【040】代表、馬で先回りする
本日の我が国の代表選手が出場するのはマラソン ―― ここまで出場選手全員がメダルを取ったため、マラソンの代表カイタイネン兵長には、かなりのプレッシャーがかかっている……らしい。
男が弱みを見せるなんて恥ずかしいこととされている時代なので、カイタイネン兵長はなにも言わないが、自分だけメダルなしで帰るわけにはいかないという、強い想いに押しつぶされそうになっている……っぽいと、マラソンの補欠のキュロ上等兵が、選手団団長であるわたしに相談しにきた。
カイタイネン兵長がプレッシャーを感じていることは分かっていたが、キュロ上等兵が相談しにくるほどとは思っていなかった。
選手団と出張組全員一丸となってカイタイネン兵長をフォローするからと、何度もミーティングを重ね ―― プレッシャーを全て取り払うことは無理だが、軽減させることはできたようだ。
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わたしは選手として競技に出場するだけではなく、選手団団長として選手の体調に注意を払ったり、医師と体調管理について話し合ったりしている。
その他に運営にも携わり ―― 選手と運営の距離がこんなに近くていいのかなーと思うが、大会を盛り上げ、また公正に運営するためには、やはり色々なことを提案したい。
『飛行船か……なるほど』
大会開始前の話し合いで「マラソンの不正防止策でなにか良い案はないか」とガス坊ちゃんに求められた際、上空からの監視を提案したところ”目から鱗!”ってこういう表情の時に使うんだろうなあ……という表情をしたガス坊ちゃん。
飛行船を五隻用意し、何度も上空を飛ばせてリハーサルを行い、本番に備えた。
もちろん、それだけでは足りない ――
足りないのは証拠。
幾ら上空から監視していると言っても、ショートカットや馬車に乗って競技場近くへ戻って来るなど(前回大会であったことです)は起こる可能性があり ―― 上空からなので見間違った、別の選手などと言い訳された際に「確たる証拠」が必要になる。
そこでわたしは写真撮影を提案した。
選手が抜け道に使いそうなポイント付近にカメラマンを配置し、定期的に撮影させる ―― 何ごとがなくても一分につき一枚の撮影。ポイントに誰かが訪れたら必ず撮影。どの場合でも枠内に時計を入れ証拠とする。
……など提案したところ、アウグスト陛下のテンションが上がり、
『さすが大天使! キースがこの若さで少佐昇進を許可し、司令本部警備責任者になるのを認めただけのことはある!』
それはそれは食いついてきた。
その後、写真撮影をしている人を撮影する人を配置……要するに監視ですが、こうすることで買収に対して警戒できるのではと提案すると更に大喜び……喜ぶところなのですか?
『わたしはブリタニアスの街について詳しくないのですが、軍人としてここと、ここ、更にここは必ず押さえておくべきだと考えます』
大きな街中の地図を開き、カイタイネン兵長とキュロ上等兵たちと共に下見したコースを思い出しながら「ここ辺りなら姿を消せるかも」といった箇所を指さす。
『なるほど』
『この三つしか挙げられませんでしたが、街に詳しい方に聞けば、他にも幾つか候補を挙げてくれるはずかと』
ガス坊ちゃんが”うんうん”と頷き ―― ワイズ司令官に頼もうかなと思ったのだが、
『それに関してはわたしに任せるがいい、イヴ』
『閣下』
閣下がペンを手にとり、次々とチェックを入れてゆく。
『閣下、お詳しいのですね』
『ブリタニアス侵略の際、首都を効率よく陥落させる案を色々と考えているのでな、脆弱部分はすぐに分かるのだ』
聞いてはいけないお言葉が飛び出した。
ガス坊ちゃんは目を見開き、ワイズ司令官は”止めて下さい殿下”と ―― 市街地コースを走るので警備の関係上、軍との連携も必要なのでワイズ司令官も会議に参加している。
本来であれば軍のトップではなく、実務者あたりの出席で良いのだが、閣下がいるので失礼がないようにとワイズ司令官がお越しになったのだと、アウグスト陛下が耳打ちして下さった。
市街地攻略に関しては閣下たちにお任せし ―― 見事な包囲網が完成したとのこと。
スポーツ大会なのに、軍による本物の包囲網。
万が一を考慮し、川にまで監視の目を光らせるそうです。
不正にたいし、できうる最大限の対処を施し、マラソン当日を迎えたのですよ。
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「わたしが思いつく全サポート体制を整えた……まあ、気楽に走れ、カイタイネン兵長」
「はい、クローヴィス少佐。全力を尽くして気楽に走ります」
「そうか」
カイタイネン兵長と競技場前で別れ ―― わたしたちは馬上の人となる。
「往来には観客が出ているようだ、クローヴィス少佐」
「注意しないとな、シベリウス少佐」
「そうですな。ウルライヒ中尉も辺りに気を配るように」
「はい、シベリウス少佐」
シベリウス少佐とエサイアスは馬でカイタイネン兵長と併走する。
シベリウス少佐はその大声を生かして、カイタイネン兵長にタイムを教え、走るリズムを整えさせ、エサイアスは医師を同乗させてカイタイネン兵長を追いかける ―― 前大会でオリュンポス初の死亡者が出て、その競技がマラソンだったのだ。
やはり長距離を走るので、体の負担が大きいこともあるが、応急処置が遅かったことが挙げられる。
応急処置が遅かったのだから、病院に運ばれたのはもっと遅く、悲しいことになってしまったのだ。
カイタイネン兵長の体調は万全だと、エサイアスの姉女医が今朝も太鼓判を押してくれたが、何かあってから動いては遅い。
とくに距離が長く、どこで負傷者が出たのか、すぐに通信を入れられない競技ともなれば尚のこと ―― というわけで、カロリーナ女医は応急処置ができる機材を持って、エサイアスと相乗りし半分の距離を併走することに。
さすがに一般人のカロリーナ女医には厳しいのでは? と。最初は各所に配置した伝令兵を、待機している医師詰め所に走らせる予定だったのだが、前大会で突然死した選手の状況を集め、シュレーディンガー博士と共に熟考した結果、このような形を取ることになった。
医者が「すぐに処置しなければ無理」と言うのだから、門外漢であるわたしたちは従うしかない。
カロリーナ女医に続いて併走してくれるのは、シュレーディンガー博士。
閣下たちに「藪め」と言われていますが、ヴェルナー少将が助かったのは、シュレーディンガー博士がその場で処置をしてくれたから。
だから……そんなに腕は悪くないと思うのですが……。もちろんわたしたちよりは、ずっと信頼できる腕前のはず!
ま、まあ最悪、わたしたち軍人もパワフル応急処置(心臓マッサージしたら絶対肋骨折る)の心得はあるので、いざとなったら!
あとカロリーナ女医とシュレーディンガー博士、そしてエサイアスは競技中の道に侵入しても良いという、許可腕章をつけている。
往来でぶっ倒れても、救助が入れないでは困るので。
わたしが提案するまで、医療関係者の配置や救助に関しては、おざなりだったというか……こういう些細なところが整っていないと、まあまあ危険ですので、自分の国で出来ることはする!
競技場からスタートの号砲が ―― 選手が競技場を一周してから市街地コースへ。
「わたしは一足先に向かう」
「頼みます、クローヴィス少佐」
「水は必ず手渡してください」
「任せて!」
わたしは先回りし給水ポイントで待機し、持参した経口補水液もどきと水を手渡す。
給水を成功させないことには、ゴールまでたどり着けない ―― 責任重大なのですよ。
なんかわたし、責任重大な仕事ばっかりしているような気もしますが、選手の補佐をするのは団長の仕事!
ちなみに馬は半ばで替えることになっている。
もちろん馬を用意して下さったのは閣下 ―― アンダルシア馬で街を駆け抜ける、この贅沢。
給水ポイントで待機し、先頭集団にいるカイタイネン兵長に声を掛けながら、二本を手渡すことに成功。
他の選手は一本だけなので、「え?」といった顔をされたが、二本渡してはいけないという決まりはないから大丈夫。
無事カイタイネン兵長に渡せたので、馬に飛び乗り次の給水ポイントへ……忙しない感じもしますが、給水ポイントに到着後、少しは休めるので ―― 競技が見られないのは残念ですが、やはり団長としてサポートはしたい。
リトミシュル閣下に「隊長気質だな」と笑われたが、性分なので仕方ない。
カイタイネン兵長はトップ集団の先頭争いを繰り広げ ―― 風よけに人を使えと教えておいた。それでもトップに出ようとするのは、トップに対する圧力みたいなもの。差すのは三十キロを越えた辺りだ。それまでは、一位の選手を上手く使って体力温存しろよ!
マラソンは距離半ばに差し掛かり、給水を成功させカイタイネン兵長たちを見送り、シュレーディンガー博士と交代し、慣れない本気の乗馬を終えてガクガクしているカロリーナ女医をサンドラたちに任せ、わたしは馬に飛び乗る。
「途中までありがとう。交代したらゆっくりと休んでくれよ」
わたしもそろそろ馬を乗り換え、またカイタイネン兵長を追わなくては!




