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【058】大尉、引き受ける

「二度目は、わたしと共にブランシュワキに滞在したときか」

「はい。そうでございます、殿下」


 今度はガイドリクス殿下の避暑に随行した際に、再会することに。

 休暇中の上官に付き従うの? そりゃあ、付いていくさ。護衛とか国防に関わる連絡ごととか、細かいこと色々しなくちゃならないからね。


「その時なのですが、例の小部屋から出て来た仮面の紳士(レオニード)と、鉢合わせしまして」


 例の小部屋というのは、仮面舞踏会のお楽しみ、意気投合した相手と、一時の火遊びを楽しむ部屋のこと。

 開放的な夏、淫靡な空間に相応しい、官能的な香が焚かれた一室で、名も知らない男女が逢瀬を楽しむ。

 無数にあるその部屋の一つから出てきた仮面の紳士、仮面こそしっかりと付けていたが、襟元と髪はやや乱れ、情事の後だというのがはっきりと分かった。


 経験ないのに分かるのかよ? それは分かるんだよ! 何人も見てるから分かるんだよ! 思い込みじゃないんだよ!


 そう言えば仮面の紳士が出てきた時、ちらりと見えた部屋の奥では、赤いシーツの隙間から白い女性の足が投げ出されていた。もしかして、あれは。


「……」

「どうした? 大尉」

「仮面の紳士が出てきた部屋の奥で、白い肢体を投げ出していたのは、もしかして」


 女王なんじゃないかなあ。

 あの時は思いもしなかったけれどね。


「そこは調べるよ。大尉のおかげで、調査が進みそう」

「室長。ですが、まだ仮面の人物がレオニードと決まったわけでは」

「そうだね」

「思わぬ再会をしたのですが、その仮面の紳士が、香の匂いが強くて頭が痛くなったので外の空気を吸いたい。以前手紙を受け取った場所にいるので、そこまで水を持ってきてくれないか……と頼まれまして。酔った貴族を介抱するのも、仕事のうちですので、水をもってそちらへ向かいました」


 そこで水を渡して介抱……というほどではないが、様子を見て、とくに異常もなさそうだったので立ち去ろうとした所、また踊って欲しいと言われて、一回目と同じく大広間から漏れ聞こえてくる調べにあわせて、月光のもと一曲ワルツを踊った。


「どちらの時も満月でした」


 夏の雲一つ無い夜空で、星々の光を消してしまうほど強い月明かりが、庭の白い石畳や噴水、彫刻などを照らしてたよ。


「大尉、優秀だねえ」

「ありがとうございます、室長。今夜もワルツを踊ることができたら、仮面の男だと確証を持つことができると思います」


 細かいところは覚えていないが、組めばあの時の仮面の紳士かどうかは判別できるはず。


「レオニードのほうから、誘ってくると思うよ」


 自分で言っておきながらなんだが、仕事とは言え憂鬱だなあ。


「フランシス、ファンボール周辺を洗え。マルムグレーン、三十分後に会議が開けるよう調えておけ。ガイドリクス、クローヴィス大尉を少し借りるぞ」


 足早に会議室を後にする閣下に付いて……いっていいんだよね? ついて来いと言われていないのですが。

 と思っていたら、キース中将に背中を押されて「早く行け」と ―― 急ぎ閣下の後を追って別室へ。

 室内には兵士が待機していたが、下がるよう指示を出された。


「大尉」

「はい、閣下」

「嫌なことを言わせて悪かったな」

「……」

「男に見えるということだ」

「それは……閣下がそう仰らない限りは大丈夫です。なにより、あの場面で小官が男に見えるというのは、必要なことでしたので」


 皆さん普通に女性として話を進めてくれていましたが、客観的に見ると男なので。いや、女なのですがね。


「大尉の提案で、レオニードとつながっているであろう貴族を、見つけ出せそうだ」


 それは良かった。


「だが、非常に不本意だ」

「閣下」


 手袋を脱ぎ閣下が頬に触れてくる。

 見た目通りにやや体温低めの手が、心地よい。


「これだけは約束してくれ」

「なんでしょうか?」

「性的なものをも含めて身の危険を感じたら、レオニードやその部下を迷わず殺害せよ」


 いやいや、閣下。相手特務大使ですよ。大使、大使! 殺害なんかしたら、戦争になっちゃいますって。


「気にする必要はない。どのみち、今年の末には戦争になるのだ。ここでレオニードが死んだとしても、そこまで時期を延ばすのは可能だ」

「あの」

「身の危険を感じた場合は殺せ。その命令に従えぬのであれば、この作戦はなしだ」

「ぎょ、御意にございます」


 レオニードを戦場で撃ち殺す分には、躊躇いはありませんが、特務大使と名乗っているレオニードをレストランなどで撃ち殺すのは、結構躊躇いますね。肩書きって怖いものだからね。


「大尉、踊りたいのだが付き合ってくれるか?」

「はい?」


 殺害命令から踊りですか?


「あれとは踊ったことがあるのだろう?」


 あれとは、レオニードのことでしょうが、まだレオニードだと確定したわけでは……。手を差し出されてしまった。


「あの……その、はい」


 閣下にリードされて部屋で踊り、その横顔を見て照れ、それに気付かれて立ち止まりキスされて……で十五分。残り十五分で、赤くなった顔を元に戻すために、深呼吸などをして閣下を会議室前まで送る。


「マルムグレーン、あとは任せた」


 廊下にいたマルムグレーン大佐が深々と頭を下げ、閣下は会議に。

 そしてわたしは、マルムグレーン大佐に別室へと連れていかれ、


「昨日、大尉が捕らえた四名を返すよう、スヴィーニン特務大使がやってきた。こちらは求めに応じ、ベルバリアス宮殿にて保護していた四名を引き渡した。その直後、拘置所から脱走し亡命先を求めてベルバリアス宮殿にやってきたエクロース伯爵と四名が偶然(・・)遭遇し、エクロース伯爵は四名のうちの一名に殺害された。国家憲兵の目の前での事件であり、その一名は憲兵が逮捕した。スヴィーニン特務大使は三名だけ連れて明日の早朝帰国する」


 昨日の出来事を教えられたのだが……エクロース海軍長官、殺害されたの?


「殺害犯はエミール・ヤグディンと名乗っている。大尉が最初に捕らえた人物だ」


 セシリアそっくりさんか! 他人の空似とは思えないので十中八九、弟のイクセルだと思うけど。


「一般に出回っているのは、以上の情報だけだ」

「分かりました、それ以上はお聞きいたしません」


 変に情報を知っていることをレオニードに察知されると、危険だからね。

 あくまでも、ガイドリクス殿下に近い下っ端という立ち位置。実際そうなんだけどさ。


「情報はお聞きしませんが、小官はレオニードの体のどの部分を探ってくればよろしいのでしょうか?」

「なぜ体の部分だと?」

「小官がレオニードから情報を引き出せるなど、大佐は思っていらっしゃらないでしょう」


 レオニードの誘いを受けて欲しいと言ったマルムグレーン大佐。

 この大佐はわたしの特性を良く知っている ―― 演技をしたり、上手く情報を引き出すなんてほぼ不可能。


「そんなことはない。だからガイドリクス殿下の情報を集める際、声を掛けたのだ」


 声を掛けられた時は、ガイドリクス殿下の下で働いて三年目。上官やシュテルン以外の同僚との関係も良好だったので、そういう意味ではわたしは広範囲に情報を集めることができた。それが有益な情報になるかどうかの判断はつかない。


「大佐は些細な会話から価値ある情報を見つけ出せますが、小官はそうではありません。……身体的な特徴ではないのですか?」

「いいや……大尉の言う通り、身体的な特徴だ」

「どこを確認すればよろしいのですか?」

「右手の薬指。第一関節から上があるかどうか」


 レオニードの右薬指の一部分、欠損してるの? 聞いたことないなあ。そんな目立つ特徴があるのなら、手配書に記載されるべきでは?


「レオニードは義指を装着し、さらに手袋を脱がない。女王との情事の際も、手袋は脱がなかったそうだ」

「それは脱ぐ必要がなかったからでは?」


 食事なら手袋脱ぐだろうけれど……マルムグレーン大佐が目を細めて、わたしを見つめる。完全に可哀想な女を見る眼差しです。……まあいいですよ。


「たしかに手袋をはめていてもできるな。実際女王はそのままだったのだから」


 じゃあ別におかしいことないんじゃない?


「食事の際も、装着したままなのですか?」

「脱ぐことはない」

「そうなのですか……頑張って脱がせてみます」


 なんでわたしが野郎の着衣(手袋だけど)を、頑張って脱がせなくてはならないのだ! そう思うものの、閣下の命令に背いてでも、誘いに乗って欲しいと頼まれたのだ。

 相応の理由があるのだろう。

 もちろん理由は聞かないけど! 嫌ですよ、こんな怖い大佐と、指の先端欠けているらしいロミオ諜報員の真似事までする将校の関係なんて、聞いたって良いこと一つもないー。


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