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「彰夫、神沢で何かあったのか?」
大学の近くにある伊達屋で、彰夫と島岡は日替わり定食をに箸をつける。
ナスとウインナーをギタギタに炒めて山盛りに盛ってある。大きな目玉焼きがそれに乗っかっていた。
彰夫は半熟目玉焼きの黄身に箸をさして
「わかんねぇ。何もねぇよ。ただバーベキュウしてはしゃいで。そんで、普通に帰ってきたよ」
島岡は味噌汁をすすって
「お前たち……まさか、河原の石なんて……持って帰ってないよな」
「石?」
彰夫は、あの時河原に降りる前に会った老婆を思い出した。
「そう言えば、通りすがりの婆さんに言われたよ。石を持ってくな。って」
彼はお冷の入った古びたグラスを手に
「カツ、どういう意味だ?」
島岡は少しの間沈黙して、セルフサービスの熱いお茶を湯呑にくんできた。
そう遠くはないけれど、どこか遠くに来た感じのする場所。
彰夫と美登からそれを聞いた島岡克則は、子供の頃自分が育った村を提案した。
自然に満ち溢れた小さな村。
美しい棚田の山々と滝の音が風に響く河原。その左右の草むらに乱立する無数の墓石。
島岡自身、子供の頃の記憶をたどりながら奨めたスポットだったが、無数の墓石の事は話していなかった。
彰夫の前に再び座ると、お茶をすする。
「河原の周辺に、お墓を見かけなかったか?」
「あったよ。古い墓がけっこう在ったな。ほとんど草むらに隠れてたけどな」
彰夫は思わず、古びたテーブルに肘をついて前のめりになり
「あの墓が関係あんのか? なんかの呪いか?」
半信半疑だった。
「いや……あの墓は、昔あそこで河葬された人たちだ」
「カソウ?」
「あ、いや。水葬って知ってるか?」
「あの、船が海とかで行う葬儀だろ」
「あの村では昔……」
島岡は両手で湯呑を包むように持ち、まるで手の汗を乾燥させようとしているようだった。
「俺の生まれるずっと昔のことらしいけど、あの村ではご遺体を川の上流から小さな板に乗せて流していたんだ」
「川に遺体を?」彰夫は煙草に火をつける手を一瞬止める。
水をいくら飲んでも喉が渇いた。
ニコチンを吸い込む事で、喉の渇きをごまかしたかった。
だから彼は、そのまま煙草に火をつける。
「滝の少し上流にはお寺があるんだ。今も在るかは知らないけど。その辺りからご遺体を流して、あの滝を下ると成仏できると言われていたらしい」
島岡も煙草を手に取り
「あの滝、昔は黄泉の滝って言ったんだって。横に白糸のような細い滝の流れがあったの見た?」
彰夫は煙草の煙を吐きながら「いや、滝は直接見てないんだ」
「あるんだよ、細い滝が。それで、誰かが呼び名にも糸へんを加えて『横線の滝』にしたんだって」
彰夫は再びグラスの水を飲む。
会計を済ませた客を、若い女性店員が明るく見送る「ありがとうございました。またどうぞ」という声が店内に響く。
彰夫も熱いお茶が飲みたくなって、一度席を立つ。
二人は一番奥の席にいたから、彰夫がお茶を取ってきて再び席に着くまでに、島岡はゆっくりと一息ついて煙草に火をつけた。
「石は誰も持ってきてないんだな?」
彰夫はお茶を口にして「そんなのわかんねぇよ。石とそのカソウとなんの関係が?」
島岡の左手の指に挟まれた煙草が、ゆらゆらとゆっくり煙をたゆませている。
「滝を無事に落下したご遺体は、ほとんど滝つぼに沈むらしい。だから、あの辺から墓石が並んでるんだ」
彼は煙草をくわえずに、指に挟んだまま
「だから、その魂があそこの河原の石に宿ると言われてんだ」
「宿る?」
「滝つぼで染み出た魂が、河原の石に吸い取られるんだって。むかし婆ちゃんに聞いたんだ」
島岡は煙草のフィルタを咥え、ほんの少しだけ吸う。
「だから、あそこの石は持ち帰っちゃダメなんだ。あそこで流された誰かの魂かもしれないからな」
「そんなの知るかっ」
彰夫は小さく吐き捨てるようにつぶやいて、残りのお茶を飲み干した。
つづく…




