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【085】大尉、我慢する

 大佐(少佐)の気配が感じ取れないのはいいんだが、エサイアスの気配がないのが気になる。でもこの三年で、気配を消す技術が格段に上がったのかも知れない……。


「閣下」

「どうした? 大尉」

「何事かがありそうなのでご注意を」

「根拠は?」

「護衛の二人の気配を感じられません。大佐の気配を感じ取れないのは分かるのですが、ウルライヒ少尉は大佐ほどとは思えないので」

「分かった」


 目的のカフェにたどり着き、コーヒーを飲んでいると、昨日大統領府に預けたフォルズベーグご一行さまの一人、若い男の騎士が現れた。

 アディフィンの街中を歩くのはご自由に……なのだが、なぜか若い男はこちらに向かってやってきた。

 表情といい歩き方といい、好意的な感じはまったくしないので、銃を抜き隠して構える。

 若い男は見るからに「騎士」な格好で、拳銃をどこかに隠しているような気配もない。

 近づいてきた若い男が何かを喋ろうとすると、閣下がステッキでその男の胸を突き、離れるよう命じた。

 男は一歩下がって、閣下に食って掛かるような口調で話し始めた。

 隣国なので何となく言葉は分かるのだが、ニュアンス的なものはちょっと……。大まかなことは理解できるので「王女とアレクセイを結婚させるとは、どういうことだ!」と言っているのは分かる。

 事態をもっとも迅速に解決できる、旧弊的な手法だと思いますよ。


「大尉、撃て」


 閣下のご命令とあらば ―― 若い男の肩近くを撃つ。衝撃に驚き若い男は膝をつき、カフェの客や往来の人も驚いたが、閣下は気にせずにコーヒーを口元へ運ばれた。

 おかしい。大佐もエサイアスも姿を見せない。これは……。

 銃を二発、空に向けて撃ち、異変を知らせてみたが、どうだろう。

 大佐たちがどうしたか? を探っていると、撃った若い男が立ち上がり、わたしに向かって剣を抜いたので、さくっと手を撃たせてもらった。

 手の骨が砕けたかもしれないけれど、こっちも黙って剣を向けられている趣味はないんで。

 黙っていたら撃たなかったんですけどね。

 そうしていると騒ぎを聞きつけ、警邏隊が駆けつけてきた。大佐とエサイアスはやはり姿が見えない。

 警邏隊の面々は、閣下のお姿を見て「あっ」って。本当に「あっ」としか表現しようのない表情に。


『それを大統領府に持っていけ』

『よろしいのですか?』

『はやくそのゴミを片付けろ。目障りだ』

『畏まりました。他には?』

『そうだな。ギルベルト通りにわたしの馬車が待機している。こちらに来るよう伝えろ』

『畏まりました』


 閣下と警邏のお話が終わり、若い男は警邏に連れていかれた。


「いま馬車を回すよう指示した」

「そうでしたか」

「まったく。折角のデートだというのにな」

「で……でーと……たしかに、デートです、はい」


 そう言われると、途端に恥ずかしくなった。赤くなっている場合じゃない。いまは周囲を警戒せねば!

 警邏から連絡を受けた馬車がカフェの前に到着した。

 念のために馭者の身体検査と、車内の確認を行い ―― その間、閣下はカフェのケーキを購入なさっていた。

 箱に詰めたケーキを店員が馬車まで運ぶ。

 さすが閣下! そうですよね! 閣下が箱を直接運ぶなんて、ありえませんよね!


「どうした? 大尉」

「閣下が閣下らしくて、格好いいなと」

「それは良かった」


 馭者にも車中にも異常がなかったので、ケーキと共に乗り込む。


「行き先は王宮だ」


 馭者にそのように指示を出された。

 馬車は滑らかに走り出し、馬蹄が石畳を蹴る音と、車輪の音が聞こえてくる。


「ウルライヒは危険かもしれぬ」

「閣下?」

「ディートリヒ誘拐にウルライヒが巻き込まれたのだろう」

「…………え? と、はぁ……」


 ヴェンツェル・オルフハード少佐でギュンター・ディートリヒ大佐で、名前は知らないけれどマルムグレーン大佐で、姓は知らないけどユグノーさんが誘拐ですか? 


あれ(・・)はいい男だろ」

「はい」


 ナンパされたら十人中九人くらいは引っかかると思います。わたしもその引っかかる一人ですが。っていうか、引っかかった一人ですし。


「即座にそう返ってくると、少し妬けるな」

「そ、そういう意味では!」

「素直だな、大尉は」

「閣下!」

「面白くてな。それであれのことだが、キースほどではないが、女を惹きつける魅力がある」


 キース中将のあれは、魅力といっていいのでしょうかね。なんかもう、呪われているというか、アフロディーテとペルセポネが所有権争いした美少年アドニス君でも、もうちょっともてっぷりは控え目なんじゃないかなって思うんですが。


「それで、あれに惚れた王女がいてな」

「え……」

「輿入れの際、わたしが伴っていたあれを一目見て、惚れてしまったらしい」

「あ……」


 輿入れ、王女……あれ?


「ガイドリクスの前妻マリーチェは、ディートリヒに惚れているのだ」


 ゲームでは、かつての恋が忘れられず駆け落ちでしたね! マリーチェさま!

 閣下ではなく、閣下の部下に恋してらっしゃったんですか!

 それは盲点でしたわ! 


「…………」

「諦めてはいないと思っていたが、まさかこのような手段を取るとはな。マリーチェはディートリヒの顔と体をこよなく愛しているので、傷つけるような真似はしないであろうが、必要のないウルライヒは少しばかり心配だな」


 でも閣下、それってディートリヒ大佐は性的にマズイってことですよね。襲われちゃうんですよね。


「……」

「顔と体を有効に使って、ウルライヒを返すよう上手く交渉するであろうが」


 具体的になにをなにするのか分かりませんが、なにかをなにして交渉するんですよね。


「それは、その……生き延びるためですので、仕方ないとも言えますが、その……救助とかは」


 独断と偏見ですが、ディートリヒ大佐はそう言う場面に何度か遭遇して、そうやって逃げてきたことありそう。でも、なんか、その……嫌じゃないか! どうやっても生還する大佐は偉いと思うが、助けに行けるのなら助けたいじゃないか。


「救助はする。そのために、王宮へと向かっているのだ」

「閣下!」

「マリーチェの父コンラートに責任を取って貰おう」


 王女さまの父って当然国王ですよね。アディフィン王国の国王ってコンラートだったはず。

 王宮に到着後、馬車は執事さんを迎えにお屋敷へ。

 わたしは王宮の一角にて、閣下が購入してくださったケーキを食べ、自ら紅茶やコーヒーを淹れて飲みながら、執事さんの到着を待てとのこと。


「わたしとシャルル以外は、誰が来ても室内に入れてはいけないからな」

「はい」

「シャルルが来たら、シャルルの指示に従ってくれ」

「分かりました」

「それでは義兄を存分にいたぶり、姪からサーシャを取り戻してくる」

「サーシャ?」

「ディートリヒの本名の愛称だ。ではな、イヴ」


 そう言われ、閣下はキスをして部屋を出ていかれた。

 サーシャ、サーシャ……それってルース特有の愛称ですよね……あんまり深く考えない! うん、サーシャなんですね! でも、わたしにとってはオルフハード少佐なので。国籍、年齢、本名、階級不詳な閣下の懐刀さんでいいです!


 閣下に命じられた通り、部屋に籠もり、ケーキを食べているのですが、これがまた……まずい。ケーキそのものは美味しいはずなのだが、大佐とエサイアスのことを考えると味がしなくなる。

 せっかくのケーキが台無しに。


「エサイアスと大佐が悪いんだ」


 食べかけのケーキを皿に放置して、ソファーに体を投げ出す。

 こうしている間にも二人が……大佐は上手くやれるのだろうが、エサイアスにはそういう技能はないし、そもそも目的じゃないから。……目的、もくてき……いやあああ。

 考えちゃだめだ! 二人とも殴られ蹴られるくらいの怪我で帰ってくるに違いない!

 性的なこと……そうだ、拳銃に弾丸込めよう。ああ、そうだ。違うことを考えよう。胸ポケットに入れておいた弾丸を入れたケースを取り出し、先ほど使った拳銃に弾を込める。四発しか使っていないので、すぐ再装填終わったけど。

 残りの弾丸は二十六。使うようなことはないだろうが、いざと言う時のために残弾数は頭に入れておかないとね。

 胸元に弾丸をしまい込むと、ドアをノックする音が聞こえたのだが、このノックは執事さんのノックじゃない。

 拳銃を手に持ち、ドアを開けずに声を掛ける。


『なんだ?』


 ぶっきらぼうなアディフィン語で尋ねると ――


【開けてくださいシャルルさま】


 ドアの向こうから女性の声が聞こえてきたのだが……分からん! だがシャルルは聞き取れたので、ノーセロート語で話し掛けてきてるのかな? 

 わたしはシャルルさんじゃありませんし、閣下の命令を厳守するので、ドアは開けませんよ。


『帰れ』


 簡単なアディフィン語で返してみたが、ドアの外の女性は【シャルル、シャルル】と言って帰ろうとしない。

 わたしを執事さん(シャルル)だと思っている……そんなに執事さん(シャルル)と声似てたかなあ。似てるんだろうなあ。まあ誰が聞いても男の声なので仕方ないが。

 わたしにできる事は、執事さん(シャルル)さんがやってくるまで、大人しく待つことだけ。

 女性と執事さん(シャルル)が鉢合わせしたらヤバイかもしれないが……。どーしよー。


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