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【036】代表、集中する

 射撃が行われる会場は、当然ながら陸軍の演習場。

 そこに軍が観客席を作った。

 カリナや両親、デニスに親戚は一般席。

 親戚全員とまでは言わないが、大勢が応援に来てくれたんだ、もちろん実費で。

 当初閣下が旅費を全員分全額持つと申し出て下さったのだが、全員辞退した ―― いやまあ、これに関しては親族の気持ちが分かるといいますか、閣下に奢られる筋合いのものではないので。

 行きたいけれど金が足りないという親族がいたら、精々わたしが出すくらいで、閣下が出されるものではないような……。

 後で閣下が非常に驚いていらっしゃったと、アイヒベルク閣下から教えてもらった ―― 閣下のご親族は普通に旅費を閣下に強請るのだそうで……それはそれでどうなんだ。

 もっともわたしが考えるような旅行ではなく、専用豪華特別列車を用立てて、大勢の使用人を伴い、目的地に到着したら高級ホテルを貸し切り……なので、金が掛かるんだそうです。

 それが王侯貴族だというのは分かるが、自分の財布でやれ!

 閣下のご親族はともかくとして、わたしの親族は分不相応な旅行などはしないので大丈夫です。

 まあ親族が全員揃って応援……となると、席を取るのに少々コネとかそういうものが必要で ―― そこは閣下のご厚意に甘えることに。「旅費は断ったから、そちらはリリエンタール閣下のお顔を立てないとね」と、両親やデニス、カリナと家族総出で頑固な祖父母を説得していた。


 親族用に一角を取って下さった閣下は、本日「クリフォード公爵アンソニー殿下」として会場入りし、所謂ロイヤルボックスに大会責任者とともに座られた ―― 大会責任者とはもちろんガス坊ちゃん。

 閣下がブリタニアス国内でブリタニアス王族として正式な場に参加するのは初めてなのだそうで ―― 夜会は? あのスターリング公爵夫妻が、セイヤーズ一世を盗んだことにされてしまった夜会は?

 わたしなどはそう思ったのですが、あの場では閣下はババア陛下さまの下風に立たず、真っ向勝負し、それをババア陛下さまもお許しになっていたことからも分かるように、ブリタニアス王族として出席していたわけではなかったのだそうです。


『わたし以上だと人々に知らしめることは良いことよ。それは即ち王だという顕示なのだから』


 ババア陛下さまを立てて下風に立つとブリタニアス皇太子扱いされ、ババア陛下さまを凌駕すると王として現れたのだ……どちらを閣下が選んでも、決して逃さないその論法。お見事です、ババア陛下さま。

 そんなババア陛下さまに対抗すべく閣下は、教皇猊下のお越しに待ったをかけた。

 ……わたしのような庶民には全く理解できない話なのですが、閣下が猊下のお越しを止めたのだそうです。

 理由はブリタニアス王族としている閣下の元に猊下がお越しになって、一緒に試合を観戦してしまうと、ブリタニアス皇太子として認定されたも同然になってしまうからだそうです。

 いままではブリタニアス王族として猊下と臨席したことはなかったので、問題にはならなかったが、今回は正式にブリタニアス王族を名乗っているので、かなりの問題になるのだそうです。

 ババア陛下さまもそれ(・・)を狙ったようですが、閣下は見事に回避……どのようにして猊下の足を止めたのかは不明ですが、前々日、猊下から「あの見事な射撃を見られぬのは残念ですが、まだ拝見したことのない、アントニウスをして神馬をも乗りこなす馬術は、必ず拝見させていただきます」という文面の電報を、わたし宛てでいただいた。

 あの見事な射撃とは、バックリーン軍曹の銃を借りてマチュヒナを撃ったことを指しているのだと思うが……見られてたのかー。ドレスをばほばほ言わせて、壁をどすどす蹴ったあれ……猊下の記憶に少しでも残ってしまったのかー。

 恥ずかしいわぁ……。

 もちろん後悔はしておりません! と、きりっとした気持ちで答えられますが、それとこれとは別。

 あと閣下、猊下にわたしの馬の乗り方、どういう風にご説明なさったのですか?


「よく教皇の来訪を遅らせることができたな」

「さすがアントン」

「ふん。簡単なことだ」

「大したもんだ」

「聖界に対する影響力の強さが尋常ではないですなあ」


 リトミシュル閣下とアウグスト陛下と共に閣下はそのように仰っていたのですが「簡単なことだ」……いやあ、普通の人は簡単ではないと思いますよー。


「わたしはイヴにメダル授与し、オリーブ冠を頭上に掲げるためにブリタニアス王族を名乗るのだ。それ以外の煩わしいことなど知ったことではない」


 そこまでしてわたしにメダルの授与を。

 凄いプレッシャーじゃない? そう思われそうですが、わたしとしてはそれほどでも。

 正直にいいまして、メダルが取れなくても命取られるわけじゃないし、誰かを撃ち殺してメダルを取るわけでもないので。

 的のもっとも点数が高いところを撃てばいいだけだから! そこを外さない限り、どれほどの延長戦になろうとも負けることはない。

 まさに自分との戦い ――

 閣下、待っていて下さい! わたしは必ずやメダルを取りますので!


 わたしの側には銃の確認のためにバックリーン軍曹と、ピンク……じゃなくてハインミュラーが。

 ハインミュラーは護衛も兼ねているとのこと。

 銃器を持った人間が怪しい動きをしたら気付く ―― 銃器を専門にしているので、エサイアスよりも気付きやすいということで。

 そして、


「他の選手の射撃している姿を観察してきたが、少佐の実力には遠く及ばない。いつも通りに撃てば優勝は間違いない」


 ディートリヒ大佐もいる。大佐がいる理由は異国の人間が話し掛けてきた際の通訳とのこと。大佐は主要言語はほぼ喋ることができるらしい……顔が良すぎて我が国の間諜を馘首になりましたが、実力そのものはある……のでしょう。

 間諜の仕事をしているときの大佐とはほとんど会わないので ―― 初めて会った時は仕事でしたねー。うん、見事に騙されてたから、きっと間違いなく優秀。

 もっともわたしを騙すなど、誰でも出来そうな気もしますけれど。


「観察……」

「偵察といったほうが正しいかもな」

「偵察ですか」

「忍び込むような真似をしたわけじゃない。正式な手順で見学させてもらった……なんだ、その顔は」

「視察できるのでしたら、小官も直接」


 大佐は少しだけ視線を逸らし、


「当初はその予定だったが、少佐は自分で自分の仕事を増やして楽しそうにしていたからな」


 口角をきゅっと上げて、楽しげに ―― 円盤投げのフォーム改造とか、炭酸マグネシウムの調達とか、マラソンコースの下見とか(競技開始時刻にコースを下見をするという概念がなかった)色々していました! たしかにしておりました!


「……」


 ですが前もって教えてくれたら、時間作ったのにー!


「わざわざ足を運ぶほどじゃなかった。それははっきり言える。少佐は妹や弟、そしてリリエンタール閣下の応援を受けていつも通りに撃てばいい」


 客席を見て ―― 最低限の情報さえ知っていれば、あとは必要ないのかもしれない。

 開会宣言のあと、バックリーン軍曹から銃を受け取る。

 競技そのものは国内大会と同じなのだが、空気が違う。

 雰囲気が違うのではなく、空気そのものが違うのだ。初の国外任務でアレクセイやイワンを追った時にも感じたのだが、引き金を引くときに違いを感じた。

 異国の建物や風俗から感じる違いとはまったく違う ―― 銃を構えた時にしか感じることのできないそれ。

 同じく国外任務で馬を駆った時も、受ける風の匂いや冷たさ、乾きなどの違いに驚いた。

 言葉で表すのは難しいけれど、ここの空気はさほど嫌いではない。

 ここで産まれ育った閣下がまとう空気と少しだけ似ているからなのかもしれない。


 自分の実力を過信しないが過小評価もしない ―― わたしが出場選手のなかでもっとも優れていた。その結果、優勝した。

 ……正直に言うと、的しか見ていなかったので、他の選手の点数とか全く知らない。

 ひたすら弾を込めて一点を撃ち抜くだけ。

 競技というより作業といったほうが正しかったと思う。

 終わったことに気付かず、的が出るのを待っていたら、大佐に後から肩を叩かれ ―― 周囲の大歓声が聞こえてきた。

 あまりに唐突に音の洪水に飲み込まれて、思わず耳を手で覆ってしまったほど。


「相変わらず、見事な集中力です、クローヴィス少佐」

「ありがとう、バックリーン軍曹。軍曹の補佐があったからこそ、競技に集中できた」

「そうですか。わたしとしては、競技に出場できずに残念でしたが」

「それは譲れないからな」


 歓声にも慣れて周囲を見回すと、ロイヤルボックスでは閣下とガス坊ちゃんが立ち上がって手を叩いてくれていた……二人とも、これでもか! というほど優雅。さすが高貴な生まれ育ちだ。

 白い手袋したまま手を叩くあの優雅さは、付け焼き刃では無理だわ。

 そして親族席で勝ち誇っているのは、我が家の天使であるカリナ。デニスに肩車されて、片腕を掲げている。

 ちなみにもう片方の手は、落ちないようにとデニスの髪をかなり無造作に鷲掴んでいる。

 わたしの優勝のせいで、デニスの頭髪が若干ピンチ。


 他の国の選手たちから祝辞を受け ―― 残念ながら分からない言葉もあり、大佐に通訳してもらった。

 女性出場者たちからは「まさか女性優勝者が出るとは思わなかった」と言われ、男性出場者からは「皇帝の妃が出場しているから勝ちを譲らないと大変なことになるなと思い手加減したつもりだったが、気付いたら本気を出していて、それでも全く太刀打ちできなかった。勝ちを譲ろうだなんて、烏滸がましかった」と詫びられた。


「クローヴィス少佐と優勝を競っていた選手ですよ」


 烏滸がましいと言ってきた選手は銀メダル ―― ハインミュラーによるとわたしと最後まで競っていた選手だったらしい。


「そうか…………全く視界に入ってなかった」

「そんな気はしていました。クローヴィス少佐は、興味のない男はとことん目に入らない性格ですから」


 なんだよ、ハインミュラー。なんでわたしの性格、そこまで良く知ってるんだよ。


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