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【087】大尉、久しぶりにその存在に触れる

 なんの式だろう? と、思っていると、閣下が紅茶を飲みながら、今回の事態に関して説明してくれた。


「ガイドリクスと離婚し、アディフィンの社交界に戻ってきたマリーチェは、リメディストと接触し、その初歩を覚えた」


 離婚後のマリーチェさまのお話……いわゆるメンタリストと接触ですか。


「リメディストとの接触。これに関してはさほど問題はない。そして方法を教えてもらうこともな。使うとしても節度を持っていれば良かろう。マリーチェはその覚えた技で恋心を満たすことにした」


 恋心を満たす、要するに大佐を手に入れるということですね。


「恋する相手であるディートリヒはロスカネフ。マリーチェはアディフィンと離れている。なによりディートリヒの行方を掴むことはマリーチェには無理だ」


 いくつもの偽名を使い分けている諜報部員な大佐ですもんね。でも父親の目の前で無理心中すると騒ぐほどですから、そう簡単に諦めるはずないですよね。


「そこでマリーチェは己の執事である、ジークハルト・フォン・ランゲンバッハにディートリヒと接触できる方法を考えるよう命じた。そこでランゲンバッハは、アディフィン王太子ルートヴィヒに”ロスカネフにどうしても伝えたいことがある”と申し出て、わたしとコンラートが使っている伝達網(ホットライン)にねじ込んだ。”詳しいことは直接話したい、人を送って欲しい。送ってくれる人はできれば、こちらがよく知っている人(・・・・・・・・)を頼みたい”と」


 よく知っている人=ディートリヒ大佐(オルフハード少佐・マルムグレーン大佐)というわけですか。


「ただわたしとコンラートの伝達網(ホットライン)だが、わたしたちが管理しているわけではない。わたしは情報局局長に任せている」


 室長、お忙しいんですね。なんとなく、そうなんじゃないかなと思っておりましたが。


「連絡を聞いた局長は、ディートリヒを送って欲しいことは分かったが、素直に送るような男ではない。そこで局長は史料編纂室室長を送ることにした」


 閣下は「さも別人」って感じで仰ってますが、連絡を受けた本人が向かったんですね。

 エサイアスとルオノヴァーラ大尉が「あーあの部署暇だもんな。室長は尚のこと」って表情しましたけど、その人局長だから! 諜報部の大元だから!


「ルオノヴァーラやクローヴィスの補佐武官の面接試験後、史料編纂室室長ことテサジークは旅立ちマリーチェと面会した。むろんテサジーク単身ではなく、情報局所属の随員がいた。それらが、ランゲンバッハはリメディストに操られている可能性があると報告してきた」


 随員はいたかもしれないけれど、それ見破ったの間違いなく室長でしょう。リメディスト関連、専門っぽい感じする。


「ランゲンバッハに関して驚いているようだが、マリーチェにリメディストの初歩を教えた人物がいたのだ。使用人がマリーチェとその不審人物(リメディスト)を二人きりにするはずなかろう。もっともその不審人物(リメディスト)の目的は、ランゲンバッハへの接触だったようだが」


 閣下によるとランゲンバッハは室長の質問をのらりくらりとかわし ―― ランゲンバッハは上手くかわしたつもりなんだろうが、あの(・・)室長と長々と話しなんかしたら、内心ほぼ読まれちゃうと思うんだ。

 室長は「埒が明かないね」ということで、さっさと帰国し……そしてわたしとレオニードの接触事件というわけですか。


 室長、本当にお忙しいんですね。


「その不審人物(リメディスト)はランゲンバッハを操り、何をするつもりだったのですか」


 ヴェルナー大佐の疑問はもっともですね。


「明確な答えは分からぬが、わたしの予想でよければ」

「リリエンタール閣下の読みが外れることはないかと。是非お教え下さい」

「過大評価だと思うが。教えてやろう。ヴェルナー、お前の殺害だ」

「わたくしの? 殺害……ですか。それはまた……」


 ヴェルナー大佐は頬を引きつらせ、笑っているのか困惑しているのか、よく分からない表情になってしまった。


「”まさか自分が”といった表情だが、あの女(・・・)はお前が自分のことを調べていたこと知っているぞ」

「……!」

「調べているつもりで、調べ返されているというのは、よくあることだ」


 深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見つめるのだ……的な感じですか。

 そして「あの女」って誰のことかなあ。

 なんとなく年齢詐称疑惑(ヒロイン・イーナ)のような気もするんですけど。


「一応、何者がマリーチェに接触したのか調べる必要があると考え、ディートリヒに赴くよう指示を出した。もともとアディフィンの首都で情報収集をする予定もあったので、大きな予定変更ではなかったのだが、脱線事故が発生した」


 脱線事故からグリズリー襲撃、さらには脱臼と、息もつかせぬ猛攻でした。


諸事情(・・・)でわたしはバイエラントを目指しアディフィンは素通りした。だが色々と気になることがあったので、シャルルに滞在し探るよう命じた」


 途中まではご一緒だったんですね、シャルルさん。


「シャルルは色々と情報を掴んだが、さすがにそれはここでは明かせぬ。だがその情報から、ランゲンバッハはお前を殺害する可能性が高いと判断した」

「そうでしたか」

おまえ(ヴェルナー)あの女(・・・)について詳しいということもあるが、単純に邪魔でもある」

「邪魔ですか」

あの女(・・・)の最終目的はガイドリクスの殺害だ」


 あの女(・・・)が誰か分からないわたしを含む三人は「えっ」という表情しかできない。

 閣下が仰るあの女(・・・)が分かるヴェルナー大佐の口元が微かに動いた。

 生憎わたしは、読唇術などには長けていないので、なんと言ったのか理解はできなかったが、閣下は理解したようだ。


「ヴェルナー、お前は優秀だ」

「失礼ながら、リリエンタール閣下に言われますと、嫌味にしか聞こえません」

「大体の者はそう(・・)答えるな」

「独創性がなくて申し訳ございません」

「古さと伝統のみで作られているわたしが、独創性など求めるとおもうか?」

「なんとお答えすべきか」

「ヴェルナー、お前は優秀だ。とくにガイドリクスの身辺警護に関しては、見事なものだ。故にガイドリクス殺害を目論む輩にとって、お前は是非とも排除したい人物なのだ」


 王族って大なり小なり恨まれているものですが……ガイドリクス陛下、そんなに恨まれてるのか。誰に? いや正直言いまして、うちの国、そんなに恨まれるようなことしてないから、見当も付かないんだよね。

 防衛戦のみで、侵略戦争なんてしたこともない。当然ながら植民地だって持ってない。歴史はあれど花などない、ちんまりとした小国なんですが。


「まだ分からぬことだらけであろうが時間だ」


 閣下が空になったカップをソーサーに置いた。


「ランゲンバッハを殺害するのですか?」

「殺害はせぬ」

「何故ですか?」

不審人物(リメディスト)に、自分が作った暗殺道具(ランゲンバッハ)はいまだ使えると思わせておく必要がある。壊れてまた新たに仕込まれては面倒だ」

不審人物(リメディスト)を殺害するまでは、生かしておくと」

「それが最善であろう」

「分かりました。ではどうなさるおつもりで?」

「簡単な話だ。ランゲンバッハにマリーチェをくれてやればよい。ランゲンバッハはマリーチェに惚れているからな」


 感情の流れとしてはランゲンバッハ→マリーチェ→大佐というわけか。うちの国王にして元夫が、完全に蚊帳の外になっている! 乙女ゲームのハイスペック攻略対象なのに。

 閣下は立ち上がり、シャルルさんは聖典を片手に付いてゆく。わたしはエサイアスに肩を貸し後をついていった。


『コンラート』


 閣下に声を掛けられたアディフィン国王は、大きくため息を吐き出し肩を落とした。髭を蓄えた顔は疲れが滲んでいた。


『分かった』


 シャルルさんが聖典の間から取り出した結婚証明書に、コンラート二世が代理で署名したらしく、立会人として閣下とコンラート二世、式を挙げるためにシャルルさんが部屋へ。

 わたしの立ち位置からは室内が見えないので中の様子は音でしか分からないのだが、マリーチェさまの叫び声が聞こえ、大きな物音がし、結婚式の際に神父さまが詠む一節が聞こえてきた。

 簡素過ぎる結婚式が終わり、シャルルさんが大佐を抱きかかえて出てきた。

 入れ違いに近衛隊長が呼ばれ室内に入り、ドアが閉められる。

 直後、女性の叫び声が……


「ロスカネフの皆さん、リリエンタール閣下から、先に帰れとのご命令です」


 シャルルさんはそう言い、ルオノヴァーラ大尉が上着を脱いで大佐に掛け ―― わたしたちは離宮を出た。

 そのまま王宮の一角で過ごすことに。

 アヘンを吸わされたエサイアスは既に寝ており、大佐はまだ意識が戻っていない。大佐は捕まってからアヘン、もしくはヘロインを注射されたらしい。腕にはたしかに注射跡があった。煽り抜きで怖い。


「ランゲンバッハが嫉妬に狂っていなければ、適切な濃度の薬物でしょうから、大丈夫でしょう」


 前提条件が脆すぎます、シャルルさん。


「非常に不愉快な終わりでしたが、致し方ないこととして折り合いを付けてください」


 わたし、ルオノヴァーラ大尉、ヴェルナー大佐は頷きはしなかったが、言うつもりはないよ。


「人は操るものではないのですよ。まして恋愛感情など、操ってはいけません。さらに弄ぶこともね。マリーチェはランゲンバッハの気持ちに気付いていながら、大佐を手に入れるのを手伝え……ですから。皆さんは国王が、暗殺者付きの王女と復縁が潰えたことを喜ぶべきです」


 そうは思いますが、かといって……。でも国王を守るためなら致し方ないのかなあ。でもなあ……。

 何とも言えない重苦しい空気の中、閣下がお戻りになった。

 マリーチェさまのことは、当然聞けない空気だが、


「共産連邦、新生ルース帝国と名乗っている国の全権特務大使が到着した。明日に新生帝国を承認するかどうか会議が開かれる」


 愛で破滅した王女さまのこと、どうのこうの言ってる場合じゃなくなった。


「閣下はどうなさるおつもりで?」

「成り行きに任せる」

「その成り行き、どうなるのか、もうお分かりですよね、閣下」


 シャルルさんの問いに、閣下はうっすらと笑われた。


「全面戦争以外あると思っているのか? シャルル」

「ないでしょうね」

「共産連邦の特務大使はエヴゲーニー・スヴィーニン。ロスカネフ(わがくに)に現れたエヴゲーニー・スヴィーニンとは別人だ。新生帝国からはイワン・イーゴレヴィチ・ストラレブスキー」

「閣下、ご親戚と感動の再会ですね」


 イーゴレヴィチってことは、お父さんの名前はイーゴリか。イーゴリで閣下のご親戚ということは……もしかして特務大使のイワンって、大陸縦断貿易鉄道計画のルース側の責任者イーゴリ皇子の息子? かな。


「イワンが感動してくれるかどうかは知らぬがな」

「血の涙を流して感動してくださるでしょうよ」


 血の涙っていう時点で、憎しみしか感じられないのですが、シャルルさん。

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