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【044】代表、前祝いをする

 ババア陛下さまと猊下との歓談のあと、わたしは閣下と一緒にブラッド青年のお見舞い……ではなく散歩に。

 ブラッド青年のお見舞いを後回しにしたのは、彼がシャール宮殿で療養しているから。何故かというと、


「イヴが見舞いに行きたいのではないかと思ったので」


 閣下がそのように判断し、


「イヴはついこの間金メダルを取ったばかりで、写真入りで新聞に掲載されたこともあり、人の目を引いてしまう。あれ(ブラッド)は一応諜報員なので、あまり目立たせるのもな……ということで、シャールに収容した」


 見事なご判断です、閣下! そしてご迷惑をおかけいたしました。


「もっともメダルを取らずとも、新聞に載らずとも、イヴは人の目を大いに惹きつけるのだが」


 閣下はそのように仰って、座っていたわたしのこめかみにキスを。閣下の唇は冷たいけれど温かい……あ、閣下、人目を引くのはサイズ感が一番かと。

 ……ということで、


「昨日はここを斜めに駆け抜けたんです」


 昨日”散歩したいな”と思いながら疾走した公園を、閣下と一緒に散策している。

 小径の両脇は背の高い木々が並び ―― 小径なので、大柄なわたしと閣下が並んで歩くと、わたしのドレスの裾が石畳からはみ出しておりますが、そこは気にしない!

 木漏れ日の中、ステッキをお持ちの閣下と腕を組み、できる限りゆっくりと歩く。

 ……本気だしていつもの歩き方すると、すぐに小径を歩ききってしまうので。

 なぜわたしはこんなにも脚が……。


「ベンチに座って、ゆっくりと話そうではないか」

「ベンチ、あるんですか」

「ああ。昨日のイヴが通ったルートでは見つけられないが、小径から少し入ったところにベンチがあるのだ」

「閣下、よくご存じですね」


 さすが閣下、なんでもご存じだ。


「イヴに何でも知っていると、尊敬してもらえるのは嬉しいが、わたしも昨日知ったのだ。諜報部統括(ロイド)に図面を持って来いと命じ、確認しただけだ」

「確認?」

「イヴとデートする場所だ。下見をしておくのは当然だが、一緒にその場に初めて向かうという状況は捨てがたいので、図面確認で止めておいたのだ。だからベンチがぼろぼろの可能性もあるのだが、その時は許してくれ」

「はい!」


 小径から少し外れたところに、木の隙間からレンガ造りのなにか(・・・)が見え、その根元にアイアンフレームのベンチがおかれていた。


「ふむ、大丈夫そうだな」


 閣下がベンチを手で押して確認してから、胸元を飾っているポケットチーフを取り出して広げて敷き、


「イヴ、どうぞ」


 胸元に手をあてて軽く体を折って……紳士だ! 本物の紳士がいる!

 閣下の無駄のない洗練された動きに感動してしまったが、感動しているだけではいけない。


「ありがとうございます、閣下」


 わたしもハンカチと扇子しか入らない、小さい鞄を開けてハンカチを取り出して、閣下が敷いて下さったハンカチの隣に敷く。


「ち、小さいですけれど!」


 閣下のポケットチーフは大判だったのですが、わたしが持っていたハンカチは貴婦人がエチケットとして持っている普通サイズのものなので、敷くのには不適ですが敷かないよりはいいよね。


「……ありがとう、イヴ」


 閣下は少し驚いたような表情から微笑まれ、二人で並んでベンチに腰を降ろした。

 風にそよぐ葉の音が聞こえてくる。


「イヴ」

「はい、なんでしょう? 閣下」

「この穏やかな時間が、とても心地良い」

「はい」


 木漏れ日の下で、閣下と他愛のない話をするのが、とても楽しい。

 そして閣下はとてもお話が上手。

 楽しくて声を出して笑ってしまう ―― 貴婦人は外でこんなに声を出して笑ってはいけないようですが、笑うのを我慢することができない性質なので。

 ほどよい時間が経ってから公園を再び一周し、迎えの馬車に乗り込んでシャール宮殿へ。


「本当に申し訳ございません」


 わたしたちを見るなりブラッド青年は起き上がり、ベッドから降りようとしたが、それを押しとどめる。

 金色で所狭しと彫刻が施されている大きなベッドに、淡い紫色のシルクシーツと金縁がスタンダードなベッド。

 ナイトテーブルには水差しがあるものの、病人の枕元にあるようなシンプルなものではなく、クリスタルガラス製で底も分厚く振り回したら武器にも使えそう ―― これを自分で注いで飲んでいるなら、大怪我は負っていないだろうなあ。 

 外傷はどこにも見当たらず、傷を負ってすぐに漂う血や膿に似た匂いもしなかった。


「諜報部では強いのを二人連れていったのですが、全く歯が立ちませんでした」


 ブラッド青年に聞くところによると、レオニードのヤツは正面切ってきて、彼らの前で堂々とシルクハットを脱いで紳士らしい礼をしたかと思ったら、息つく暇もなく殴る蹴るの暴行。

 三人とも一撃で膝が折れてしまい、首を腕で締め上げられ意識を失ったとのこと。


「強いとは聞いていたのですが、まさかあれほどとは……拳銃を取り出す余裕など、全くありませんでした」


 素手で勝てないのなら、文明の利器こと拳銃に頼るべきだが、それを出す暇もなくやられてしまったのだという。

 ブラッド青年たちの監禁をブリタニアス諜報部は知らず、わたしたちが「レオニードと遭遇しました」の報告後、急いで捜索され仲間に救出されたそうだ。

 彼らは首を絞められ失神したので、経過観察のために一日入院したほうがいいとされシャール宮殿に連れてこられたのだが、宮殿に入ったところを誰かに見られるのは避けたいという政府の方針により、


「食糧と一緒に運び込まれたので、出て行くときもその方法で」


 ブラッド青年は今夜食糧品を運び込む馬車の、空になった荷台に忍び込み帰るとのこと。


「クリフォード殿下の計らいで、せっかく乗馬のチケットをもらったんです。見に行かないわけには」

「そうか」

「クリフォード妃殿下に給料一ヶ月分賭けたんで、優勝お願いします」


 笑ったブラッド青年の表情はどこも痛そうには見えない。ただ言われてみると、少しだけ首に擦った痕があるような気もするが、注意深く見なければわからない。

 シルクのような柔らかく滑らか素材で、ゆっくりと締め上げられると傷が残らないと聞いたことはあるが……レオニードが正装してたのって、もしかして?

 レオニードはまあいいや。

 ブラッド青年へのお見舞いも兼ねて、わたしは明日の競技に全てを!


「競技が終わったとき、一年分賭けておけば良かったと後悔するような馬術を見せてやるよ」


 こういうときは大きく出ておく。

 指揮官……ではないが、代表なんだから縮こまって震えている場合じゃない。

 ”任せろ”と親指で自分を差して、口だけで笑っておく。一応自分では不敵な笑いのつもりだが、そこまで表情が自信に満ちているかどうか自信はない。


『かっけぇ……』「あ。いや。済みません。じゃあ明日の朝、急ぎもう一ヶ月分賭けてきます!」

「おう!」


 自分で自分を追い込むのがわたしのスタイル……それほど追い込まれていないけれど。

 そんなやり取りをし部屋をあとにした。

 ブラッド青年以外の二人の見舞いもしたかったのだが、彼らの職種上あまり閣下に近い所にいるのを見られるのは避けたいので、ブラッド青年だけでと。

 迷惑をかけて済まないなと詫びたが「食事がいいので、問題ありませんよ。俺たちが入院する医院は病院食が不味い。食ったら入院期間が延びるの確実ってくらい、不味いので」……そ、そうか。それなら良かったんだが、あとの二人は大丈夫なのかい? それと怖いモノ味わいたさで、ちょっと試食してみたいな、という気持ちが。

 もちろん明日は本番なので、味覚に大ダメージが来るようなことはしませんが。


「遂に明日が最終日ですね」


 見舞いの後、ドレスを脱いで桜色でフリルがたくさんついているシルクブラウスと、深緑色のロングタイトスカート。時代が時代なのでブラウスはスカートにインしております。足下はベルベットスリッパという、寛いだ格好。

 本当は庶民なのでシルクとかサテンを着て”寛ぐ”という感覚はないのだが、この豪奢な宮殿内で、綿製のハーフパンツとタンクトップで裸足姿は落ち着かない。シルクとタンクトップを秤に掛けた結果、こっちのほうが落ち着けることがわかった。


「そうだな」


 閣下は楽な格好などしなくとも平気なのですが、わたしに付き合ってラウンジスーツに着替えている。

 ……うん、閣下にとってはラウンジスーツは、わたしたちの着慣れたスウェット上下並のラフ感。

 閣下は着慣れたという名の草臥れたスーツなど着ることはなく、全てに糊がぱりっとふんだんにきいているのだが、本当に部屋着扱いで、この格好で人と会ったりは絶対しないってレベル。


 あっ……サロヴァーラ(エリザベト)嬢は閣下と陛下の御前に、男物のスウェット上下で出てきたのか……は、恥ずかしい! いま、わたしが猛烈に恥ずかしい! 遅れてわたしが精神攻撃食らってる!


「どうしたのだ? イヴ」

「あ、いえ……その。かんぱーい!」


 今更サロヴァーラ(エリザベト)嬢の話題を出すのもおかしいので ―― 白ワインが入っているグラスを掲げる。


「乾杯。明日のイヴの勝利を祝して」


 閣下と一緒に前祝いを ―― 一杯だけワインを飲んでから、早めに寝たほうがいいと、閣下にベッドに入るよう促され額にお休みのキスも。


「閣下と一緒だから、安心して眠れます」

「そうか」


 緊張とかはあまりしないほうだけど、閣下がとなりにいてくれると心強い。


「今夜は髪を撫でるしかできないが」


 閣下の長い指がわたしの伸びてきた髪を梳く。優しく触れられているなというのが……眠くなって…………。


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