表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/335

【090】大尉、交換条件にされかかる

「フォルズベーグにルース帝国が立ち、幼少期よりルースを討ちたいと考えていたエジテージュ二世にとって、これ以上の好機はない」


 恨みを晴らす前に内部崩壊したルース帝国。それが再び立国されたとなれば、テンション上がるんだろうなあ。わたしには分かりませんが。


「フォルズベーグへ向かうには、アディフィンを通過せねばならぬが、アディフィンは許可はせぬ。許可しない理由の一つに援軍が通過中に、横から新生ルース帝国軍を名乗る共産連邦軍が攻撃を仕掛けて来る可能性が極めて高いからだ」

「少数強襲戦法ですか」


 ゲリラ戦法ですね。我が国もよく使う手段ですが……


「少数ならば押し返せるが、五十万近い伏兵が横合いから攻撃をしかけてきたらどうする?」


 人海戦術戦法の共産連邦ですもんね。伏兵が我が国の総兵力を軽く越えてくる!

 大国であるアディフィン王国なら五十万でも押し返せるが、そんな危険分子を呼び寄せる兵の通過を許可する必要もない。

 当然ながらバイエラント大公領もお断り。となればノーセロート帝国が軍を送るには海を使うか ――


「かつての連合の土地を通過し、共産連邦領土に入り北上するしかない」


 そんなことをしたら、共産連邦と戦争勃発じゃないですか!

 でも止められないー!

 対共産連邦同盟的に駄目なのでは? いや、そうではない。

 あれは「共産連邦に攻められた際に助けにいくよ」であって「共産連邦を攻めるのは禁止」ではないのだ。

 なんで禁止にしないんだ? 簡単なことで、対共産連邦同盟側だって攻められるなら攻めたいの。攻める好機が到来したら、一心不乱に攻めたいわけ。

 そんな時に「攻めちゃ駄目」的な文面があると面倒だから、最初から除外されているの。

 なにより地続きなんで、例えばの話だが、自分のところの国民が共産連邦に誘拐されて、目の前で殺害されてるのを指くわえて見てろ……は受け入れられないからね。


「だが今回は国境を接している国々は協力しないであろう。なにせ共産連邦を刺激したくないからな」


 当然の判断です。

 敗北した場合、ノーセロート帝国は小国を通って敗走するわけですが、共産連邦は追ってくるわけですよ。

 そうなると小国は……。

 敗軍となったノーセロートを通さなければいいじゃない?

 一人でもノーセロート人が国境越えたら、共産連邦軍(あいつら)師団送り込んできて、小国を飲み込むよ。そういうもんなんだよ、戦争って。


「ノーセロートならば、それらの小国を踏みつぶして侵攻できる」


 大国の横暴が! 横暴が! 侵略された国を助けるという名目で、他の国に侵攻すんな! おのれ! 大国め!


「もっとも大陸のルース嫌いを煽って、うまく通過するかもしれぬがな」


 ルース帝国正統後継者の閣下にそう言われると……なんと言っていいやら。わたしだけではなく、みんな硬直したとしてもしかたない。

 そしてわたしたちにできることは ―― ない!

 仕方ないだろー小国なんだから。大国ノーセロートと超大国共産連邦の激突なんて、どうすることもできないのは当然のこと。


 やるせない気持ちで会議の説明を聞き終えた。共産連邦特務大使やイワンのことに関しては説明はありませんでした。

 わたしたち下っ端には話せない内容が含まれているのでしょう。


 そして遅めの昼食を取ったあと、ヴェルナー大佐とわたしは閣下に呼び出された。

 なんだろう? と、思いながら喫煙室(シガールーム)に。煙草の害が叫ばれて久しい記憶を持つわたしとしては、あまり近づきたくない場所だが、この時代の喫煙室(シガールーム)は男性専用社交の場でもあるので……いいのかな? わたしが立ち入って。

 一人がけのソファー、各自にマホガニーのテーブルが一つ。天井は高く、シャンデリアが吊され、窓の外には噴水が見える。

 

「座れ」


 既に喫煙室(シガールーム)にいらっしゃった閣下は、パイプを薫らせていた。

 指示に従いわたしとヴェルナー大佐はソファーに腰を下ろす。あまりの座り心地のよさに寝てしまいそう。

 その感触をひっそりと楽しんでいると ――


「イヴ。ここは喫煙室(シガールーム)。知っての通り男性専用だが、我慢してほしい」

「はい」

「それでな、イヴよ。イヴは結婚し、子供ができても軍で仕事を続けたいか?」

「なっ!」


 閣下の唐突な問いかけに驚いたが、それ以上に一つソファーを間に挟んだ隣に座ったヴェルナー大佐が、弾かれたように立ち上がったことに驚いた。


「座れ、ヴェルナー。深く考えることはない、思った通りに答えてくれ、イヴ」


 ヴェルナー大佐の鬼のような形相の隣で軽く答えろとは、閣下もお人が悪いです……そんな閣下に取り繕っても仕方がないので正直に答えます。


「続けようと思ったことはありません。続けられないのが不文律ですので」


 近代ヨーロッパ風の世界ですから、女性の地位はあんまり高くない。もっとも近隣諸国と比べると、女性の地位はかなり高めなのが我が国です。ですが、結婚出産を経て軍に戻るということはない。

 メイドなどはあるのですが、公僕はないのだ。というか、結婚したら辞めるのが暗黙のルール。

 だからわたしも、彼氏は欲しいが、結婚したいかと言われると……結婚できないという現実もあるが、独身のままいこうかな? せっかくの士官だしね、という将来設計だった。

 いまは閣下と結婚することにしたので、アレクセイを亡き者にして退役する覚悟を決めている。


「そうだな。イヴはキャリアを失うのは怖くないか?」

「思ったことはありません」

「ふふふ、そんな目で睨みつけるな、ヴェルナー」


 この話の流れからすると、ヴェルナー大佐はわたしを辞めさせるつもりはない……みたいだな。でも不文律があるよ。暗黙の了解に逆らえというのですか、ヴェルナー大佐。


「イヴ。ヴェルナーはわたしに二期八年、大統領を務めて欲しいと考えている」


 わたしとの結婚により閣下が大統領選に出馬できると知って以来、大統領関連の書類に目を通したので、閣下が仰っている意味はわかる。

 我が国の大統領は三選禁止、一期は四年。

 二期務めてもらえるものなら、務めて欲しいよね。それは分かる。


「そのためにはイヴを軍に残す必要がある。わたしとの結婚を機に退役されたら、わたしがイヴを連れて国外へ出てしまう恐れがあるからな」

「あ……」

「クローヴィス卿は自営、弟御は駅を一つ預ければ何処へでも来てくれるであろう。妹御は若い、違う国を見て世界を広げるのもよい。クローヴィス夫人は夫の意に従うとのこと」

「従う……ですか?」

「以前クローヴィス卿から手紙を貰った。イヴが預かり、わたしの所へ持ってきたあの手紙だ。そこには”次期国王の御前ゆえ控えましたが、リリエンタール閣下にこの国の大統領になって欲しい気持ちはありますれど、わたくしにとっては娘の幸せが第一です。娘が幸せになれる道をお選びください。そのために必要ならば、どうぞ娘を閣下の支配なさる国へ連れて行って下さい。それが夫婦の総意であり、閣下に対して唯一のお願いであります”と書かれていた。もちろん他にも書かれていたがな」


 父さん、継母(かあさん)……。そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ。もう子供じゃないし。成人しているから、自分のことは自分で責任とれるから。


「両親と一緒に違う国に住むのはどうだ? もちろん、その国はわたしが支配しているから、結婚していても軍に入隊できる。出産後も復帰可能にしよう。なあに、わたしが”そうする”と言えば決まりだ。誰も逆らうことはできぬ」


 なんという絶対君主。でも、閣下がそれを望まれるとは思えないなあ。根拠は薄弱だけどね。


「閣下、その意図は?」

「イヴが望むか、望まないかを確認したいだけだ」

「この状況からして、ヴェルナー大佐に同じような質問をされる可能性があった……のでしょうか」

「そうだな。ただヴェルナーたち(・・)は、結婚妊娠出産しても、イヴには軍に籍を置いて欲しいと頼む。きっと、そちら側から頼まれたら、イヴは頷いてしまうであろうな」


 ヴェルナーたち(・・)に含まれるのってもしかして、ガイドリクス陛下とかキース中将とか。そうだとしたら、丸め込まれそうですね。


「頷いてはいけないのですか?」

「構わないよ、イヴ。望むとおりにするがいい」


 閣下の意図するところが、まるで見えない。キース中将の場合、あとで「丸め込まれたな」と分かりそうだが、閣下の場合はそんなことすらない。これがリメディストかっ!


「答えが出ないということは、どちらでも良いということでいいかな? イヴ」

「そうですね」

「わたしがロスカネフにいない間に根回しは無事終わるのかな、ヴェルナー」


 ヴェルナー大佐、手袋を嵌めた手を強く握りしめていて異様な音が。


「まさかわたしが、それ(・・)に気付いていないとでも思っていたのか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ