【075】大尉、落馬する
うさぎを狩るごとに子供たちは「おにくーおにくー」とテンションがあがり、随分と仲良くなれました。
最終的には一緒に森に入り、わたしがうさぎを撃っている側で、遊ぶくらいになりましたよ。
狩ったうさぎをみんなで(大佐は警護の関係上、持ってません)持ち、下処理しようと猟苑の広場へと引き返したら、ずらりと厳つい兵士たちが並んでいた。
全員騎馬で旗まで掲げている、見事な正規兵。
子供たちは吃驚していたが、わたしも驚いた。
「閣下!」
もっと驚いたのは閣下がいらっしゃったこと。
銀糸で刺繍された胸元の弾帯が目を引く、丈の長い黒いチョハを着用し、細身のブーツを履いている閣下。
個人的にはタキシード姿より好きだな。
チョハが非常にファンタジー感あるので、素敵なんだよ。
大佐が駆け寄り、なにか話をしている。わたしは狩ったうさぎを渡し、更に下処理を頼む。
そうしていると、閣下がこちらへと来られ、
「見事な成果だな、大尉」
狩りの結果を褒めて下さった。
子供たちは……初めて見る閣下が誰か分からなくて、わたしの後に隠れ気味。
そんな子供たちに閣下は、この辺りの言葉で話し掛けられ、仲良くとは言わないが、会話を楽しんでいらっしゃった。
閣下が子供たちとお話している姿とか見たことないけれど、楽しそうだなあ。いや、もちろん表情はいつものと変わらないし、抑揚に変化もないけれど、なんか楽しそうに感じるんだ。
惜しむらくは、どんな会話をしているのか、わたしには分からないこと。
なにを話しているのだろう? と思いつつ、子供たちに持たせるうさぎを捌く一員に。
うさぎ、捌けるの?
そりゃあ、食糧を一切持たないで一週間山中に放り込まれるレンジャー研修終えてますので、野生動物の一匹や二匹捌けますとも。
「見事な手際だ、大尉」
「いえいえ、まだまだです」
調子に乗って狩ったため、子供一人に二羽ずつになったのだが、遊び歩くことが許されている幼い子供に、まるまると太ったうさぎ二羽を持たせるのは無理なので、獲物を馬に乗せて、子供たちを送りがてらに家へと届けることにした。
「そうか。ではわたしも一緒に行こう」
「え……閣下もですか?」
「嫌か?」
「後の方々が仰々しくて……」
少し茶色を帯びた灰色の、閣下よりも丈の短いチョハを着用した武装騎兵隊の皆さまが、民家近くに来たら怖いと思うのですよ。
「それもそうだな」
閣下が騎兵隊に何かを言い、
「さて、行くか」
「あの皆さまは?」
「距離を取りついてくるよう命じた。ディートリヒ」
そういう形になりました。
大佐だけ馬に乗り、騎兵隊たちも馬から降り、閣下もご自身で馬を引きながら、来た道を引き返す。いいのかなーと思うも、子供たちに声を掛けて歩かれている閣下が楽しそうなので。
そうしていると、一人の子供がなんか馬に跨がりたいと言いだしたらしく、閣下が簡単に抱えて鞍に乗せた。
……一人乗せたら、他の子だって乗りたいと騒ぎ出すのは必然。
とくに閣下の騎馬は純白で、鞍や鐙も金で塗装された非常に美しく、手綱ですら金で細かい細工が施されているくらい。
閣下は代わる代わる子供たちを馬に乗せてやり、各自の家にうさぎと共に送り届けた。親世代は閣下が誰か分かるので、非常に恐縮していたが、閣下は全く気になさっていなかった。
「一々取り合うと、面倒なのでな」
恐縮されることの多い閣下らしいお言葉ですね。
「それはそうと、久しぶりだな、大尉」
「はい。お久しぶりです、閣下」
もの凄く久しぶりというわけではない。きっと任務が忙しかったら、普通に会わない程度の日数だが、やっぱり久しぶりに感じる。
「狩苑に戻る。付いて来い、大尉」
「はい」
馬に乗り来た道を引き返す。
「どうした? 大尉」
「閣下の乗馬しているお姿を間近で見るの初めてなもので」
格好良いというより、品がいい。わたしが「品がいい」とか言うなんて失礼だろうが、でもなんて言うのかな品がいいが、もっとも相応しいと思うの。
「そうか」
なんだろう。そうだ! 優雅なんだ!
「お前が向こう側から騎馬で突進してきたら、死を覚悟する」とか言われるわたしと違って。
狩苑に戻ると、貴族の狩猟タイムらしく、きっちりとクロスがかかったテーブルに椅子、日よけのパラソルに給仕という、典雅な空間が作り上げられていた。
閣下が到着するや否や、給仕がバスケットから様々な料理を取り出す。
また別の給仕が椅子を引き、閣下は腰を下ろされた。
テーブルに並べられた料理 ――
「大尉も席に付け」
「あの」
「昼食がまだであろう?」
「はい……ですが……その、手が汚いので」
簡単に洗いはしましたが、うさぎを捌いた手で、サンドイッチを口に運ぶのは嫌です。きっと病気になります!
「水と石鹸はそこにある。存分に使うといい」
いつの間にか運び込まれていた樽と石鹸。さすが閣下! ありがたく使わせていただき、手を綺麗に洗った。
領地で二人きりで食事……いいのかな? と思うが、言われた通り席について、一緒に昼食を取った。
氷が入ったレモネードで喉を潤し、山の清涼な風を楽しむ。
「閣下」
「どうした? 大尉」
「お会いできて嬉しいです」
「わたしも、元気な大尉を見ることができて嬉しいな……周囲の部下は事情を知らぬ者ばかりなので、キスできぬのが辛いところだが」
言いながら、ご自身の唇を指でなぞられる。
「そ、それは……」
「城に戻ったら、存分にキスしてもいいかな?」
「はい……」
「本当に何事もなくて良かった。大尉が事故に遭ったと聞き、いても立ってもいられなくなってな。事故に遭ったという報が届いたのは、深夜の一時過ぎで、七時には特急に乗り込んでいた。自分でも驚いたな」
我が国の普通蒸気機関車の始発は六時五十分。特急の始発は七時。デニスが言うのだから、間違いはない。
「ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「事故は大尉の責任ではないだろう。……グリズリーとの一騎打ちはどうかと思うが」
「え?」
「子供たちがよく語ってくれたぞ。木の枝に足でぶら下がりながら、グリズリーの口内に四発命中させて殺害したとな」
子供たちと、その話してたんですか! そして子供たちまで知ってたんですか!
「そんな感じになりましたが」
一騎打ちと言うほどではございません。
「聞けばグリズリーの後頭部には一つしか射出口がなかったそうだが、見事な腕前だな」
「あ、あの……はあ、上手くいきました」
「静物が相手ならば、できる者もいるが、動いている動物相手に四発を、狙ってできるのだから大したものだ」
「射撃の腕が役に立ちました」
閣下に褒められて嬉しくもあるし、恥ずかしくもある。
「それほどの腕前の大尉の前で狩りをするのも、なかなか勇気がいるな」
「閣下、狩りをなさるのですか?」
「そうだ。本来ならば勝負すべきところであろうが、とても大尉には勝てそうにないから、それは止めておこう」
閣下が銃を撃つ姿を拝見できるのかー。それは稀だなあ。
普段は閣下が銃を構えるなんてことないからね。むしろこれほどの要人が、自らの身を守るために銃を撃ってたりしたら、わたしのような護衛が困るわー。
「楽しそうだな、大尉」
「はい!」
「猟犬だけで決着がついてしまう可能性もあるがな」
大物狩りにどうぞ ―― と、大型の猟犬を五匹連れてきている。無駄吠えしない、贅肉一つ付いていない見事な大型犬。
……うん、これが五匹もいたら、鹿一頭くらい余裕だろうな。
「そうかもしれませんね」
少しばかり残念だが、それもまた狩りだ。
念のためにわたしも銃を持ち同行する。あ、もちろん大佐と騎兵隊の隊長も一緒。
猟犬たちは見事に鹿を追い立てて、閣下の目の前に誘導した。
閣下が銃を構えて撃つ姿を隣りで見たのだが ――
「大尉!」
想像以上に格好良くて見惚れ、馬から落ちた。ずるっ! と落馬。
久しぶりの落馬で、大地と抱き合うはめになったよ。
「申し訳ございません」
閣下が馬から飛び降りて、膝をついてわたしの顔をのぞき込んでくる。
「調子が悪いのか?」
「いいえ」
「大尉が落馬するなど、余程のことであろう」
「いえ、あの……平気ですので! ご心配をおかけいたしました!」
貴婦人ではないので、足を止めていた馬から落ちた如きで負傷するような柔な体はしておりませんので! ご安心ください!




