【081】大尉、大佐に同行する
夜食を堪能した翌日 ―― いつも通りに腹が減っている自分がおりました。
胃袋の頑丈さを両親に感謝しつつ、身支度を調えて食堂へと向かった。もちろん食堂までは、大佐と一緒。
ただ大佐はわたしたちが食事を取っている食堂の隣の部屋で、一人書類に目を通しながら食事を取っている。
食堂にはエーベルゴード大尉がいた。昨日の昼過ぎに退院し、こちらに戻ってきたとのこと。腕はまだ吊ってるけどね。
勘違い甚だしいルオノヴァーラ大尉から、昨日の外出は楽しかったか……と聞かれた。そこは変に否定するものではないので、楽しかったと答えたが。
朝食はスライスされた黒パンに、バターをたっぷりと塗ってから、好きな具材を乗せるスタイル。
黒パン一枚はわたしの手の平より大きく、厚みは1.5cmくらい。
バターは一人に一かけ、複数の種類が用意される。一かけの大きさは、前世のスーパーで売っていたバターのサイズ。一回で食い切れるか! と思うが、アディフィン人は一食で使い切るのも珍しくないとのこと。
いや、美味しいバターですよ。郷に入っては郷に従えってのも知ってるけれど……。
本日は黒パンにハム、チーズとザワークラウトを乗せたのを一つと、スモークサーモンとディルとケッパーを乗せたのを一つ。
アディフィンの人って、あまりサーモンを食べないと聞いていたが……きっと閣下が取り寄せて下さったに違いない。
我らがソウルフード、サーモン。減りが尋常じゃない。
ハムとチーズも美味しいのだが、二日に一回はサーモン食べる国の人間にとっては、だされると手が伸びてしまうのだ。
……もう一枚、スモークサーモン乗せて食べようかな。……悩んでいる場合じゃないな、食おう。
三枚目のパンを食べていると、食事を終えた大佐がやってきて、
「まだ食ってたのか」
「済みません。三枚目なもので」
「……そうか」
”食うな、こいつ”って顔、しなくていいです! 自覚してますから!
食べ終わり、同僚の生ぬるく優しい勘違い満載な眼差しを背に、大佐にドナドナされた先は閣下の寝室。
「閣下。お妃さまですよ」
寝室に入るとベルナルドさんがいて、そう言いカーテンを開ける。
お、お妃さまじゃないです。そもそも、お妃……。
「大尉か」
豪華な天板に大きなクッションを預けて、それを背もたれ代わりにしている閣下は、盆に載せられていた新聞に手を伸ばしていたが手に取られなかった。
「おはようございます、閣下」
「おはよう、大尉。最良の目覚めだ。ベルナルドにしては気が利くな」
そして仄かに薫る、食べものの匂い。閣下の枕元に陶器製の宝石箱のようなものが。蓋は開いていて、なにか布で包まれたものが……隙間から覗くあれは、もしかして、昨晩焼いたスコーン?
「偶にでございますよ、閣下」
「そうだな」
偶になんですか。そして、うっすら笑う大佐。なんでしょうかね、この空気。
それで閣下の寝室まで押し入った理由ですが、昨晩ルオノヴァーラ大尉から伝えられた知らせなのだが、本日の昼過ぎに故国からの一行が港に到着するとのこと。
人だけではなく、様々な品をも持っての到着なので、税関で時間が掛かる ―― ところを、特別認可証を持った大佐が行って、手続きを最短で済ませ邸へ連れ返って来るとのこと。
「車中泊になりますが、よろしいでしょうか?」
アディフィンの首都から港町まで行って、荷物を蒸気機関車に運び込み帰ってくるのは一日では無理な距離。いや、距離は頑張ればなんとかなるが、荷の積み卸しや移動に時間がかかるので。
「まあ、仕方あるまい。他の手配は整っているのか、ディートリヒ」
「はい。蒸気機関車、馬車全ての手配は既に整っております、閣下」
大佐は極秘裏にわたしの護衛も務めているので、離れるわけにはいかないので、伴うことになった……らしい。
いま初めてここで聞いてる状態だから、らしいとしか言えない。
「大尉、気を付けるのだぞ」
「はい、閣下」
敬礼したら、閣下がベッドから下りて近づいてこられ、頬にキスされた。
「大尉が帰ってきたら、一緒に街に出て黒ビールを飲みたい。実はわたしは、シャンパンやワインより、ビールのほうが好きなのだ。だが夜会に黒ビールは出ないので、不満でな。付き合ってくれるか?」
「……はい! 喜んで。十杯でも、二十杯でも!」
「そうか。それを楽しみに、苦痛でしかない縁談を片っ端から断ってこようではないか、イヴ」
先ほどとは反対側の頬にキスをされた。そして視界に入る、ルオノヴァーラ大尉を彷彿とさせる、温い眼差しを向けて下さる大佐と執事。狼のごとき琥珀の瞳で生ぬるい眼差しとか似合いませんから! 大佐。
同じように微笑む執事さん……やめて!
そして閣下はというと、とてもご機嫌。わたしも照れてはおりますが、上機嫌です。
「では行って参ります、アントーシャ」
閣下の寝室を辞してから、閣下が海難用に貸してくれたトランクに必要なものを詰め、
「まだ入るか?」
「余裕ありますよ、大佐」
「じゃあこの10g地金と、宝石類も突っ込んでおいてくれ」
「荷運びを雇うのにですか?」
「ま、それ以外にもな」
そうですか。それ以上は聞きません!
移動中暇をつぶせるようにと、ルース語勉強用の本とノートとペン、あとは純粋に楽しめる本を一冊トランクに。
あ、そうだ。予備の拳銃と、弾丸少し多めに。
準備を整えてから、同僚たちに行ってくると告げ、従卒二名を連れて邸を出た。
ちなみに大佐がわたしを伴うことに関してだが「クローヴィスは目立つから、目印に最適だ」と言ったら納得されてしまった。
そりゃ人混みの中にいても、頭が飛び出していますから、見つけやすいでしょうよ。
駅で更に数名と合流し ―― アディフィン語で「頼むぞ、軍曹」と、大佐が言っていたような気がする。
うん、さすがに聞き取れるようになってきた。
顔見知りらしい軍曹とその部下たちとともに二等客車に乗り込み、わたしはもちろん大佐とボックス席で向かい合って座っている……実際は互い違いですよ。
わたし、ほら、体大きくて足が邪魔っていうか、とにかく向かい側にせり出すので、向かい合ってるけれど互い違いね。まあいいや、向かいに座り、アディフィン語の新聞を読んでいる大佐が、一行に同期のエサイアスが入っているのを教えてくれた。
「一行にエサイアス・ウルライヒ少尉がいるそうだ」
「ウルライヒ少尉がですか」
「ああ。キース中将からの重要書類を運ぶ任務のようだ。あとは優秀だから、この事態に関わらせて、育てようというつもりだろう。フォルズベーグ関連の会議に臨席もさせることになるだろう。なにより向こうは大尉にはすぐ気付くだろうしな」
「なるほど」
良かったな、エサイアス。出世街道乗ったぞー。
他の国もそうだが、国外赴任は出世の必須条件。今回のエサイアスは赴任というより出張だが、それでも公式な国際会議の場に臨席ってのは、出世街道第一歩を踏み出したことになる。
頑張れよ、エサイアス。
そもそも万年主席だったエサイアスより、脳筋ナンバーワンのわたしのほうが早くに出世しているのがおかしい。まあ実技だけならわたしが万年主席でしたが、将校ってのは頭脳も優れていないとねー。わたし座学は……ですから。総合では五、六位が定番でしたが、それは全て実技でカバーしていただけであって、座学だけの順位は十八~二十番台をうろうろ。ちなみに一学年四十人なので、中程ではあるが、成績優秀とは程遠い。
まあ、ギムナジウムに在学していたころは、学業もトップだったんですけど……ね! 上には上がいる、そういうもんだ!
なにが言いたいかというと、頭使うより体を動かしているほうが性に合うわたしはルース語の勉強が捗らないと ――
努力が身についた気がしないまま、無事に港近くの駅に到着。軍曹たちはそこで、馬車と荷物の積み卸しの人員確保してから来てくれるそうで、わたしと大佐と従卒は、馬車を拾って港へ。
馬車に待つよう告げて、閣下発行の証のパワーで職員通路を抜けて埠頭へ。
見覚えのある背の高い好青年ことエサイアスを発見し、手を振り大声で叫ぶ。
「エサイアス!」
「イヴ!」
エサイアスたちのもとへわたしたちが近づく。
ディートリヒ大佐はこの一団の責任者である、ヴェルナー大佐となにやら話を始めた。
ヴェルナー大佐って、対共産会議にも出席している精鋭。ガイドリクス陛下の部下で、実働部隊を率いている人。言うなればもと同僚。
さらに遡っていえば士官学校時代の教官。
そのヴェルナー大佐と大佐が話している間に、わたしたちは荷物を運び出し、軍曹が連れてきてくれた馬車に雇った者たちを監督しつつ積み込む。
そんな作業をしていると、大佐とヴェルナー大佐のところに「わたくし姫です」ないかにもな少女と、その護衛三名が近づいてきた。
「あの人たちは?」
エサイアスに尋ね返ってきたのは、
「フォルズベーグの王女さまご一行。アディフィンの大統領のところに連れて行くそうだよ」
定番と言えば定番な、亡国さまご一行を本国からの荷物と共に運んできたらしい。
我が国で匿うと、王女が原因で戦争になっちゃうからねえ。アディフィンは大国だから、共産連邦が後にいたとしても、簡単には攻め込めないしね……くっ! 国力の差って残酷。




