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【098】大尉、特注品を注文する

 話をしていると、ベルバリアス宮殿に到着しました。

 馬車を降りる前に「小官のこと好きと思われる男性の名前、教えてください」と頼んでみたのですが「言うわけないだろ。そもそも必要ないものだ」と ―― 本当にいるのかな? と少し疑念を持ったものの、キース中将がその手のことで嘘をつくとも思えないので信じておく。

 わたしは自分の昼食用のサンドイッチを閣下に。

 「閣下にお出しできるようなものではないのですが」とキース中将に言ったものの「それを食った俺とヴェルナーが、嫉妬で殺害される」などと言われてしまいまして。閣下、そんなに心狭くないと思いますがね。


「食べていいのかな? イヴ」

「はい。閣下のお口に合うといいのですが」

「合うだろうな。食べるのが楽しみだ」


 本日はキース中将と閣下の会談が設定されていたので、なんら問題なく会うことができ ―― 二人きりで会談するという流れに。もちろん二人きりですが、護衛は付きます。

 談話室の中でも特に小さめの部屋。二人以上の会談はできないような小さめな部屋で、護衛も二人のうち一人しか連れてこられないような部屋。

 ただ内装は凝ってます。わたしがつま先立ちし、手を伸ばしても届かないほど高さのある天井。純白で模様のない壁紙。ヨーロッパ風のこの世界の宮殿で、この種の壁紙は珍しい。

 これには理由があり、窓が全てステンドグラスのはめ殺しで、白い壁はその美しい模様を映し出すために飾り気を排除されているのだ。


「クローヴィスを連れ帰った理由はなんですかな? 主席宰相(リリエンタール)閣下」

「血気盛んなロスカネフの(アーダルベルト)総司令官(・キース)が、前線に飛び出さないようにするための重しを務めてもらおうと思ってな」

「分かりました。総司令官として身を慎むよう努力(・・)致します。では次に……」


 え、努力だけなんですか? 絶対と言わないのですか? でもわたしじゃないから、飛び出しはしないだろう。そもそも前線にいるわけでもないし。

 閣下とキース中将は共産連邦との戦いになった場合、どこで迎え撃つか? どの士官をどこに配置するか? 人員の割り振りは? 武器の調達、いつから徴兵を開始するか、訓練はどこで行うかなど、戦争に近づいているのだなーと実感する話題が続いた。


「では五日後の説明会(・・・)を楽しみにしています、主席宰相(リリエンタール)閣下」

「そうか。ところで大尉」

「はい、リリエンタール閣下」

「大尉は実家に住所を置いたな」

「はい」

「わたしは心配性なので、大尉に最低でも一名の特殊警護員を付けたい。それらに関する書類を作成したので、家長たるクローヴィス卿と話し合って決めて欲しい」


 家長たるクローヴィス卿? ……ああ、父さんのことですか! 閣下、わたしの父さんに最大限の敬意を払って下さるもんなあ。

 特殊警護員は自宅配置だから、家族とも話し合わないと……いや配置せよと命じられたら受けなくてはならないのだが、こちらを最大限尊重してくださったのだ。


 閣下から必要な書類を手渡され、ベルバリアス宮殿を後にした ―― 退出前に大佐の容態を尋ねたら、入院はしているが大丈夫だとのこと。もちろん入院先は教えてもらえませんでしたが。


 仕事を終えて定時に帰宅し、両親に話したいことがあると告げ、眠ったカリナを寝室に運び終えてから、応接室で特殊警護員に関する書類を差し出す。

 わたしはベルバリアス宮殿から中央司令部に戻るまでの間に、一通り目を通している。

 書類を読み終えた父さんは継母(かあさん)にそれを渡して、わたしに尋ねてきた。


「閣下が仰ることは分かる。身辺警護を付けるのに異論はないよ、イヴ。それでなんとなくは分かるのだが、曖昧にして進めるべき話ではないので、教えて欲しいんだが、特殊警護員とは何者なんだい? イヴ」

「おそらく父さんが思っているので合ってる思うよ。継母(かあさん)最後の書類を貸してくれる?」


 書類に目を通していた継母(かあさん)から一枚の書類を受け取る。


「特殊警護員というのは、軍に籍をおいていない身辺警護の専門家のこと。この名簿(リスト)、名前の隣の欄に職業が書かれているでしょ。彼らの通常の仕事はこっち。軍人が仮装するのじゃなくて、本当にそっちの職種として働けて、護衛もこなせる人」

「やっぱりそうなのか。そういう人がいるとは噂で聞いていたが、本物が我が家に配置されることになるとは」

「ごめん……」

「いやいや、普通に生きていたら出会えない人だから、今から楽しみだよ、イヴ」


 親衛隊や近衛のように「上官守ってます」と、周囲に知らしめるのとは逆で、特殊警護員は警護していることを周囲に悟られないように警護対象を守る。

 メイド、小間使い、従僕や執事あたりが多い。

 特殊警護の対象は基本貴人が多いので、彼らがよく侍らせる職種が目立つのだ。

 だが我が家はメイドをこれ以上増やすのは不自然。

 富裕層の証である従僕、さらには執事などは不自然を通り越している。

 今年ギムナジウムに進学するカリナに女家庭教師(ガヴァネス)は無用の長物。

 あとは馭者もあるが、馬車のない家に馭者とか不審者通り越してニート。

 中産階級実家に特殊警護員を配置するのは無理があるんじゃ? 独身寮に戻ったほうがいいんじゃないかなーと思ったのだが「姉ちゃん、明日もご本読んでね……」と言いながら眠りに落ちたカリナのことを思い出し ―― 住み込みの事務員という名の特殊警護員に来て貰うことにした。

 ほとんど父さんが警護されることになる状態。

 父さんは警護なんてされたことない人だから、精神的に疲れるだろうなあ。


「夜にイヴが帰ってきてから活動できるよう、日中は休んでいてもらうさ」


 それはそれで、不良事務員にしか見えないので、どうなんだろう父さん……。

 翌日書類を持ち登庁しキース中将に手渡す。手配が整い次第、父さんの事務所に住み込み事務員がやってくることになる。

 現在部下が一名もいない親衛隊隊長であるわたしは、制服を作るために被服課へ。

 親衛隊は一目で親衛隊と分かる軍服を着用する。

 白のワイシャツに黒いネクタイ。黒いシングルスーツ、スーツの襟には階級章が縫い付けられる。腰には革のベルトで、右腕には親衛隊隊長を表す模様のはいった白い腕章を。

 左肩からは金の飾緒(モール)。もちろん尉官なので、細目な飾緒(モール)ですがね。

 肩章というか、肩には受賞した勲章と軍内の競技会での優勝等を表す刺繍が施される。

 若造なんで、持っているもの(・・)を全部軍服に貼り付けて、権威を主張するのですよ。

 一週間後にはこの平服が二セット完成するとのこと。

 平服は三セットまでは支給で、親衛隊礼服は一セット支給。


「なにかあった時の為に、礼服はもう一着用意しておいたほうがいいかな……」


 体格上借りるのは不可能だし、既製品は入らないし。

 礼服そんなに必要なのか? 戦争になるとすっげー必要になるんだよ。我が国では親衛隊は儀仗兵も兼ね、儀仗式の際には着用しなくてはならない。

 さらに総司令官は礼服を着用し、戦地に向かう部隊を閲兵し士気を高揚させる。親衛隊はそこにも付き従う。トップが礼服着てるんだから、従っている親衛隊も礼服着用だ。

 キース中将のことだから、こまめに閲兵するだろう。

 その時親衛隊隊長がよれよれの礼服は……戦地に向かう兵士に失礼だな。


「最低でも二セットは欲しいよな」

「そうですね。フルセットはこの額になります」


 ……うわ……引くわ。幾らわたしが年齢に見合わぬ階級であっても、この額は引くわ。くっ! 通常大佐が任じられる親衛隊隊長に大尉で就任してしまった弊害というか……仕方ないよね。一セット購入しますとも。


「クローヴィス大尉」

「なんだ?」

「ちょっとこれを下げていただけませんか?」


 事務員が差し出してきたのはサーベル。細身の片刃剣で柄には護拳がついている。礼服着用時に使用するものなので、柄や鞘、さらには護拳には金鍍金(めっき)の飾りが施されている。

 事務員に言われた通り腰に佩いたら「うわぁぁぁ……」って顔された。

 なんだ? と思い鏡を見たら、サーベルが寸足らずになっていた。うーわー格好悪い!

 式典は見た目が命なので、サーベルは二十㎝ほど長さを足す特注品になりました。またサーベルは汚れたりはしないのですが破損する恐れがあり、これまた予備が使えないので、特注サーベルを二本自分で購入いたしました。

 当たり前だが、特注品なので少々お高い。大事に扱おう。壊さないようにしよう……とか思うと壊れるんだよなあ。……いえ、嘘つきました。壊れるんじゃありません、わたしが壊すんですよねー。


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