【037】代表、満足のいく回答を得る
世界初の女性メダリストになりました!
そしてこれから授賞式が行われます ―― クレマンティーヌ総督とその軍楽隊が、我が国の国歌を奏でるためにやってきました。
表彰台が用意され、受賞のために閣下も。
あとガス坊ちゃんもいるよ!
本日ガス坊ちゃんはメダルとオリーブ冠を乗せたトレイを持って、閣下の側にいる役。
「うわ……なんか緊張する」
閣下にメダル授与されると思うと、なんか緊張してしまう。
右手と右足が一緒に出ないよう注意しなくては! ああ、でもこういうのって、気にすると余計に失敗しちゃったりするんだよなあ。
落ち着けイヴ!
落ち着くんだ。
もう競技は終わったんだ。あとは表彰されるだけだ。緊張なんてする必要はないのだから!
なんで緊張してるの!
緊張するんじゃない…………右手と右足が一緒に出ているシーンが撮影され、新聞に掲載されてしまったらどうする。
我が国の選手の成績が掲載されている新聞は、全て故国に送られるし、海外出張組が集めて持ち帰りもする。
緊張しすぎているシーンが載った新聞を見られたらどうする? ヴェルナー少将に。
行進を教えてくれたのはヴェルナー教官。その教官に情けない姿が掲載された新聞を見られたら……殺られる!
しっかりと歩くんだ! 士官候補生時代のようにきびきびと!
行進だと思えば大丈夫!
などと内心で鼓舞しながら表彰台まで。名前を呼ばれて表彰台の一番高いところに登る。身長の関係上、一番低いところに立っても優勝したかのような頭の位置になる……そんな身長のやつが、一番高いところに立つんだから、容赦なくデカイ。
観客席から「うぉぉ!」とという歓声……「うぉぉ!」と聞こえてきますが、事実なのだからしかたない。
あまり気にしないようにして、両手を掲げて歓声に応える。
わたしを含めた三人が表彰台に上り、ついに閣下からメダルの授与を。
わたしの前に立たれた閣下は……喜んでくださっている。もちろん閣下は外では表情が崩れない。高貴な生まれの男性って、喜怒哀楽を表情に表すことないから……閣下の隣にいるガス坊ちゃんは除く。
いや、あれはきっとイレギュラーななにかであって、決してガス坊ちゃんの貴族としての栄誉……まあいいや。
「優勝おめでとう、イヴ」
閣下に声をかけられた。
「ありがとうございます。約束通り優勝いたしましたよ、閣下」
優勝を約束した相手は、他にもいましたけれどね。カリナとかデニスとかキース大将とか陛下とか……ヴェルナー少将? 約束なんてできるわけないだろう! むしろ「お約束いたします」なんて言ったら叱られるわ! それも蹴り込みで!
閣下はメダルを手に取り、わたしは掛けやすいように頭を下げる。閣下は身長が高いので、頭を下げるだけでいいが……ババア陛下さまのときは、膝を折ったほうがいいな。
お前、乗馬もメダル取るつもりなのか?
もちろんですとも! 必ずや取ってみせる!
首にメダルが掛かる。重さなんてほとんどないようなもの ―― 閣下が用意してくださった夜会用のネックレスのほうが重い……のだが、やっぱり自らの手で取った勲章の重みは別格だ。
ましてや初の世界大会での正式なメダルともなれば。
……なんだろう、ぶわぁ! ってきそう! いやきてる!
今まで表彰されて涙が出てきたことってないんだけど。まさか自分が感極まって泣きそうになるなんて、想定してなかった。
白い手袋をはめた閣下が緑の葉で象られたオリーブ冠を手にし、戴冠してくださった。
「どうした? イヴ」
「?」
「涙が」
「あっ! その、これは……嬉しくて泣いたこと、なかったんですけれど。今回は格別だったようで」
「……嬉しくて……か?」
閣下が”驚いた”と ――
「はい。大丈夫ですので!」
驚かせるつもりはなかったのですが……わたしのことは気にせず、他の選手にもメダルを授与してください!
閣下は少し気になさっているようだが、メダル授与へと戻られた。
あーびっくりした。まさか自分が気付かずに泣いているとは。ぼたぼたと大泣きしてなかっただけが救いだ。
授与式終了後、みんなで写真を撮ってもらい、競い合った選手全員と記念撮影。
「全く競い合ってませんでしたけど」
「クローヴィス少佐の圧勝でしたよ」
ハインミュラーとバックリーン軍曹がそんなこと言ってたが、気にしない。競技を行ったわたしが競い合ったと言っているのだから、競い合ったんだよ!
選手みんなとの撮影を終え、
『クリフォード公爵妃殿下。写真に一緒に写りたいのだが』
『喜んで』
ガス坊ちゃんと並んで……高貴な人との撮影なので、突っ立った感じが正しいのだろうが、素っ気ないというか心が「なんか違う!」と叫ぶので、心赴くままに片手で肩を組んで、もう片手でメダルを持った。
ガス坊ちゃんもそれを受け入れてくれ ――
『クリフォード公爵妃殿下、本当におめでとう!』
『ありがとう、クロムウェル公爵』
半年前には想像もできなかった状況での撮影。
『クローヴィスはこれからも数々の”初”栄冠を勝ち取ってゆくのだろうな……ああ、済まない、クリフォード公爵妃殿下』
『クローヴィスでもいいんだけど』
『クローヴィス隊長はそう言ってくれると思ったよ』
ガス坊ちゃんは貴族らしからぬ満面の笑みを浮かべ、
『乗馬も期待している……ブリタニアス貴族のわたしが、ロスカネフ王国の選手にこんなことを言ってはいけないのかもしれないが、言わないという選択はない』
次の競技へのエールもくれた。
そしてガス坊ちゃんは貴族の風格を損なわないていどの速歩で、競技場を去った ―― ガス坊ちゃんは次の表彰式が行われる会場へ、急いで向かわなくてはならないのだそうだ。
馬車では間に合わないので、騎馬で向かうと……そんなにギリギリまで射撃の会場にいたかった……のか……。……わたしもそこまでバカではないので、それ以上は言わない。
わたしにできることは、ガス坊ちゃんの頑張りに応えられるよう、大会を盛り上げること。
ガス坊ちゃんが去り、撤収作業をしていると、閣下がやってきて、
「閣下?!」
一緒に写真を撮りたいと仰ったので並び、不本意ながらわたしの名前がついてしまったポーズを取ったところ、閣下がわたしの頬にいきなりキスを!
そのシーンが撮影されてしまい ―― なんとなく撮影したオルソンの表情からすると、閣下にキスをすると聞かされていて、良いタイミングでシャッターを押すよう指示されていたような気もするけれど。
閣下は微かに笑い ―― これが心から楽しんでいる、常人であれば満面の笑みに該当する笑みであることをわたしは知っている。
「…………ふふっ! 唇じゃなくていいんですか」
「この娘は……まったく。今宵な」
そんなやり取りをし、みんなの元へと戻った。みんなにも優勝を祝福してもらい、ここでも再び写真撮影。
前世並に写真撮ってるね!
いやむしろ前世よりも多いかも。ほら前世の写真って、半分くらい「なんとなく」だったから。今は写って記録に残すんだ! という強い意志を持っての撮影だから。
みんなに宿舎でお祝いしてもらい ―― 日が暮れかけたところで、車体が黒塗りの箱型馬車に乗り込み、閣下と家族が待っているシャール宮殿へと向かう。
宮殿の周辺には、ハンチング帽にベスト姿で大きな鞄を肩から提げている、格好からすでに「記者です」と名乗りを上げている数名がうろついていたが、もちろん無視して宮殿へ。
「近づき過ぎると、警告が飛ぶからな」
「そうなんですか」
護衛として同乗しているディートリヒ大佐が教えてくれた。
「そうだ、少佐。遅くなったが、優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
みんなに祝福されて嬉しい。
女性初のメダリストなので歴史に残る快挙だと言われると、ちょっと気は重いが、嫌ではない。
石畳を走る車輪と蹄の音を背に、
「……んー、義理息子として少佐を祝いたいのだが、なにか欲しいものはあるか?」
お祝いしてくれると ―― 正直、欲しいものはないが、義理息子としてお祝いしてくれると言われたのだ、断るはずない。
「なんでも?」
自分は欲のない人間だなんて思わないが、なにが欲しいと聞かれてもすぐに浮かばない。
「いや、一般庶民の範囲で頼む。わたしの給与では、一生かかっても城なんて買えないからな」
「そこは分かっています。むしろ貴族的な感じで頼むと言われたら、そっちのほうが困ります」
元庶民、根っから庶民、前世も庶民なわたしに、ブルジョアでセレブでノーブルにしてロイヤルな品名を上げろと言われても困るのです。
「そうですね……ものではないし、無理でしたら諦めますが、大佐……いいえ、ジークの本当のことを一つだけ教えてもらえませんか。年齢、誕生日、好きな食べもの、そういったものを」
馬車内の明かりに照らされている顔に、そんなことを言われるとは思ってもいなかったといった表情が浮かぶ。
「無理なら、お肉を奢ってもらうだけでいいです」
何が何でも聞きだそう! というわけではない。
ただなんとなく、自分だけ知らないのが……父親は全て知っているけれど、母親であるわたしはなにも知らない。
「閣下に聞けば、全て教えてもらえるだろう」
「聞くつもりはありません……ま、そんなに深く考えないでください。肉と酒を奢ってもらえれば」
「増えてるぞ、少佐」
「ああ、そうだ。母さんと呼んでいただけるだけで。それが充分なお祝いで」
「奢らせていただこう」
馬車が停まり大佐がドアに手をかけ、
「少佐……いや、イヴ・クローヴィスのことを信用していないわけじゃない。イヴ・クローヴィスのことは信用している、わたしがわたしに対する以上に。わたしが信用できないのは、わたし自身だ。わたしがわたしのことを、もう少し信用できるようになったら……でいいか?」
そのように ――
「分かりました。でも言えないと思ったら、言えないと言ってください」
「そうあっさり引かれると、答えたくなるじゃないか」
馬車を降りて、親族が待つホールへ ―― そこまで案内してくれた大佐は、もちろんなにも教えてはくれなかったが、
”わたしが信用できないのは、わたし自身だ”
義理息子がどうしてそのような言葉を発したのか、平凡な人生を送ってきたわたしには分からないけれど、あの言葉は義理息子の本心なのだろう。そして”信用している”あの言葉だけで充分なのかも知れない。




