沈黙の後、話し始める。


 あれは……うちのお爺が死んだ時だ。

 前の週くらいに、和尚があの石を河原から拾ってきてな。みんなが止めろって言ったのに聴きもしないで……。

 和尚だって、当然この辺りの話は知ってる……河原の石は拾って来ちゃなんねぇってな。

 なのに、あん時の和尚はもう何かに取りつかれていたのかも知れねえな。

 どうしても本堂にあの石を置くっていいはって……。

 そんな時にうちのお爺が息を引き取ってな、和尚に電話しても全くでんから直接来てみたのよ。

 そしたら和尚、隣の自宅でカラッカラになって死んでおったよ。

 カラッカラという言葉に、美登がピクリと反応した。

 そう……涼香の死んだときの姿が、まるでしっくりと当てはまったから。

「で? どうなった?」

 島岡が訊く。

「しかたねぇから、お爺の葬式は町まで出たよ」

「違うよ、和尚だよ」

「どうもこうも、和尚は死んじまったし。どうもなんねぇべ」

 篠原の婆さんは朽ち果てた塘路から寺の裏山に視線を移して

「この裏さ、和尚の墓立ってるよ」

 3人も寺の屋根を通り越すように裏山の頂を見るが、篠原の婆さんはすぐに向き直る。

「あの石……あの石に和尚の顔がくっきりと出ていた。まるで写真みたいだったよ。あの石は、和尚の魂を吸い取ってしまったのさ」

 婆さんは、無表情だった。

「魂を吸い取る? 石?」

 美登が泣きそうな顔で言う。

「だから河原で石を拾っちゃなんねぇんだ。誰かの魂がしみ込んだ石は、他の人の魂を欲すんだよ」

 篠原の婆さんはそこまで言うと、紫色のエプロンからわかばを1本取り出して、カチカチと着火し難い100円ライターで火をつける。

「昔……こんな話も聞いたわなぁ」

 彼女はぷかっと、ゆるい煙を吐き出して

「東京から疎開してきた娘がな……」

 小さな声で話し始めた。



「おめぇ、東京もんだからって、そんなしゃれた服ばっかり着やがって」

 美加は終戦直前の夏、神沢村に母親と一緒に疎開してきた。

 母方の祖父母が住んでいた小さな家で、4人暮らしが始まった。

 神沢村には小さな分校が一つあるだけだったが、それでも当時は一学年から六学年まで総勢で86人の生徒がいた。

 美加はエナメルの靴を隠され、白いスカートに毛虫を投げつけられ、日々いじめにあっていた。

「お前にはこの毛虫がにあっとる! お前は毛虫女だ」

 5年生の美加は同級生が12人いたが、味方は誰もいなかった。

 いじめの中心人物は決まっていて、ガキ大将の木島治朗には誰も逆らえない。

 木島さえいなければ……美加はいつしか、強くおもうようになった。

 そんな時、祖父から河原の石の話を聞く。

 ずっと昔、河葬によって魂がしみ込んだ河原の石。

 拾ってはいけない……石はもっと魂を欲しているから。







   つづく…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ