■5■
涼香の父親は東北でも有名な建設会社の社長で、彼女は大学の近くにレンガ造りの瀟洒なマンションを借りてもらっていた。
彼女と美登は大学に入って直ぐに意気投合して仲良くなった。
数日間ケイタイが繋がらない事なんてなかったのに、涼香が遺体で発見される数日まえから連絡はとれなくなっていた。
実はあの日の前夜、美登のケイタイに涼香の実家から連絡があったのだ。
母親も連絡が取れない事が初めてのようで、以前会った時の毅然とした装いは何処えやら。
声も震えて、異常に心配していた。
美登も心配だったから、朝になってから彼女のマンションへ行ってみた。彼女の母親の依頼で管理人が涼香の部屋のドアを開けて美登が中に入ったら、そこであの遺体が発見されたというわけだ。
美登は家にこもって、大学へ出てこなかった。
夕間暮れ、風のさざ波が窓をたたいても、陽射しの届かなくなった部屋の片隅で、ただうずくまって時を過ごした。
美登はまぶたに焼付いた彼女の姿を消し去ろうと何度も試みた。
しかし消えない。
涼香に何が起こったのだろう……理解できなかった。
何か恐ろしいものにでも取りつかれたようにやせ細り、まぶたは窪んで、鎖骨は突起物のよう……まるで見る影もなかった。
ケイタイの着メロがまた鳴っていた。3日前から何度も何度も鳴るケイタイ。
だけどそれは、独りでいても誰かを感じることのできる瞬間だった。だから、手の届く場所に、ケイタイを放り出していた。
階下から階段を上がってくる母親の声がする。
「ミト、ごはんは? 今日も食べないの?」
ドアの向こう側で、別世界で生活する母親の声。
平和な我が家。でも、今の美登にはそれは自分の生活圏とはかけ離れた異世界。
母親も父親も、妹もみんな別世界で生活している……。
再びケイタイが鳴る。
彼女はゆっくりとケイタイを手に取って、通話のボタンを指で触れる。
同じ生活次元の仲間が恋しくもある。
『美登! どうしたんだ? 学校全然来ないし……』
美登は沈黙していた。
でも正直、彰夫の声に安堵していた。
『聞いてるのか? 美登?』
『うん……』
美登は久しぶりに自分の声を聴いた気がした。
『彰夫……涼香どうして死んじゃったの?』
彼女は膝を抱えたまま、ケイタイを握りしめる。
『タケルも幸樹も、なんで?』
『今から会えないか? いろいろ話があるんだ』
しばらく言葉少なげな会話が続いて、美登はようやく彰夫の要求に応じた。
静かに階段を下りて玄関にでる。
台所から聞こえる暖かいはずの談笑も、今はただのノイズでしかなかった。
久しぶりの外。夜の生ぬるい空気が気持ち悪い。
住宅街の街路灯がどこまでも続いている。いや、本当は大通りまで100メートルほど。少しだけ勾配のある路地は先の大通りが見えないのだ。
ゆるい弧を描いて街路灯はどこまでも続いているように見える。
吸い込まれるような光景だった。
いままで何度も、何も考えずに見てきた景色が、まるで得体の知れない未知の世界へ続く果てしない一本道のようだ。
少しだけ彼女は躊躇して、ゆっくりと歩き出した。
以前何度か来た大通りのファミレス。
時間に関係なくそこそこの客入りのはずが、今夜はやけに席が空いてた。
彰夫は島岡克則と一緒だった。
3人はやけにガラ空きの店内に入ると、だれもいない喫煙席の一角に席をとった。
あのバーベキュウに行くに前の週、こうして3人で食事をした。
そして島岡が提案した神沢村が、目的地に決まったのだった。
「大丈夫か?」
島岡は美登を気遣う。
注文を済ませて彰夫は、すぐに切り出した。
「カツに聞いたんだ。神沢村の事」
美登は俯いた視線を島岡み移して
「涼香やタケルの事と関係があるの?」
彰夫は島岡に聞いた事をすべて話した。
河葬の事、墓の事、滝と河原の石の事……。
「なに……それ」
3人のテーブルにパスタが運ばれてきた。
ウエイトレスがテーブルの上にある透明の丸い筒に伝票を差し込んでゆく。
美登は食事に無関心なそぶりで続ける。
「じゃあ、3人はあそこで石でも拾って来たのかしら?」
「それが判んないんだ」
彰夫はホークを手にパスタを突く。
「涼香の部屋に、それらしいの無かったか?」
「判んないよ、そんなの……」
美登は頭を振る。
「どうして……どうしてそんな河原に案内したの?」
彼女が島岡を恨めしそうに見る。
「だって、そんなの迷信としか思わないだろ? ふつう」
島岡はポケットから煙草を取り出して
「それに、あの3人が石を拾って来たかなんて判んないし、本当にあの河原へ行った事が原因で死んだか正直判んないだろ」
「じゃぁどうしてあの河原にいった3人が次々に…」
美登は水の入ったグラスをギュッと掴むと二人を見て
「もう一度行こう。カツも一緒に確かめよう。ね、いいでしょカツ」
彰夫と島岡は思わず顔を見合わせるしかなかった。
つづく…




