【078】大尉、外食する
アディフィン王国の首都に到着。そしてわたしは、ディートリヒ大佐と二人で、私服姿で朝から街に出ています。
「肉でいいんだな」
「はい」
レオニードの指の有無を確認したので、肉を奢って下さいと ―― その約束がいま果たされる……のが一つ目の理由。
「閣下のことは心配するな、クローヴィス」
「心配はしておりませんが……」
「嫌な気持ちは抑えられないのは分かるが」
わたしが大佐と出かけているもう一つの理由は、閣下の元に縁談が来ているから。それも肖像画や写真じゃなくて、相手が実際に。さらには複数名。
もちろん王族の姫君ばかりだよ。
閣下が説明してくださったのだが、結婚話はいつものことなんだって。
わたしと結婚しても、結婚相手を連れてくる馬鹿(本当に閣下がこう言った)は絶えることなく、不快な思いをさせることもあるだろうが、できうる限り排除するので、結婚を考え直すなどという事はしないで欲しい。
離婚するように言ったものがいたら、すぐに教えてほしい。こういう輩がいるので、一人きりにならないで欲しい……なども言われた。
で、見合い相手の話に戻るのだが、今回は久々に見合い相手が多いんだって。
その理由はアレクセイが新生ルース帝国を興したから。
なんで? なんの関係が? と思い、それが表情に出ていたのだろう。
閣下が一つ一つ説明してくださった。
まず大前提なのだが、ルース帝国の継承者は閣下。これは揺るぎないもので、閣下以外にルース帝国皇帝を名乗ることはできない。
アレクセイは皇帝の息子だが、皇位継承者の証明である「ツェサレーヴィチ」の称号を持っていないので、一介の皇子に過ぎない……一介の皇子って言葉として矛盾してる感じもするが、とにかくアレクセイは「ルース帝国皇帝」は名乗れない。
だがアレクセイは新生が付いているにせよ「ルース帝国」を名乗り、フォルズベーグを奪い取った。
だがアレクセイは一介の皇子に過ぎず、ルース帝国軍を名乗っての勝利のため、手に入れた土地は全てルース皇帝のものとなる。
だが現在はルース皇帝が存在しないので ―― 皇帝に次ぐ地位にいるツェサレーヴィチ・アントン・シャフラノフこと閣下が、それを所有することになる。
ルースの名を出さず「アレクセイ王国」とでも名乗っていれば、閣下が巻き込まれることはなかったのだが、アレクセイはフォルズベーグを攻め落とす兵を集める際「ルース帝国復古」の号令でルース人を集め、兵士たちも「新生ルース帝国」だと信じて付いてきたもよう。
小国とはいえフォルズベーグ王国を短期間で討てるほどの人員を集めることができたのは、閣下の名声によるものが大きいとは、外交筋の一致した見解。
共産連邦側がどれほど情報統制しても漏れるもので、ルースの難民に対する閣下の差配はそれなりに知られているらしい。
早い話、アレクセイが勝てたのは、閣下の名声のおかげ ――
そんな新生ルース帝国だが、共産連邦ではないことを明言しているので、各国としては攻めようがない。
勝手に国を攻めたことを批難したいところだが、孤立させて共産連邦に滅ぼされる、もしくは国体を共産連邦にされては困る。とくに我が国が!
そのため新生ルース帝国に歩み寄る姿勢を見せ、共産連邦を牽制しなくてはならない。
だがアレクセイは侵略者でもある。アレクセイの侵略行為を認めると、大陸の国々がまた戦争しかけたりして、対共産連邦の同盟が揺らぐ。
共産連邦としてはそれが狙い。
その狙いを阻止するためには、侵略者であるアレクセイを討ち、新たに統治する人が必要。その人物こそ閣下であり、軍事同盟込みで見合い相手が連れてこられたとのこと。
もっとも閣下は「王族の婚姻で同盟成立させたがる癖をどうにかしなくてはな」 ―― というお考え。
それに関してはわたしも同意する。
だが、古い考えの人が多いので、この見合いになった。
閣下だけで考えると「ツェサレーヴィチ」を放棄すれば、問題解決は簡単なのだが、その手段はあまり取りたくはないとのこと。
アレクセイを含む、王政復古派が野放しになっちゃうからねー。
縁談を全て断ると断言してくださった閣下ですが、そのやり取りをわたしに見せたくはないと仰るのだ。
もっとも、わたしの身分と階級からして、見合いの場に臨席することはできないのは当然なのだが、アディフィン入りしていた執事のベルナルドさんや大佐が「大尉がいないほうが、閣下の舌鋒が冴える」 ―― というわけで、大佐と一緒に街に出た。
大佐の案内で前回の訪問では見ることができなかった、観光名所などもいくつか回った。
「他の人も来れば良かったのに」
他人の財布だからというわけではないが、同僚や同行者を誘ったのだが ――
「全員に頼んだ仕事って何ですか? いや、別に本当に聞きたいわけじゃないんですけどね、ディートリヒさん」
全員、大佐から仕事を頼まれていると断られた。あ、腕を負傷しているエーベルゴード大尉は誘っていないよ。彼女は入院中なので。
「仕事?」
「みんなも誘ったんですが、ディートリヒさんから仕事を頼まれていると断られたんです」
ちなみにディートリヒさん呼びしているのは、私服姿だからです。異国の地で私服姿で大尉と大佐呼びしているのもおかしいので。
もちろんアディフィンの人は大尉も大佐も、分からないでしょうがね!
「気を利かせたつもりなんじゃないか?」
「気を利かせた?」
「クローヴィスは俺のお気に入りらしいからな」
「……」
「愛人なんだってな。俺、処刑されるかもなあ」
ルオノヴァーラ大尉! なんか、不味いことになりかけてますよ!
「心配するな。噂が面倒になったら、ギュンター・ディートリヒは死ぬだけだ」
「今まで何回くらい死んでます?」
「さあな」
諜報員な雰囲気が凄いです。まあ、諜報員なんですけれどね。
馬に乗り、観光名所をいくつかまわって、昼食に目的である肉を食べるためにレストランへ。
私服はレストランに入れるよう、しっかりとアビ・ア・ラ・フランセーズを着用している。
大佐は濃い紫色で、わたしは薄い水色。刺繍の類いは控え目。もちろんレースも控え目。
本来なら絹の靴下に浅めの靴を履くところだが、乗馬していたので当然ながら乗馬ブーツ。
根が庶民のくせに、なんでそんな正装してレストランに行くのか?
そりゃあ、美味しいものが食べたいからだ。
前世の頃のように、安くて美味しい庶民のお店! というものがないから。
庶民の食堂はあるけれど、不味いんだ。まあ味が合わないのは我慢できるが、パンに小石が混ざってると嫌じゃないか。
安い大衆食堂のパンは98%くらいの確率で小石混じりなんだ。
大衆食堂で「パンに小石が!」とクレームつけたら、つけたほうが殴られる。だってそういう店だから。それを知らないほうが馬鹿というわけだ。
地元なら、料金の割に美味い料理を出す店というのは分かるが、土地鑑がない国では、行けるのなら高い店にいったほうが確実。
もちろん庶民の店でも、ちょっとお高めなら小石が混じっていないパンを出す店もある。
キース中将と一緒にいったのは、そういう類いのお店。
大佐ならアディフィンの首都の、隠れた庶民の名店も知ってるんじゃないんですかー。そっちでもいいですよー……と言ったのだが、どうせなら一番美味いところで食おうじゃないか、ということで正装することになった。
そういったお店はもちろん紹介状が必要ですが、いつの間にか用意されていた。その封筒にはR.V.Lのモノグラムに双頭の鷲。うん、何処でも通れそうだね!
そして正装するなら、ついでに教会に飾られている絵画でも見てまわろうか ―― 正装していないと教会の奥へ行けないのだ。もちろん金も必要だけどね。
時代的に空腹と寒さを抱え、絵を見て犬と一緒に昇天しちゃった男の子物語の時間軸なので、出かける時は正装していたほうがいいというわけ。
「この店は仔牛のカツレツが美味いぞ」
席に通されて席に付き、メニュー表を出される前に、大佐がそう教えてくれた。
「ではまずそれを」
「”まず”?……結構な量があるぞ」
丁度他の席に運ばれている料理が見えたが、
「あのくらいの量なら、二、三人前くらい余裕ですが」
余裕ですとも。
「そうか。まあ、食えるならどれだけ食っても構わないがな」
「食えると言っておきながらですが、お金のほうは」
「心配するな。俺は給料そのものはクローヴィスの五倍以上はもらっているからな」
すげー高給取りだ。なにせわたしの給与でも、配偶者と子供五人養えるからね。わたしより階級が下の男性でも、奥さんと子供五、六人くらい普通に養ってるから。
そのわたしの五倍以上とか……でも給料以上の仕事してそう。いや、絶対にしているな。
とりあえずお言葉に甘えておこう。まあ、一応自分の財布も持ってきてるんで、大丈夫だとはおもう。




