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長らくお待たせして申し訳ありません。

次はそこまで空けないように更新しますので……

 翌日の昼前、エレナは王都の大通りの入口前に来ていた。


「いらっしゃい! 今朝とれたてだから魚や貝が新鮮だよ! 試食もあるから、そこのおにいさんどうだい!」

「南国のフルーツはいかがですかぁ! バナナにマンゴーにオレンジ、他にもたくさんもありまーす! カフェも併設してますよー!」

「希少な青い真珠をふんだんに使ったこのブローチ、本日限り半額でご提供しております〜いかがですか〜」


 この目抜き通りはいつもにぎやかだ。たくさんの店が石畳の道の両脇にずらりと立ち並び、店員たちの威勢のよい呼びかけに観光客が足を止める。景観保護のため建物の外壁は白色と決められているが、屋根の色やのぼりや三角旗などに様々な色が使われ、ひときわ華やかな雰囲気を作っている。

 ボスポラス海国は小国ながら、温暖な気候やおおらかで飾らない人柄の国民性から、観光地や保養地として他国から人気を集めていた。


 様々な国の人々が楽しげに買い物に興じる様子を見て、エレナは胸を踊らせつつも、大通りには入らず横道にそれる。そこでは王都の住人たちが日々の暮らしを営んでいた。

 年配の男女がヤシの木陰で語らっていたり、暑さをしのぐための水をまく母親が子供に何か注意をしていたり、釣りの帰りの男性が木製のバケツを片手に口笛を吹いていたり。

 毎月のようにここへ来ているエレナにとって、いつもと変わらない光景に自然と口角が上がる。にぎやかな大通りも楽しいが、この細道にいるとゆったりと気持ちが落ち着く。

 しばらく歩くと目当ての店にたどり着いた。


「こんにちは!」

「まあまあ、エレナちゃんじゃない! 今日はお休みなの?」


 店先で掃除をしていた女性が、エレナを見てにっこり笑った。彼女の店では様々な種類のドライフルーツを売っている。好きな果物を好きな量だけ袋に詰めて、その組み合わせで値段が決まる量り売りだ


「はい! 母がこちらのパイナップルをとても気に入ったみたいで、また送ってあげたくて買いに来ました。この袋二つ分、お願いします」

「そりゃあ嬉しいね! そうだ、ちょっと形は悪いがこのマンゴーも持っておいき。おまけだよ」

「まあ、いいのですか? すみません、ありがとうございます!」


 喜ぶエレナの元に、店の隣や向かい側からも声が飛んできた。


「エレナちゃん、あとでこっちにもお寄りよ! 新作のフルーツティーを飲んでほしいの」

「こっちにも来ておくれ。エレナちゃんに新しい商品の飾り方の意見が聞きたいんだ!」

「はーい! 後でうかがいますねー!」


 エレナが他の店の店員たちに笑って手を振り返すと、周囲にいた客たちもみな笑顔で手を振った。ドライフルーツ店の店長が笑いながら紙袋を優しくエレナに手渡した。


「あっはっは! すっかり人気者だねぇ」

「皆さんには良くしていただいて、感謝の言葉もありませんわ」

「エレナちゃんがいい子だからさ。挨拶は明るくて、笑顔がかわいくて、こっちまで元気をもらえるんだよ。ありがとね、またおいで!」

「はい! こちらこそありがとうございました!」


 ドライフルーツ店の店長と別れ、別の店へ行こうとしたエレナの脇を何かがすごい速さで駆け抜けて行った。


「きゃあっ」

「あ、ご、ごめん、なさい……!」


 エレナの驚いた声に立ち止まったのは、麦わら帽子の少年だった。エレナと同じくらいの身長で、何故か膝まで隠れそうなくらい大きめな黒いシャツを着ている。眼鏡をかけているのだが、深く帽子を被っているので顔立ちはよくわからない。


「私こそぼうっと立っていてごめんなさい。お怪我はなかったですか?」

「は、はい、あの、大丈夫です。ごめんなさい。それでは……」


 ペコリと頭を下げて、麦わら帽子の少年は走り去っていった。彼の行く方向から、海を目指しているのだとわかった。彼の後ろ姿を見つめて、エレナは両手をギュッと握りしめる。


(何かあったのかしら。あの子の声……あれは)


 エレナは気付いていた。

 あれは、泣くのを堪えている声だ。



 * * *



 同じ頃、王宮の「南の弧」の外廊下を歩く二人の男性の姿があった。その一人、ジョンがため息をつく。


「はあ……」

「えー何そのため息! ジョンったら俺に会いたくなかったの?! 同棲までした仲なのにぃ」

「……夜に俺の部屋へ寝に帰っていただけじゃないか。それより、どうしてこんな急に来ることになったんだ」

「いやぁ、溜まっていた仕事とかが意外と早く終わったからさ、それなら俺もボスポラスへ行こうかなって思って。エレナに会いたかったしー。それにしても、ジョンって俺より背が低かったんだなぁ」


 尻尾を機嫌良さそうにフサフサと揺らし、面白そうにジョンを見下ろすのは、狼獣人のクロード・ルー・ノワールだ。

 黒い毛で覆われた筋骨隆々な狼の体を武人らしい服装に押し込み、どことなく窮屈そうに歩いている。口元は牙がずらりと並んでおり、頭の上でピクピクと動く耳は周囲の音を拾っているようだ。


 ジョンはクロードの軽い言葉に眉間に皺を寄せる。


「それなら今回のバーントシェンナの外交団とは別日に、改めて来れば良かっただろう」

「そうなんだけどさー、うちの国って閉鎖的じゃん? 島の外へ出るときの手続きがだいぶ面倒なんだ。今回の外交団だったら、騎士団長の親父の代理ってことですんなりいけたんだよ。お、着いた着いた」


 トントン、ガチャリ


 扉を叩くと同時にドアノブを回すクロードに、ジョンが口を挟む。


「返事くらい待たないか。そういう軽はずみな態度が後々どう影響するか考えて……」

「堅いこと言わないでよー、俺と総合室のみんなの仲じゃん! エレナ、みんな、久しぶり! 俺だよ、黒い亀のクロだよー……って、えっ?!」


 ジョンの忠告も話半分に、扉を勢いよく開けたクロードは言葉を失った。


はじめまして・・・・・・、クロード・ルー・ノワール様。ボスポラス海国の総合室の職員一同、心よりお待ちしておりました」


 正装姿のサム、ローラ、ルーカスから、深々と腰を折る最敬礼・・・で出迎えられたからだ。

 予想外の対応に固まるクロードの横で、ジョンはますます深くため息をついた。


「……元の姿を見るのは、俺も含め今日が初めてだからな。だから言っただろう、少しは考えろと……」

「あらぁ、ジョン室長いけませんわ! クロード様はバーントシェンナからの大切なお客様ですのよ。そんなぞんざいな言葉遣いや態度は、失礼に当たりますわ」

「い、いや、前みたいに、もっと普通に、親しみを込めて接してほしい、んだけど……」


 華やかな笑みを浮かべているのに、ローラの目は決して笑っていなかった。彼女からにじみ出る怒気を感じたのだろう、クロードの尻尾はみるみるうちにしょんぼり下がった。


「まさか、ご冗談を。バーントシェンナからの特使は、バーントシェンナをその背に背負っている責任や義務があることは、当然ご存知のことでしょう。そして、急遽参加される貴方様のために、元々決まっていた予定がいくつも再検討を余儀なくされ、ボスポラスとバーントシェンナ両国の関係者が夜中まで奔走していたことも、もちろんご理解されていらっしゃるのでしょうなぁ?」

「うぐっ……あの、その……」


 普段の好々爺はどこへやら、サムが眼鏡を底光りさせて威圧たっぷりの駄目押しの一言。

 唯一ルーカスは気の毒そうな表情なのだが、サムとローラの言い分が正しいので、口を挟まないようだ。


 三人(実質二人)からの厳しい視線を受け、クロードはツンっと尖った黒い耳をへにゃりと垂れさせ、頭を下げた。


「……突然の訪問、そして非礼を、深くお詫び申し上げます……」

「まああ、私たちへの謝罪なんて必要ありませんわ! だって、護衛の再編成も、宿泊場所の確保も、それに伴う用意その他も、私たちは携わっておりませんもの!」

「ううっ……後で改めて、ボスポラス海国並びにバーントシェンナへ正式に謝罪を申し入れます……この度は、申し訳ありませんでした……」


 がたいのいい体を精一杯縮こませるクロードを見て、ようやくサムやローラの顔に本当の晴れやかな笑みが浮かぶ。ルーカスはほっとしたような苦笑いだったが。


 一連の流れを見ていたジョンは、つくづくここにエレナがいなくて本当に良かったと、胸をなでおろした。


サム&ローラ会心の一撃! クロード大ダメージ涙目! ジョン&ルーカス同情の視線!


正論で相手を抑え込むローラの凄みはエレナには刺激が強すぎると、ジョンは思っているようです(笑) 


次話は、総合室とクロード、そしてエレナと謎の少年のお話です!

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― 新着の感想 ―
[一言] 久々更新有難う御座います(笑) クロードもさぞ凹んだ事でしょう…
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