【062】大尉、叩かれる
流れる車窓の風景を眺める。
しっかりと蒸気機関車が走り出してから、レオニードは拳銃を返してくれた。
弾丸を抜くような、ショボい真似はしていなかった。
拳銃一丁取り上げられたからって、丸腰で来るなんて間抜けなこと思わないだろうからね。
こちらとしても、弾丸だって税金なので、勝手に抜かれては困る。
……で、わたしを乗せたまま蒸気機関車を出発させた理由だが「なんとなく」だそうだ。
そうか、何となくでお前は大女を連れ去るのか!
共産連邦の奴らの意味が分からない行動はともかく ―― 無策でここに来たわけではない。正確に言うと、途中でデニスと会ったので無策ではなくなった……といえる。
デニスは鉄道関連においては、非常に優秀。
どのくらい優秀かというと、人間運転司令所といわれるくらいには優秀。
とくに運行計画とかダイヤ図作成とか、そういうのに非常に優れている。
毎日時刻表とか運行図とか読み解いてたら、そりゃあ得意にもなるわ。
その才能に優れているし、いずれは運転司令所にと言われているが、本人は新人であるのを良いことに現場で、毎日蒸気機関車の汽笛を聞き、車体を眺め、車輪の音を聞き、うっとりしながら過ごしている。
まあ、だが一応有能さは知られているので、特別ダイヤ編成などを組む仕事なども任されたりするのだそうだ。
……で、レオニードたちの帰国に際し、国内臨時ダイヤを組んだのはデニス。
お前凄いんだな、デニス。ただの鉄道好きじゃないんだなー。
そこは素直に尊敬した。
そのデニスから、専用列車のルートを教えてもらい、脱出ポイントをしっかりと抑えてきた。
レオニードと愉快な同志たちと一緒に共産連邦に行くつもりはないので……さて、そろそろポイントが近づいてきた。
緩やかなのぼりで大きなカーブがある ―― このカーブ、急ではないが、のぼりと相まって良い具合にスピードが落ちるのだ。
あからさまにスピードが落ちるのではなく、少し緩やかになる感じ。
ただしそのスピードなら飛び降りる自信はある。なにせかつて、そのポイントから遊びで飛び降りたことがあるので! まさかデニスと鉄道飛び乗り、さらには飛び降りごっこがこんなところで役に立つとは!
よい子の皆さんは絶対に真似しないで下さい!
今度は姿勢を低くせず、車両内をゆっくりと歩き、タイミングを見計らい走り出し、連結部分へ。
前世の列車などとは違い、連結部分は手すりは付いているが剥き出しなのだよ。
「イヴ!」
「ダ・スヴィダーニャ! レニューシャ」
柵に足を掛けて飛び降りる。もちろん飛び降りるのは、斜面の下側に面しているほうだ。上側に面している方に飛び降りたら、線路に転がり込んでしまうから。
緩やかな斜面を転がり……すぐに起き上がってその場を離れる。
わざわざ蒸気機関車を停車させて追ってくるとは思わないが、念のためということもある。というか、停車させるなよ、レオニード。うちの弟が誠心誠意込めて組んだ臨時ダイヤなんだから! 狂わせるなよ!
そして今度会ったら、絶対に頭に鉛玉で風穴空けてやるからな! レオニード!
汚れを手で払い、手に拳銃を持ったまま、走って通過した一つ前の駅へと戻る。
一時間もすると、貨物列車が通過するので、飛び乗って中央駅に帰るとしよう。無賃乗車? あとでお金払うよ。うん。
駅に到着し、貨物列車がまだ到達していないことを確認してから、駅のホームで一休み。
あー疲れた。
肉体的な疲れはないけど、精神的な疲れが。
汽笛の音が聞こえてきたので、ホームを出て走り、貨物に飛び乗ったら、機関助手と目があってしまった。
「デニスのお姉さんでしたか?」
「よく分かったな」
「それはまあ」
大きいから一度みたら忘れられないよなー。
運転士と機関助手に、事情があって中央駅に急いで戻らなくてはならないので、飛び乗らせてもらったと、身分証と共に説明したら、同乗を許してもらえた。
まあ、武装した大尉が飛び乗ってきたら、普通は大人しく従うんだけどね。鉄道って軍の支配下にあるから。消防とか警察ももちろん軍の支配下だよ。
この時代、無線がある職場はほぼ軍といっても良い。
眠いので貨物列車の端で寝かせて貰い、
「大尉殿。中央駅に到着しました」
「そうか」
起こしてもらうまでぐっすりと眠っていた。ほんとわたしって、どこでも寝られるタイプだよなあ。
貨物列車を降りたら、
「お帰り、姉さん」
これで帰ってくるのを知っていたデニスが出迎えてくれた。
「ダイヤ変更の連絡は?」
「ないよ。諦めて走り去ったんだろうね」
「そっか」
さっさと共産連邦の領土へ帰れ、レオニード。
「姉さんのこと、ちゃんと司令本部に伝えておいたから」
「手間掛けたな」
無線で伝えるわけにもいかないので、デニスに中央司令部まで行ってもらった。
「いいや。どうせ早く来たから、暇だったし」
専用列車を見るという目的は果たしたもんなー。本当にお前のそういうところ大好きだぞ、デニス。
「姉さんに言われた通り、アッシュブロンドでアイスブルーの瞳で、白い軍服きた将校さまに直接伝えたよ」
デニスは閣下以外を覚える気がないので、身体的特徴と軍服の色で伝える相手 ―― キース中将について説明をした。
なぜこんなにも朝早くに陸軍総司令官のキース中将が中央司令部にいるのかというと、キース中将仕事が忙しいと言いだし、ついに中央司令部に住み着きだしたのだ。
家に帰って仕事の疲れを取ってください……と言いたいところだが、あの生活感なさすぎな、綺麗な廃屋みたいな家に比べたら、司令部の仮眠室に住み着いたほうがマシ。食堂があるし、洗濯はもともと全部クリーニングに出していたし ―― 副官が司令部内のクリーニング店出張所に持っていくのだ。
クリーニングに出す際「キース閣下のだからな。分かってるな」と念を押す作業が必要だが。
さらには仮眠室の掃除は執務室と続いているので機密の問題があり、副官が担当するので女が入り込む隙がない。
キース中将にとって、これ以上ないほど良い環境だろう。
特殊な体質なので、この生活良いかもしれないが、総司令官の生活じゃないよな。
「それでさ、姉さん。アッシュブロンド将校さまが、中央駅に戻ってきたら、即中央司令部に無線を入れるようにって。一応到着時間の目安は伝えておいたから、早く連絡してあげようよ」
デニスに連れられ駅の無線室で、中央司令部に連絡を入れたら、
『戻ってきたか、クローヴィス大尉』
「閣下?」
無線を受けた相手が、キース中将に思えるのだが……。
『アーレルスマイアー隊が向かう。いいか、無線室から動くな! これは命令だ』
「御意」
無線は切れ、通信技師たちと顔を見合わせた。
「はーい。姉さん、不味いコーヒーだけど、どうぞー」
「ありがと、デニス」
本当に不味いコーヒーだったが飲み干し、専用列車内の話をしていると、厳つい複数の軍靴の音が聞こえてきた。
無線室の部屋の扉は、足音とは違い静かに開き、
「クローヴィス大尉」
「アーレルスマイアー大佐!」
アーレルスマイアー隊とは聞いておりましたが、アーレルスマイアー大佐が来るとは聞いておりませんでしたよ、キース中将。
アーレルスマイアー大佐は駅の無線を借りて、
「キース司令官閣下! クローヴィス大尉を無事保護いたしました」
え? 保護? いや、わたし自力で帰れますが。
『そうか。クローヴィス大尉をベルバリアス宮殿へと連れて行くように』
無線連絡を入れたのだが、なぜまだ無線室にキース中将がいるのですか?
「作戦協力、感謝する」
怖い顔つきのアーレルスマイアー大佐にそう言われた無線技士たちは、顔を見合わせてから頷いた。
口外するなよ……という無言の圧力を感じ取った模様だ。
「姉さん、続きは帰ってきてから聞かせてね」
「何時帰れるか、分からないけどな」
五日後にはブリタニアス君主国に向かうので、家に帰っている時間はないなあ。
「大丈夫、何年だって待つさ」
そうだな、デニス。二十年以上も動かないままの大陸縦断鉄道計画の再開も待ってられるくらいだもんな。
”ブリタニアスに出発する時は、見送りするからね”というデニスの声を背に、アーレルスマイアー大佐と共に馬車に乗り込む。
ベルバリアス宮殿の部屋へと連れて行かれると、そこには既にキース中将がいて、わたしの顔を見るなり、大股で近づいてきて、後頭部を思い切り張られた。
前世ならパワハラだろうが、この時代の軍隊で、この程度はなんの問題にもならない。
「この! 4104の術中に完全に嵌まりやがって!」
「え?」
「蒸気機関車に単独で乗り込んだのも、野郎の誘導だ! その表情じゃあ、気付いてなかったようだな!」
キース中将、キース中将。言葉使い、言葉使いが総司令官のお言葉になってません。
えっと、そして、自分の意思でレオニードの所へ……。
「拳銃を返すと言えば、お前が単独でやってくることは分かっていたんだよ、野郎には!」
「あの……」
「野郎の話術に哀れな程嵌まったんだよ、お前は!」
もう一発キース中将に頭を張られた。
痛いというより、恥ずかしい。
さらに襟元をつかまれて、若干締め上げられるような感じで、
「二度と諜報部員の真似事はするな」
詰め寄られました。
「あ、あの……」
「返事は!」
「はい! 閣下!」
キース中将をめちゃくちゃ怒らせてしまったようです。




