【077】大尉、隣国の現状を聞く
『グリズリーの姉ちゃん! 元気でな!』
『お肉のお姉ちゃん! また来てね!』
閣下が到着した翌々日、うさぎ肉をあげた子供たちから「肉の姉」それ以外の子供たちから「グリズリー姉」という、パワーワードってレベルじゃない強そうな称号を贈られ、わたしたちは領主の館を発った。
行き先はアディフィン王国の首都。
バイエラント大公領は約四十年前の大陸縦断鉄道計画の関係で、大公の館付近から首都までしっかりと鉄道が走っているので楽に移動できる。
大公領には長く滞在したこともあり、事故現場に残してきた荷物も全部無事に戻って来た。
そうそう、当初の予定通り女子爵閣下も一緒。
「閣下。ロスカネフ王国は大丈夫でしょうか?」
蒸気機関車の一等客室で、わたしは閣下に故国が大丈夫かどうか尋ねた。
「ああ、問題はない」
閣下のご表情とお声は「些事だ」という空気が漂っている。
もっと危機的な状況を戦い抜いてこられた閣下にしてみれば、些事なんだろうなあ。この程度で大騒ぎしちゃいけないんだろうなあ。
経験の差というものを、ひしひしと感じましたよ。
「済まないな、大尉。言葉が足りなかったな。ロスカネフ王国は大丈夫だ。元上官であるキースとガイドリクスを信用してやれ」
「え、あの……そ、そうでしたね!」
そうは言ってみたものの、わたしの中ではキース中将とガイドリクス陛下の能力は、閣下に劣ると分類されている。
きっとキース中将に「こんな分類です」と言っても、同意してくれると思うけど。
「妻の不安を取り除くのは、夫の大事な役目であったな」
「おっ……と……きゅ……」
「わたしが大尉の夫と名乗るのは嫌か?」
「嫌ではありませんが……誰かに聞かれては困るのでは」
「そうかも知れぬが、それで問題になったら、わたしが全力で潰す」
「……」
守るとかじゃなくて潰すというのが閣下らしいなあ。まあわたしとしても、守る言われると「守られるって柄じゃないんで」と返してしまうが「潰す」と言われたら「そうなんですか」としか返すことができない。
「不安を取り除くための話だが、まずフォルズベーグ王国に攻め入っているのは、アレクセイ・ヴォローフ・シャフラノフを仰ぐ一団で間違いない。フォルズベーグ王国は既に陥落し、彼の地は新生ルース帝国と名を変えた」
「え?」
「一週間持たなかったようだ。国王のウィレムは逃げたそうだ。おそらくこのアディフィンに来ていることだろう」
えらい短期間で滅んだんだな、フォルズベーグ王国。
「アレクセイに将の才を感じたことはなかったが、ウィレムはそれ以下だったようだな」
閣下、手厳しいなあ。そうは言っても、国防というものは、結果が全てですからね。
「アレクセイの背後には、共産連邦がいる」
「やはりそうなのですか」
ですが考えてみますと、フォルズベーグ王国はゲーム内で我が国を後ろ盾にしたセイクリッドに滅ぼされてしまうわけですから、我が国以上の後ろ盾を持ったアレクセイが攻めてきたら、為す術なく滅ぼされても仕方ありませんわ。
「心配することはない、大尉。これは分かっていたことだ」
「分かっていた……こと?」
閣下が本当に楽しそうに微笑を浮かべられた。そして余裕は揺るがない。
共産連邦の物量を持つルース帝国なんて、わたしからしたら怖くて仕方ないんですが。
「対共産連邦同盟が成立するのを、あれたちは待っていたのだ」
「待っていたと仰いますか?」
わたしには、ちょっと意味が分からないのですが。
「共産連邦と国境を接している八ヶ国は全て、攻めて来ることを警戒していた。その中でフォルズベーグ王国が選ばれたのは、やはり国力であろうな。フォルズベーグは八ヶ国の中で、国力が最下位だ。攻め落とすのに適している」
我が国もさほど国力は所有しておりませんが……閣下がいたからかなー。やっぱり閣下なのですか。
「フォルズベーグはどうなるのでしょう?」
「どうなると思う? 大尉」
「新生ルース帝国を認める必要があるので、結果的にフォルズベーグは滅ぶ形になるかと」
各国が新生ルース帝国を認めないと、対共産連邦同盟を結ぶことはできない。
そうなれば共産連邦の思うつぼ。
興ったばかりの弱小国である新生ルース帝国を、すぐさま飲み込み併合するだろう。
我々としては、国を認めて対共連邦の同盟を結ぶ ―― 対共産連邦を掲げるのであれば、近隣諸国としては、フォルズベーグであろうが新生ルースだろうが、どうでもいい。
共産連邦の勢力を拡大させないためにも、対共産連邦で同盟を結んでいる各国は、新生ルース帝国を認める方向に進む筈だ。
……というか、フォルズベーグ領に新生ルース帝国という名の共産連邦じゃない国が存在しないと、我が国は共産連邦に囲まれる形になり、孤立してしまう!
それはなんとしても避けなくては!
「なかなかに良い判断だ、大尉」
「ありがとうございます」
「ただな、各国は新生ルース帝国をそう簡単には認めはせぬぞ」
「そうでしょうね」
難しい問題が山積み状態だもんな。
「フォルズベーグの地で、代理戦争が行われるであろう」
「代理戦争ですか?」
「そうだ。対共産連邦同盟を結んでいる各国は、新生ルース帝国を認める方向で会議を続けつつ、フォルズベーグを隠れて支援するであろう。共産連邦は西側の海が欲しい故、新生ルース帝国を影ながら支援する」
国境を接している国で代理戦争勃発とか、こっちにも容赦なく被害が及ぶわー。
「新生ルースを認めるかどうかを話し合っている間に、ロスカネフ王国が新生ルース帝国から攻められるであろう。最初からそれも共産連邦としては織り込み済みであろうよ」
「えっ?」
故国が攻められるっぽい。なんで?
「アレクセイはロスカネフ王女の血を引いているので、ロスカネフ王の座も狙える」
「あ……」
女子爵閣下から聞いてました。
最後の皇后は我が国の王女でした。すっかり忘れておりました。失念ってこういう時に使う言葉だよねー。
「むかし、アレクセイはロスカネフ王になりたいと、わたしに頼んできたことがあった。玉座を狙う可能性は極めて高いな」
自力で国王になるんじゃなくて、閣下に頼んで我が国の国王に?
アホなの? ねえ、アホなの? あーだから、共産連邦と手を組んで、フォルズベーグ王国に攻め込んだんだよね。
後から共産連邦に何されるか! きっと色々むしり取られるぞ! それこそ命とか、そういうの取られるだろうが。
「それはまた……なんと申していいのか」
死ねともバカとも言えないので、なんと言っていいのか分からない。わたしの語彙では、とてもとても。
ん? ちょっと待って。
フォルズベーグ王国が滅んで、新生ルース帝国が立国したということは、アレクセイルート終了ってこと?
ゲーム終了でエンディング状態? いや、待て。エンディングを迎えるということは、妻を迎えているはず。
「あの、閣下」
「どうした? 大尉」
「アレクセイは后を迎えたのでしょうか?」
乙女ゲームの世界において、ヒロインが恋を成就させるのが最も重要。
年齢詐称疑惑こと、イーナ・ヴァン・フロゲッセルがアレクセイの妻の座に収まったら……新生ルース帝国は揺るぎないものになる感じがする。あくまでも気のせいだけどね。
「后はまだ迎えておらぬよ」
きゃー! ルース帝国復活させたアレクセイさまよ! 素敵! 后にして! みたいな流れにはならないと思うんだ。
かといって、年齢詐称疑惑なヒロインと結婚……どうなんだろう?
「旧ルース帝国縁の娘や、革命で追われたパレ王族の娘など、后には不自由しないであろうよ」
普通に考えたら、王族縁の人ですよね。
国ができたばかりとはいえ、男爵令嬢が皇后はないですよね。
もう少しお話したかったのだが、なにやら情報が届いたらしく、わたしは閣下の部屋を退出し、二等客室の自室へ戻った。




