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【048】中尉、出廷する

「それで、話は飛ぶんだけど、シーグリッド嬢がフロゲッセルから盗んだと証言した、レオニード・ピヴォヴァロフの徽章。あれを見たリヒャルトが、ヴィクトリアの周辺を探れとすぐにわたしに命じたんだ。そしたら、男と密会しているのはすぐに分かったよ。相手がレオニードだという証拠を掴むのには、少々時間かかったけどさ。それでシーグリッド嬢の疑いは晴れたんだ」


 シーグリッドの疑い、晴れてたのか!

 でもどうして国外追放にな……もしかして婚約者(ロルバス)


「シーグリッド嬢の近親者が、レオニード・ピヴォヴァロフと接触していたのですか?」

「うん。ある意味シーグリッド嬢を守るための国外追放だね。リヒャルト、あれで結構優しいんだよ」

「そ、そうなのですか」


 閣下はお優しいと思いますが、なぜそれを室長が話の合間に差し込んでこられるのですか!


「赤くなって初々しいねえ。とっととこの騒ぎを片付けて、初々しい中尉と更に魔王感が増したリヒャルトの恋を見守りたいね」

「あの、それは……あの」


 魔王感って……なに?


「話逸らしちゃって御免ね。それでね、レオニードの子を身籠もったヴィクトリアは、国を捨てることにした。そこまでは掴んでいたんだよ。丁度、中尉がリヒャルトに告白した日。あの日、わたしはそのことを報告しにいったんだ」


 もの凄い大変な時に、告白しにいって済みませんでした!

 でも、あの時は焦っていたのです。


「大丈夫、大丈夫。悪いことしてないから。むしろ、あの場面にいられて面白かったよ。あれは良いものを見られた。あの後、執務は停止になっちゃったし。リヒャルトでも思考が停止することあるんだねえ。三十年来の付き合いだけど、あんなリヒャルトは見たことない」


 あの後、一体なにが?


「あの時のことは、リヒャルトに直接聞くといいよ。それでね、全く楽しくない話題なんだけど、孕んだ女王が逃げることは分かっていたから、その時期に合わせて北方司令部の裏切り者を追い詰めてたんだ。それで女王が行方不明になったのと同時に、進退窮まった裏切り者が、起死回生にとクーデターを起こしたのさ」


 室長の話しぶりからすると、女王が王宮を抜け出すのを阻止することはできたが、敢えて抜け出させる。

 女王がいないことを隠すために、王宮内にいる者たちの行動を制限する必要があったので、クーデター部隊を引き入れた ―― そのクーデターを起こした者たちは、裏切り者だが「どういう裏切り者か」を隠すために、クーデターという分かりやすい形で裏切り者を逮捕した……ということか。


「運が良ければレオニード・ピヴォヴァロフを捕まえられるかと思ったけど、さすがに異変を察知して、女王との待ち合わせ場所付近には現れなかったよ」


 それは残念だ。

 是非捕まえて欲しかった。


「このあたり、全部リヒャルトの策なんだ。あ、女王の処理については、リヒャルトは関係してないよ。ああいう薄汚い仕事を考え、実行に移すのはメッツァスタヤの仕事なのさ。同じ教育を受けていたわたしには、クリスティーヌの行動は分かりやすかったね」

「手の内を知り尽くしている……ですか」

「そうだね。ただね、クリスティーヌに付いたメッツァスタヤもいたから、なかなか人員が足りなくて、中尉の護衛を少しだけ、お休みさせてもらったんだ」

「護衛……ですか?」

「うん。一応護衛してたのさ。まあ、うちの局に中尉の体術、射撃能力に敵うようなのはいないけど、中尉はリヒャルトのお嫁さんじゃないか。うちの国では、正直女王なんかより、ずっと大事なんだよね」


 お嫁さんって言われたー。あの、お嫁さんって!


「お妃さまのほうが良かったかな? 大公妃、王妃、皇妃、欲しいものを言えば、どれでもリヒャルトは用意してくれるよ。ああ、大公妃は名乗らなきゃならないね。リヒャルトは大公だし」


 なんか室長が怖ろしいことを仰ってますよ!


「いえ、そんな……その……」

「中尉には、リリエンタール伯妃が一番似合ってるかもね」


 やめて、室長。わたしの思考は、そちら側にはまったくついて行けないんですー! なんだろう、校庭十周ランニングで、周回遅れになった人の気持ちって、こんな感じなのー! なんか、どうやっても付いて行けない!


「中尉が照れて可愛かったって言ったら、リヒャルトにゴミ以下の存在を見る蔑みの眼差し向けられちゃうね。そうそう、クーデターの裏側はこんな感じ。もっと詳しく教えたいけど、時間切れみたい。今度一緒にお食事しようね、中尉。もちろんリヒャルトも一緒に」

「お忙しいなか、わざわざありがとうございました!」

「ううん。サボりたかっただけだから、気にしないでね、中尉」


 室長はそう言ってわたしの手を握り、迎えの人たちと共に帰られた。

 ……サボりに関しては、特になにも言うまい。室長って、きっとああいう人なんだよ。

 もらった書類を手に、案内兼監視の兵士に連れられ部屋に戻り、貴族仕様としか表現のしようがない、天蓋付きの大きなベッドに転がり、書類を読み返す。


「ま、考えても仕方ないか」


 なるようになるだろう ―― そうして翌日、シュテルンの裁判に臨んだ。

 シュテルンはわたしに撃たれた傷により、まだ歩くことができないので、車椅子に乗って法廷へ。

 法廷は一般公開はされず、室内にいるのは証人と軍人のみ。

 判事席には閣下がいらっしゃる。

 キース少将とガイドリクス大将は判事席の隣に。立ち位置的には補欠判事みたいな感じかな。室長は傍聴人席の端のあたり。

 裁判そのものはシュテルンの罪状云々もあるが、ガイドリクス大将とキース少将は関係ないことを証明するのも重要なこと。

 この二人には国王と幕僚長に就いてもらわなくてはならないので、とにかく無関係であると知らしめ、裁判記録として残す必要があるのだ。


 もっとも国王と幕僚長が内定している二人なので、なんの問題もなく裁判は進んだ。

 問題があったのはわたし……。証拠品からシュテルンとの関係を、軍検事に問われるはめになった。

 この世界、まだストーカーとかそういう概念ないからなあ。

 もちろん完全に否定したよ。

 シュテルン側の証人であるシュテルンの父親は、わたしが誘惑したとか言っているがそんな覚えはまったくない。

 これに関しては同僚の副官三名と、元上官(先代王弟)現上官(キース)が、そんなことはないと証言してくれた。


 気持ち悪いことにシュテルンのヤツ、食事会をわたしとデートしたのだと親に話していたそうだ。シュテルンの父親がその日付を書き留めていたので、こちらも証拠として食事をした店の領収書を提出。

 リーツマン少尉がとってもキモイといった表情で、車椅子のシュテルンを見つめていたのが印象的だった。キモイよね、キース少将の元で副官全員参加の食事会はまだ二回だけだけど、シュテルンずっと無言だったよね。わたしとリーツマン少尉は話していたけど。


 わたしの態度が思わせぶりだったのではないかとの指摘もあったが、士官学校の同期や先輩後輩が「こいつは誘惑なんてしません、する必要ないんです」と証言してくれた。


 そして食事会曲解よりも気持ち悪い時間が訪れる。シュテルンの性癖暴露大会、その対象は自分(わたし)


 性癖暴露大会の理由だが、廃棄戦闘服を購入した軍規違反と、過失致死容疑 ―― クーデターの他にも、ばんばん罪状がつくよ!


 シュテルンはここ一年、娼館で手に入れたわたしの戦闘服を娼婦に着せ、さらには顔に白い絹の袋を被せて行為に及んでいたのだそうだ。

 なんか白い絹の袋を被せての行為は、それ以前から行っていたらしく、その界隈では「絹袋男」として評判だったんだって。

 ちなみに絹の袋はシュテルンお手製。なにしてんだ、こいつ。

 さらに変わった趣味として、罵倒しながら娼婦の顔に被せている絹袋に欲望を放つのがお決まりだったそうだ。

 元同僚の特殊性癖を聞かされるとか、これ裁判じゃなかったらセクハラだけど、裁判だから仕方ない。

 己の性癖暴露にどす黒い顔になっていたが、誰も彼も無視して話が続き ―― 被せた袋は首のところで縛り、また乱暴な扱いだったため、半年前には窒息死しちゃった娼婦もいたとか。


 お前、なにやってんの、シュテルン。


 娼館の主はシュテルンがそういうプレイをするのは知っていたので、故意ではないことを理解しており、奇妙なプレイだが継続的に金を支払ってくれる上客なので、憲兵に突き出しはせず、金で解決したらしい。


 憲兵に突き出していれば、シュテルンも罪を重ねずに済んだのにな……わたしとしては、色々と複雑だが。

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