【057】大尉、仮面の男について語る
「女だと認識して声を掛けてきたのだとしたら、なにか分かるのかな?」
乗り気な室長が質問を投げかけてくれた。
きっと室長は、わたしとレオニードが会う方向へと持っていってくれるはず!
いや、わたしも会いたいわけじゃないのだが、ヤツの意図するところをしっかりと確認したいという気持ちもあるのです。
なによりヤツから接触してくれたのだから、逃がしたくないじゃないですか。
「はい室長。レオニード・ピヴォヴァロフと小官が接触した日時と場所が、明らかになります」
わたしが思う人物ならば、はっきりと覚えている。
「リヒャルト。これは大尉に行ってもらうしかないんじゃないかな」
室長の問いに、閣下は目蓋を閉じられた。
「フランシス。諜報部で代わりのものを用意できぬのか」
「リヒャルトだって、諜報部員全員知ってるでしょ。誰が大尉になりすませるっていうの? むしろいたら、最初から君が提案しているはずだろう」
デカくて済みません。諜報部とか、目立つ容姿はナシでしょうから……わたしとは正反対ですよね。
「代役を立てられない容貌だものなあ」
ヒースコート准将が上から下まで何度も見て、しみじみと。まあ、一般的じゃない容貌ですよね。
「だからこそ、大尉に声を掛けたのだと思うよ。諜報部だって代わりを用意できないしさあ。女王の時のように、影武者と本人を見分けたりする苦労もないしね。最終的にどっちも落ちちゃったけどさ」
あああ。諜報部無理案件なわたし。
くっ! デカいもんな。そしてそれを見越してきたのか。
そして女王に影武者いたのですか、室長。でも話しぶりから察するに、影武者のほうもレオニードに落ちたのですか。
凄いなレオニード。そこだけは素直に認めるよ。
「クローヴィス大尉。もしも……4104が女性だと知っていた場合、どこで接触したのだ?」
「キース中将閣下」
「関係者が4104と逃げてしまう可能性もあるから、今のうちに教えろ」
閣下が頷かれたので、二度の接触について答えることにした。
え? お前、二回も接触してたのに気付かなかったのか? バカにされそうだが、分からなかったんだよ。
「はい。小官がピヴォヴァロフと接触した可能性があるのは二回。最初は二年前、先々代陛下が亡くなる直前、そして二度目は約半年前」
二度目は前世の記憶が戻る少し前だったなあ。
「どちらもブランシュワキ宮殿で開催された、仮面舞踏会での出来事です」
ブランシュワキ宮殿とは、ルース帝国建築の宮殿。
昔ルース帝国に領土を奪われ、なんとか取り戻したら、いつの間にやら立派な宮殿が建ってたの。
あまりに見事なもので、取り壊すのも忍びないってか、勿体なくって、王家のものとして扱ってるんだ。
あれ? もしかしてあの宮殿って、ルース皇族である閣下のもの?
「ブランシュワキということは、王族の避暑か」
「そうでございます、リリエンタール閣下」
極寒北国の分際で避暑かよ! と言われそうだが、ルース皇帝だって避暑地持って、毎年夏になると避暑地を訪れていたのだから、我が国にも避暑って言葉があっても、おかしくないんですよ。
「仮面舞踏会ねえ。たしかに顔が隠れてしまうから、分からないね」
そうなのです、室長。
顔さえ見えていれば、レオニードだとすぐに分かったのに! ……顔晒すはずないんだけどさ。
二年前わたしは、当時はまだ王女だったヴィクトリア殿下の避暑旅行の随員の一人として、レニーグラス地方のブランシュワキ宮殿へ行ったのだ。
ガイドリクス殿下の第三副官だったわたしが選ばれたのは、避暑旅行目前になって、王女付きの女性士官が一名、盲腸で入院したため。
女性士官は数が少ないので、手近にいたわたしが選ばれた。
士官になって一年目がやっと終わるころで、貴族業界のことなどなにも知らぬわたし ―― 良い経験にもなるだろうということで、ガイドリクス殿下が送り出してくれたのですよ。
華やかな貴族業界を遠巻きに見ながら、礼服を着用し腰にサーベルを佩いて、王女の身辺警護に勤しんでおりました。
このブランシュワキ宮殿の大広間は、三代続く貴族であれば舞踏会を開くことができるのだそうだ。
この大広間で舞踏会を開くのに掛かる費用は莫大。いまは産業革命により、時代について行けない貴族の財力はまたたくまにやせ細っているため、ここで舞踏会を開くことができる貴族は先見の明を持っているという証でもある。
わたしが初めて同行した時、ブランシュワキ宮殿の大広間で三回ほど貴族主催の舞踏会が開かれ、そのうちの一回が仮面舞踏会だった。
庶民も仮面舞踏会のような仮装パーティーはするが、やっぱり桁が違ったよ。
「どちらの仮面舞踏会も、ファンボール伯爵が開催したものと記憶しております」
ファンボール伯爵の懐事情について詳しいことは知らないが、舞踏会を開けているのだから、それなりに儲けているのだろう……なんで儲けているのかは知らないけど。
「あれか」
「小官は当然出席者ではないので、礼服を着て帯剣し、顔も晒したまま会場におりました。そのうち女王は、顔の三分の二を隠す大きさの、白地に金で装飾が施され、右目元が赤い石で飾られた仮面を付けた人物と意気投合し、会話を楽しんでおられました」
今思うと、それがレオニードなんだよな。
「仮面舞踏会終了後、部屋に戻られた女王より、先ほど話をしていた紳士に手紙を渡してきて欲しいと依頼され、待っているという約束の場所へと向かいました。満月の月明かりのもと、南の噴水が見える薔薇園にて会い、女王からの手紙を渡しました。手紙を受け取った仮面の紳士から、大広間から漏れ聞こえてくる音楽でワルツを踊ろうと誘われました。お断りするのも失礼だろうと、踊った次第であります」
わたしは見た目では本当に分からない……軍の礼服って女性はロングタイトスカートなんだぜ! それを着用していながら「男かも」と噂が立つわたし。
お前らの目は何処に付いてるんだよ! と言いたいところだが、男に見えてしまう人たち曰く「足が長すぎて、ズボンが作れなかったんだろうなーと思った」とのこと。
たしかに若干足は長めだが、作れないはずないだろ!
とにかくそんなスカートを着用していながら、男と噂されるわたしだが、もっとも大事なそれは付いていないので、体を密着させるとさすがに分かるのです。
いや正確に言うと、男側が分かるらしいのですよ。
士官学校時代、ダンスパートナーを務めてくれた三人が「体を密着させるとイヴが女だというのは嫌というほど分かる」と言っていた。三人固定なの? あ、うん、身長の問題で。そして嫌というほど分かる思いさせて御免な、エサイアス、ユルゲン、イェオリ。
「ちょいと試してみていいか?」
ヒースコート准将が「分かるものか?」と手を伸ばしてきたので、ホールド体勢を取る。さすが白兵戦最強部隊を率いるモテ男なだけあるわー。戦える男の格好良い筋肉だ。エサイアスやイェオリも強くて筋肉付いていたがなんか違う。ユルゲンはあんま実技得意じゃなかったから、まったく違うけど。
そのヒースコート准将はわたしの背中を一通り撫でて確認した。
「なるほど。少し踊ってみるぞ」
「はい」
さすが貴族、リードもやたらと上手かった。
くっ! これだから、貴族ってヤツは!
「たしかに、踊ってみりゃあ女なのは、はっきりと分かるな」
ありがとうございます、ヒースコート准将。でも踊らないと、スカート着用でも「女?」なのですよ。
「ですが、小官は男性と踊ったことは、数えるほどしかありません。といいますか、踊った相手の名前を全部言えます」
身長の問題で、パートナーを務めてくれる男は限りなく少ないんですよ!
「まあ、なあ」
可哀想な生き物を見るような視線を向けないでください、ヒースコート准将。実際可哀想な生き物なんですから、優しくしてください!
「その中で唯一人、正体不明なのが仮面の紳士なのです」
二度もブランシュワキ宮殿大広間で開かれる舞踏会で遭遇したので、当時は貴族なのだろうなと思っていたわけですよ。




