【083】大尉、もやもやする
話は尽きないが、あまり夜更かししても駄目だろうと解散することにし、
「チョコレートやるから、付いて来いよ、エサイアス」
「それは嬉しいな」
「わたしも貰っていいか?」
「いいですよ、ルオノヴァーラ大尉」
チョコレートで釣って部屋前までエサイアスを誘導することに成功! ルオノヴァーラ大尉も同行してくれるようなので、さらに良し。
大佐、命令通り一人きりにならないよう注意を払っていますよ。
話ながら廊下を進んでいると、前方から多数の声が聞こえてきた。何だろう? と、顔を見合わせてから小走りで進み角を曲がると、わたしと大佐の部屋前で ―― 正装している大佐が、従卒の一人に暴行を加えていた。
何もしていない人を殴る蹴るような大佐ではないと思うので、なにかした……廊下に「L」抜きのキース中将からの封筒が転がってる。そして殴られている二等兵従卒は女性。
名探偵じゃなくても分かるわ! 盗みに入ったな! それも実際は大佐が使っている部屋に。
「ディートリヒ大佐、なにが?」
「この従卒、キース中将から大尉に宛てた手紙を盗んだ」
やっぱりそうなんですね。
鼻と口から血を流している若い従卒を見下ろす。
この従卒、名前はミア・メリネン二等兵、十九歳。十五歳の頃から軍に所属しているので、軍歴そのものはわたしと同じくらい。
短く切ったふわふわとした黒髪、身長はかなり低め。多分というか、絶対戦闘力を有していない体つき。わたしと比べたら、誰でもそうなんですがね。
中央司令部の従卒でしたので、キース中将を見かける機会もあっただろうし、そこで惚れてしまったとしても仕方ないが……この手紙を盗もうとするとか。
「なんで! わたしのほうが、アーダルベルトさまのこと好きなのに!」
大佐に殴られてなお、それを言えるのは感心しますが……言われましても困ります。
キース中将からの手紙は、そういう意味合いの手紙ではないので。もちろん、一言、二言、小言が書かれた用箋くらいは入っていそうですが。
そして、あなたのほうがわたしよりキース中将のこと好きなのは認めますよ。
だが認めたところで、窃盗は窃盗なので。
そうしていると呼ばれたらしいヴェルナー大佐が、やはり礼服のまま従卒と共にやってきた。
手紙とメリネン二等兵を見て、やはりすぐに事態を理解したらしい。
「他人の手紙掠めるとか情けねえな。アデルに直に迫れよ。その不細工面じゃあ、無理だろうがな」
アデル? ……ああ、キース中将の愛称だ!
そうだ、そうだ。ヴェルナー大佐はキース中将と三歳違いの同期だったわ ―― 情報源はキース中将大好きなわたしの同期です。
「わたしが部屋に入ると、大尉が使用している小間使いの部屋に気配があった。その気配が、大尉のものと違ったので賊かと従卒とともに確認したところ、こいつがベッドの下に隠れていた。引きずり出して殴ったので、室内に血が飛び散った。早々に掃除せねば、血のしみが残るので、本日は別の部屋で休め。それと、キース中将からの手紙はリリエンタール閣下に保管を依頼しろ」
こういう騒ぎがあった後でしたら、大佐の台詞はもっともですね。
「ディートリヒ大佐。クローヴィス大尉には小官が同行し、リリエンタール閣下に事情を説明しよう」
「任せた、ヴェルナー大佐。ルオノヴァーラ大尉、手伝え。ウルライヒ少尉は休め」
チョコレートは後日に……で別れ、わたしはキース中将からの手紙の他、みんなから貰った手紙と閣下から借りているトランクを背負い、ヴェルナー大佐に伴われ閣下の元へ。
同行しているヴェルナー大佐の表情が、すごく険しい。
あまりの険しさに、体調が悪いのでは? と。でも歩みは力強いし、呼吸が浅いといったこともないので、声を掛けずに無言のまま廊下を進み、執事さんに事情を話して手紙を手渡した。
「ああ。それは大変でございましたね。今すぐお部屋を用意いたしますので、それまでの間、閣下の書斎でお待ちくださいませ、妃殿下」
止めて、執事さん。ヴェルナー大佐が事情を知っているのは分かりますが、妃殿下は止めてー。
ヴェルナー大佐とともに閣下の書斎に通され ―― うわああ……さすが城! と、思いながら辺りを見回す。
装飾はシンメトリーで、肖像画が所狭しと飾られ、天井にも絵がびっしり。壁紙はシックな薔薇色で、家財道具は重厚の一言。
書斎というと、前世の記憶では壁一面を本棚で埋められているイメージなのだが、閣下クラス、ガイドリクス陛下もそうだが、彼らの書斎に本棚はない。
本は書庫やら図書室やらに保管されており、召使いに命じて持って来させるのが上流階級。
「大尉」
「なんでしょうか? ヴェルナー大佐」
「座らないのか?」
「閣下がお越しになっていませんので」
「そうか……」
ブロンドに青い瞳で、すこしきつめの顔だちのヴェルナー大佐は、それ以上はなにも言わなかった。
少し経つと、執事さんとともにガウン姿の閣下がお越しになり、書斎机の大きな椅子に腰を下ろされた。
「イヴ」
「はい、閣下」
いきなり名前を呼ばれ驚きつつ、返事を返す。
「荷物を置いて、そこの椅子に座れ」
「はい」
来客用と思われる椅子に腰を下ろし、姿勢を正して待つ。
「フェルディナント・ヴェルナー。閣下がお話を聞いてくださるそうです」
執事さんが、ヴェルナー大佐に喋っていいぞと促す。
ヴェルナー大佐はそれを合図に、膝を折って頭を下げて、お詫びの言葉を述べだした。
要約すると「我が国の者が、閣下のお城で閣下の妃の私物を盗み出して済みません」 ―― 表面上は同国人同士の窃盗で済ませることになるが、実際はそうはいかないってことだ。
謝罪が終わると、
「ロスカネフの謝罪を受けてくださるそうです。お帰りになって結構ですよ、フェルディナント・ヴェルナー」
やはり執事さんが下がるよう指示を出した。
閣下は本当に黙って聞いていただけ。
ヴェルナー大佐が退出すると、執事さんも下がり、閣下は頬杖をついて、
「いろいろ面倒な生まれでな」
怒ってないと誰でも分かる笑顔に。
「キース中将から閣下への親書、持ち歩き直接大佐に渡すべきでした」
騒ぎが大きくなっちゃったなあ……と反省しきりです。言い訳すると、ブリタニアス行き一行を信じていたのですよ! 盗むような人はいないだろうと。
「すぐに見付からなかったら、他の手紙まで漁られるぞ。そちらのほうが、嫌であろう?」
さきほどのメリネン二等兵の表情を思い出し、
「そうですが……そうですね」
家族からの手紙をぐちゃぐちゃにされたら、むかっとするし……うん、そうですね! でも持ち歩いたほうが良かったと思います。
「キースからの手紙を」
「はい、閣下」
署名の「L」が抜けているキース中将の手紙を閣下に無事? 渡すことができた。
「大尉。明日の昼前に出かけたいのだが、いいか?」
「黒ビールを飲みに……でしょうか?」
「そうだ」
「畏まりました!」
「わたしもこの手紙に目を通したらすぐに休む。大尉も早めに休むように」
「はい」
椅子から立ち上がり近づいてきた閣下にお休みのキスをされたので、
「お休み、イヴ」
「おやすみなさい、アントーシャ」
ちゃんとわたしもお休みのキスをして ―― ドアに耳を付けて聞いていましたか? といったタイミングで、執事さんがドアを開け、用意が調った部屋へ案内してくれた。もちろん荷物も運んで下さいました。
着替えて大きいベッドに転がり寝ようとしたのだが、先ほどのキスのことを思い出して、なんか……こう……。よし、こういうときは眠りに誘ってくれる魔法書を読もう!
「デニスからの手紙を」
手紙という名の鉄道レポートに目を通すと、三枚目くらいで眠気が。デニスが書いてくれたものだから読むけれど、いまの姉さんには眠気……。アーダルベルト・キース……初めて聞く部品名だな……って! キース中将? なんでデニスのレポートにキース中将からの手紙が混じって?
キース中将からの手紙は、普通にこちらを労ってくれるものでした。あと絶対に知られると迷惑を掛けるので、弟であるデニスに、手紙を同封させてくれと頼んだとのこと。
二枚ほどのキース中将からの手紙の後、デニスから「アッシュブロンドの将校さんから頼まれたから混ぜておいた。それで事故が起こった地盤なんだけど……」 ―― わたしはお前が大好きだよ、デニス。そして何事もなかったかのように、事故レポートを続けるお前は、本当にデニスだな。
翌朝、執事さんからキース中将からの手紙の誤魔化し方を聞かされ、アイテムを手渡され食堂へと向かった。
メリネン二等兵の姿はなく、他の人たちからは「災難だったな、クローヴィス大尉」と言われた。
メリネン二等兵がどうなったのかは……重要書類の窃盗なので、ぬるい刑罰では済まないだろうなあ。
それで、キース中将からの「L」が抜けた手紙についてだが、
「みんなで飯でも食えって」
実際メッセージカードが一枚入っており、簡素ながら、他の一行をも気遣う文面。もちろん封筒の厚みをみんな知っているので、これだけでは納得させられないが、そこにすかさず札束を二束、これが誤魔化しアイテム。
もちろんアディフィン紙幣で、閣下が用意して下さったものです。
「あれ、札束だったのか」
実際は入ってなかったけどね、エサイアス。
「うん。物は試しにリリエンタール閣下に両替を頼んだら、して下さってさ。キース中将からのご厚意、みんなで分けようぜ!」
ブリタニアス行き一行と、ヴェルナー大佐と共にきた後続組全員に、均等に配分した。
キース中将が良い人になってる感じですが、本当にお金を出してくださったのは閣下……複雑な気分だ。




