【049】イヴとアントーシャ
「こぢんまり……」
船首から見た島は、わたしが想像していたこぢんまりとは全く様相が違った。
「王族のこぢんまりほど、当てにならないものはないかと」
隣にいたディートリヒ大佐の一言……うん、そうだった! 閣下は王族だったー。
北国では見ることのない、鮮やかな海に浮かぶ緑が生い茂った一つの島 ―― 面積は八百平方キロメートルほどで、中型客船が接岸できる港もある。
海岸と低地に島民が住み、山の中腹には要塞のような建物、その更に上、標高五百八十メートルの山の頂上付近に白亜の神殿っぽい建物。宮殿というより、パルテノン神殿系。そこが閣下と休暇を過ごす邸と聞いていたのですが、どう見ても神殿宮殿ですよ。
「古い建物だが、水回りは一年以上かけて改修していますので、風呂はいつでも好きなだけ入れます。サウナも作りました」
「……一年以上?」
「閣下をご存じの偉い方々の意見は一致しております。”若い嫁もらって、はしゃいでるんだろう”と」
「若い……」
もうじき二十五歳になるので……この時代ですと、若い嫁ではないです。若い大佐(予定)ではありますが。
わたしたちが滞在する島だが、五千人ほどの島民がおり、島内だけで生活できるとのこと。島民は全員閣下の領民扱いで、それはのんびりとした生活を送っているそうだ。
閣下がこの島に来るのは三度目。
島民は一ヶ月ほど前に閣下が妻と滞在するという知らせを受け、訪問日時を知らされた島民のほとんどが港へとやってきて熱烈な歓迎を受けた。
もちろんわたしは”あの大きいの、お妃なの? でかくない? でかいよね! うわ、でかいー”という視線は受けたけど、それは仕方ないこと。
最低限分かるように、エンパイアラインドレスを着てきたせいか、上記以外に「彫刻ですか」感もちらほら。うん、この視線と空気は三総督のとき、めっちゃ感じた……わたし、そんなに彫刻っぽいのかー。
閣下は島民に祝いの品々を「わたしの名前」で与えて、住まいに近づかないよう命じ、近づいたら極刑に処すると明言し、わたしたちは馬に乗り山頂の神殿風宮殿へ。
青い空から降り注ぐ日差しと、海から吹く風のなかを馬で駆け抜ける ―― どう見てもパルテノン神殿な建物に到着。
「良い眺めですね」
「室内からも外を眺めることができるぞ、イヴ」
オーシャンビューってヤツだー。
この空と海なら眺めるために部屋を作るのは、当然だろうなあ。
「楽しみです」
「うん。そうか」
閣下に手を引かれ ―― 内部はいたって普通の豪奢な城だった。あ、うん、変なこと言ってるの分かるけど、そうとしか表現できない。
「ひ、一人で着替えられるのですが」
神殿風宮殿の入り口ホールすぐ側の小部屋で、わたしは閣下が用意して下さった、ウェディングドレスに着替える。
このウェディングドレスは、か、か、可愛らしいデザインで……パニエをふんだんにつかって、ふんわりと広がるスカート。腰の部分は大きなリボンで飾られ、袖は五分丈で二の腕のところは、ふんわりと大きく広がっている。
これだけでも可愛いのに、裾という裾にレースとフリルが使われ……とっても可愛くて心躍るのですが……。
「背中のホックはムリですよ」
着替えるのにディートリヒ大佐の手を借りる必要があり……この姿をさらしてしまうのですね!
「早く着替えて、閣下がお待ちですので」
閣下は部屋で待ってる。
「……分かりました、ではお願いします」
背中のホックを留めてもらい ――
「それにしても、妃殿下と初めて会ったとき、こんなことになるとは思いもしませんでした」
「わたしから情報抜こうとしてただけでしたもんねー」
「ええ……まさかこんなに長いつきあいになるとは」
そうですね。
本当は情報を抜く、もしくは持っていないと判断したらすぐにわたしの前から消えるはずだったのに、いつの間にか義理の息子になってウェディングドレスの背中のホックを留めているとは……わたしもあの時からは想像もできません。
「ありがとう。そしてこれから、ずっとよろしく」
ホックを留めてもらったわたしは、ディートリヒ大佐の頬に家族のキスをし ――
「……色々複雑ですが」
「そうですね」
「ええ……さあ妃殿下、百合の花を目印に向かってください」
「はい。それでは」
ディートリヒ大佐は笑顔で送り出してくれた。
わたしはふんわりと広がったドレスのスカートを持ち、ホールを抜け飾られている百合の花を目印に通路を走り、閣下が待っている寝室へ急ぐ。
建物の壮麗さをもっと楽しむべきなのだろうが、いまは一刻も早く閣下に会いたい。
この可愛らしいドレスを着て、この走りは……と思うが、白亜の宮殿を駆け抜けた。
「閣下! お待たせいたしました!」
景色がもっともよく見える寝室に。大きな寝室は海に向いている面が、開放的なテラスになっており、なだらかな斜面と美しく輝く青い海面、そしてどこまでも続く青い空が、どんな絵画よりも寝室を飾り、微かに届く波の音が音楽代わり。
閣下はテラスに並べられたソファーに腰を掛けておられた。
「イヴ、とても似合っている。やはり式はこっちのドレスのほうが良かったのではないか?」
閣下はそう言うと抱きしめて下さった。
「い、いや、その……」
「イヴがもっとも可愛らしく見えるドレスは、わたしだけのものということか」
「は、はい!」
閣下に促されテラスのソファーへ。
テーブルには大盛りのフルーツに、クロッシュが掛かった軽食や菓子が並び、ワインやウィスキー、ビールの他にフレーバーウォーターのピッチャーも。
「イヴ。戦いに赴くかのような、緊張を帯びた表情も素敵だが、まずはゆっくりしようではないか」
閣下はそう言い、コップにレモンとミントのフレーバーウォーターを注いでくださった。
わたしはそれを一気に飲み干し、
「閣下! いえ、アントーシャ。わたしの希望を全て叶えてくださり……お待たせして申し訳ありませんでした」
コップをテーブルに強めに置き、立ち上がる。
「いや。それなりに楽しかったよ」
閣下はお優しいので、そのように言って下さると分かっております。そして今この時も、緊張を解すべく心を砕いてくださるのも。
だが、それに甘えてはいけない。
わたしの希望を叶えるために、待って下さった閣下を、これ以上待たせるわけには!
「アントーシャ」
閣下にのし掛かりキスをする。軽いものではなく、閣下がそうしたように。唇を離すとき、閣下の唇を舐め ―― やっぱり閣下がするように、額からこめかみ、頬から唇へと触れる。
「この娘は本当に。緊張して震えているというのに、大胆だな」
「……はい」
初夜を遅らせてくれた閣下に応えるべく……
「もう少しこのドレス姿のイヴを見ていたかったが……後日着てもらえばいいか」
閣下はわたしを抱き上げ、わたしは閣下の首に腕を回し顔を埋め、
「閣下、できる限り頑張りますので……その……」
「最初は全てわたしに委ねてくれるかな」
「は……はぃ……」
ベッドに優しく降ろされてキスをされ ―― 潮騒はすぐに聞こえなくなった。
【番外編・終わり】




