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【032】代表、革命を起こす

 ディートリヒ大佐と共に競技会場へ。本日は円盤投げが行われるので、応援兼監督として競技場入りする。

 監督ってなに? ―― イソラ兵長の円盤投げのフォーム改造等を行った結果、わたしがなんとなく監督的な感じになった。

 監督()とは? ―― この時代にはそもそも「監督」という言葉自体がない。

 もちろん監督という言葉はあるが、それはその言葉の意味通りで、スポーツ選手を指導する監督という意味はない。

 選手は先人に競技を教えてもらうことはあっても、それだけ。師弟関係……も、まだスポーツ界にはないね。

 そんな感じの世界でスポーツの祭典って、そりゃあ盛り上がらないよな……でしたが、ガス坊ちゃんと優秀な役人たちの頑張りで、かなり盛り上がっております。

 次々回開催国のロビー活動? とかいうのも盛ん。六年後の開催国に名乗りを上げているのはバルツァー連邦共和国。

 まだ国家として独立承認されていない気がするのですが、元アディフィン王国の大統領 ―― リトミシュル閣下が独立を宣言したら、即座に大統領を辞して鞍替えした元大統領が、そんなに笑顔でいいのか? と言いたくなるような表情で、バルツァー連邦共和国へのオリュンポス(オリンピック)誘致活動をしております。


 国家の承認については全く分からないけれど、リトミシュル閣下だから上手くやってしまわれるのでしょう。


 次々回の大会がどこで行われるのか?

 わたしのような下っ端には分からない。

 閣下は本日はロスカネフ大統領として、円盤投げを観戦なさる。閣下が大統領として観戦しているのだから、わたしも大統領夫人としてとなりにいた方がいい……のですが、


「指示を出してやるといい。なに心配する必要はない」


 と仰って下さったので、お言葉に甘えることに。


「なによりイヴがとなりにいると、競技場よりイヴのほうを向いてしまう可能性があるからな。わたしに競技を見せたいと思うのであれば、イヴは競技場にいたほうが良い」

「…………」


 その後、閣下はそのように仰った ―― そこにいたベルナルドさんは大笑いし、


「あなたも少しはご自分のことを理解したようで、良かったです」

「……」


 ディートリヒ大佐は視線を逸らした。


「イヴがとなりにいないのは寂しいが、溌剌と動き指示を出しているイヴを見られるのは嬉しい」

「申し訳ございません、年寄りの戯言めいたことで。ですが妃殿下がいるだけで、この人の世界は全く違うものになるので」

「イヴがいるのといないのとでは、天国と地獄ほどの差がある」

「昔はこの人、地獄にいても平気だったんですけどね。むしろ地獄の支配者ですらあったのに」

「ベルナルド。イヴ、途中でなにか足りないものがあったら、すぐにディートリヒに言うのだぞ。なんでも用意するから。わたしが出来る応援はそれくらいだからな」


 閣下が頑張れと言ってくれたので、頑張ることに。

 本日頑張るのはイソラ兵長だけどね!


「そろそろ時間のようだ」


 ディートリヒ大佐と共に、わたしとイソラ兵長と補欠の選手とオルソンを連れ ―― オルソンは閣下に「イヴの勇姿を撮影するように」と連行された。

 連行って……ですが、オルソンは法律の上では「共産連邦と通じていた」として外患罪が適用されるレベル ―― 本人はまったく知らなかったのですが、ちらほらと彼らに上手く使われ、共産連邦の利になる働きをした形跡がありまして。

 「いざという時のスケープゴート。それがオルソン君。外患罪が適用されるような証拠もある。これだけ証拠あったら、アーダルベルト君だって獄死させても何もいわないよ」そのように室長が言っていた。

 そんな証拠のあるオルソンなので、自由の身になることはできず、


「身の安全を図ってもらっているのは分かるので」


 本人も理由は分かっている ―― やや諦め気味な表情なのも否めないが、そんな感じで軍にいて、写真撮影を担当している。

 そのオルソンを含め五名で競技場入り。

 選手以外の人が多すぎでは? ですが、申請を出せば選手一人につき、四人までは一緒に行動することができるので、その制度を目一杯使わせてもらう。

 昔の学校のグラウンド感が漂う競技場で選手が一列に並び、競技開始の式を行ってから、円盤投げの円盤を二つ審判に確認してもらい ―― 形があまりに変だと変更するように言われるらしい。

 競技が始まる直前にかよ!

 驚いたが、ほんと直前審査。そして円盤が使えない選手は「他の選手から借りろ」と……そういう時代だから仕方ないのは分かりますが、自分の道具を他の選手に貸すのってちょっとどうなの? とは思うのだが。

 イソラ兵長が用意した円盤は無事審査を通ったが、他の国の三名の選手は円盤が規定外だった。


「……以上三名は、大会組織委員会が用意した円盤を使うように」


 でもガス坊ちゃんが円盤を用意したので、選手間の貸し借りはなくなったようだ。なぜガス坊ちゃんが用意したと分かるのかって?

 閣下の隣にいるガス坊ちゃんが「してやったぞ」って顔でコッチ見てるから。

 イワンを馬上からたたき落とした時も、あの勝ち誇った表情だった。

 実際あの時は、完勝なので勝ち誇っていいんですが。ブリタニアスの紳士ってあんなに表情豊かでいいのかな。

 わたし個人としては「さあ、褒めていいぞ!」なガス坊ちゃんの勝ち誇り系笑顔は嫌いじゃないので。

 とにかく円盤の貸し借りはなくなったので ―― あとは勝利をもぎ取るだけ!

 ちなみに出場選手は二十三名、全ての国から代表者が送り込まれ、ブリタニアスは開催地枠で複数の選手を送り込んできた。


「この記録なら勝てるぞ、イソラ兵長」


 競技は入場行進と同じ順番で行われるので、イソラ兵長は後半のほう。

 試技は三回で、円の中から投げる、わたしが知っている円盤投げとほとんど変わらなかった。

 ちょっと違うのは投擲フォーム。

 円盤を持って腕の力だけで投げている感じ。もちろん全身を使っているのだが、後ろ向きから半回転して前方に投げるだけ。だから記録は30m台に届かない。

 ディートリヒ大佐に他の国の選手について聞いたら「一日くれ」と ―― 情報を集めてくれた結果、やはり全員半回転投げだった。


 回転したほうが絶対距離伸びるよ!


 回転投法がない世界にいきなり二回転以上投法を持ち込む ―― いずれ人類は回転投法に到達する。

 それがちょっと早いかどうかの問題で……世のチートさんたちが披露する知識とは違い、これで世界が激変するということはない。

 地味というか本当に局地的な変化 ―― ということで前世の知識”投擲サークル内で回転して投げる方法”をふわっとレクチャー。

 実際はガチレクチャーでシャール宮殿の外壁に円盤をめり込ませてしまった……あんなに飛ぶなんて思わなかったんだ……自分の筋力を見誤っていた……のもそうだが、脳内にあるオリンピック選手の投擲フォームを、おそらくだが完璧に再現できているのだろう。

 わたしの回転投法を見たイソラ兵長と補欠の選手は「顎が外れるかとおもいました」と ―― 宮殿の破損ですが閣下が笑って許してくださいました。それどころか、


「庭が狭くて済まないことをした。イヴが自由に動くことができる庭を用意できないとは不甲斐ない。……なにが世界の六分の一を所有しているだ……まったく」

「あ、いえ、閣下。わたしが……」

「記録のほうが大事だ。思う存分投げるといい。形あるものはいつか壊れるのだから」


 ”形あるものはいつか壊れる”

 哲学的であり普遍を感じさせる素晴らしい一節だとは思いますが、わたしが円盤をぶつけて、宮殿の壁をぼこぼこに壊すのは違うと思うのです。

 ……ということなどもありましたが、イソラ兵長に無事フォームを伝授。驚くほど距離が伸び ―― 実力を出し切れれば間違いなく優勝。それもぶっちぎりで。

 海外派遣組と補佐武官組にサポートスタッフ一同、イソラ兵長の優勝に賭けた ―― サポートスタッフまで賭けに興じていいのか? 


 とくに問題はないらしい。


 イソラ兵長がパンパンと炭酸マグネシウムがついた手を(はた)く。余分な炭酸マグネシウムが落ち、これで手汗は万全。

 この炭酸マグネシウムも他の国では使用していない。もちろんガス坊ちゃんから許可は取っている。

 イソラ兵長は投擲サークルへ。やれる、イソラ兵長ならやれる!

 固唾を飲んで見守り ―― イソラ兵長はわたしが記憶している選手の回転で円盤を投げる。

 そのフォームに競技場は静まり返り、審判は先ほどよりも少し時間をかけてファウルかどうかを見極めファールではないという意味の白い旗があがる。

 会場全体にどよめきが起こり、立ち上がりイソラ兵長の円盤を指さす人たちが。

 測定員が走り、審判と同じく前の選手たちよりも時間をかけ、用意した測定ラインギリギリに落ちた円盤の距離を測る。


 20m台の中で燦然と輝くイソラ兵長の42.3m。

 会場が揺れるとはこういうことを言うのか! というほどの歓声が起こり ―― イソラ兵長は二回目の試技で46.1mを出し優勝した。


「おめでとう! イソラ兵長」

「ありがとうございます、クローヴィス少佐」


 やったー! と思わずハイタッチ。

 いつものことだが、わたしはそれほど高く(ハイ)ない。だって届かないから。


「そうだ! イソラ兵長。これを!」


 わたしは持ってきた鞄の中から国旗を取り出す。

 優勝選手が国旗の端を両手で持ち、勝者の走りをする……誰もしたことがないので、イソラ兵長は「えっ? えっ?」状態でしたが、「こんな感じで」と少しだけやって見せた。


「大丈夫、国旗を持って競技場を一周するのは違反じゃないから、金メダル剥奪にはならないと書面で許可をもらっているし、国旗の使用は陛下と議会と裁判所の承認を得てるから」


 どこまで許可を取ればいいのか分からないので、閣下と話し合って各方面から許可を取り付けた。


「ロスカネフの金メダリスト第一号なんだから、盛大にいこうじゃないか!」


 我が国の初めての金メダリストですよ! 初の選手がぶっちぎりって、嬉しい!


「クローヴィス少佐……一緒にいかがですか?」

「ん?」

「小官の記録はクローヴィス少佐が出してくれたものですから」

「いやいや、教えはしたが、実践できたのは……ってここでグダグダ言っていても仕方ないな。じゃあ行こう!」


 わたしの中ではウィニング・ランは当然のことだが、よく考えなくても選手も観客も知らないみたいだしな。

 これが故国なら歓声はもらえそうだが、ブリタニアスは微妙だ。

 わたしはイソラ兵長の左手を掴み、手を上げながらゆっくりと併走していると、徐々に拍手がわき起こり、歓声があがる。

 ロスカネフ人たちがいる一角からは国歌が聞こえてきた。

 カリナが笑顔で手を振ってくれている。

 わたしの妹が可愛い……わたしの弟? 居ません。せっかくの金メダリスト第一号が生まれる瞬間が見られたのに! いや元々観覧予定はありませんでしたが。

 ゆったりと一周走り終え、二人で貴賓室向きに礼をすると、更なる拍手が起こり ―― うちのイソラ兵長がやりました! 皆さんイソラ兵長にもっと歓声を。

 そうしていると閣下が下りてきて、ひらりと身を躍らせ観客席から飛び降りて競技場に。フロックコートにシルクハット、手袋をはめステッキ(宝石で飾られた双頭の鷲つき)を持った紳士が、そういうことすると目立つわー。

 当の本人である閣下はまったく気にせず、こちらへとやってきた。

 係員が「うわ……」となっているが、閣下は支配者特有の手の動きで”動くな”と制しつつ ――


「オーガストの許可は取っている。おめでとう、イソラ兵長……きっとあまり喜んでいるようには見えないであろうが、これでもかなり喜んでいるのだ」


 閣下はそういい手を差し出し、イソラ兵長と握手をした。


「クローヴィス少佐のおかげです」


 閣下はとても満足げで ―― 


『話を聞かせてくれ! クローヴィス少佐』


 閣下から少し遅れてガス坊ちゃんも、ひらりと飛び越えて競技場へ。この時代はまだ、偉い観客が競技場に下りてきてもいいくらいには、警備体制は緩いようだ。

 いいのか悪いのかは別として。

 それで、何を聞きたいのかな? ガス坊ちゃん。


『あの投げ方はクローヴィスが考案したと、クリフォード公爵から聞いたのだが』

『はい』

『そうなのか! では、あの投げ方をクローヴィス投げと命名しようではないか!』


 それは止めて、ガス坊ちゃん。

 ガス坊ちゃんが純粋な気持ちで言ってくれてるのは分かるんだけど……回転投法はわたしが考案したものじゃなくて、記憶にあるだけでね。

 自分が作り出したものは、自分の名前で責任を取りますが、これは違う人のもの……そうだ!


『クロムウェル公爵。できましたらアレクサンダー投げで』

『?』


 ちなみにこの会話は閣下が同時通訳してくださり、イソラ兵長たちにも通じております。


『わたしが提案したフォームを受け入れてくれたアレクサンダー・イソラ兵長。そして新しい投擲に許可を出してくださったオーガスト・アレクサンダー・マクミラン。新たな可能性を切り開いた二人を讃えたいので、二人共通の名を取り”アレクサンダー投げ”にしていただければ』


 ガス坊ちゃんとイソラ兵長は受け入れてくれ ―― ガス坊ちゃん何故かは知らないが感極まったそうで、その熱いパッション(本人談)のまま、勢いで国際陸上連盟というものを作り上げた……行動力凄いな、ガス坊ちゃん。



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