【027】代表、開会式を終える
青く晴れ渡る空 ―― 開会式当日は、快晴だった。
前世の記憶から開会式は夜……というイメージがあるのだが、今大会は正午に開会式が始まる。
遅めの朝食を終えてから、開会式が行われるメインスタジアムへ向かう。メインスタジアムは古帝国のコロッセオを元にした円形競技場。
トラックは舗装されておらず、地面が剥き出しの状態だが、均されているので競技にそれほど支障はないだろう。……コンクリート敷き詰められても困るしな。
わたしもメインスタジアムで競技を行うが、最終日の馬術なので、そんなに問題ないというか……多少波打っていてもやれる自信はある!
今回オリュンポスに参加した国は十八。
なんか少ないねーと思ったが、この時代、海を越えて選手を派遣できる国はそれほどない。また国の数も少なく、なによりスポーツがそれほど普及していない。
スポーツって富裕層のお楽しみか、軍の訓練に取り入れているくらいのもの。裾野などないに等しい。
というわけで参加十八カ国で参加選手が702人でも仕方ないのです。内訳ですが702人中356人はブリタニアスの選手。更に言うと、ブリタニアス本国の選手は半分弱で、あとは植民地から才能ある選手を連れてきたとか。
この植民地からきた選手たちは、結果を出せばブリタニアス本国籍が手に入るとのこと。本腰入れて大盤振る舞い ―― わたしは全く興味はないが、ブリタニアス本国籍というのは植民地籍の人たちにとっては、相当魅力的なものなのだそうだ。
わたしは閣下と結婚しているので「妃殿下が欲しいと仰りやがれば、即日手に入りやがりますよ。もちろんご家族の分も、親族全員分でも、クィンが即日手配しやがりますです」……って、アウグスト陛下が教えてくださった。
もちろんわたしから欲しいと言うつもりはない。
あんなに全力で「来るな」と拒絶されているのだから、むしろ「要らねーよ!」と返したいくらい。
「クローヴィス少佐。走り出さないでくださいよ」
そんなことを考えていると、レスリング代表選手エリクソン曹長に注意された!
「大丈夫……多分な」
入場行進の練習をして走り出してしまったので、注意されても仕方ない ―― わたしは選手団の旗手を務めるのだが、わたしは士官学校時代の癖で旗を持つと走り出してしまう。
……士官学校時代、みんなで走るのですよ。何度か走ると、大体トップを走れるヤツが固定され、そいつがポール付の旗を持って集団の先頭を走る。
旗を持っている以上、遅れは許されず、追い越された場合は追い越した相手が次の旗手を務める仕組みになっている。
わたしの学年は、最初からわたしがトップ固定で、卒業するまで一度も譲らなかった ―― わたし走るのだけは得意なので。
旗を持ち先頭を走るのは、特別給金が出る。それも一回につき四十フォルトスで、授業がある日は毎日走るので一週間五回で二百フォルトスというかなりの額。
一ヶ月間、連続で旗をもって先頭を走っているだけで、この世界なら配偶者と子供二人くらい養えるレベル。
本来は変動があるらしいのだが、わたしはぶっちぎりだったもので……その……下手な真似をして譲ることもできず……入学試験のときに、先輩をぶっちぎったツケといいますか、誤魔化しきかないレベルで走り抜けたもので……。
士官学校はいかなる理由であろうとも中途退学した場合は、かかった費用を全額返金しなくてはならない ―― 建前上は。実際は寮費(食費・光熱費・生活雑費含む)や学習用品代などは免除される……ただし「士官候補生としての給与を全額返金したら」という但し書きがつく。
これが1カフォルでも足りないと、かかった費用全額返金が課される ―― 税金で試験・勉強している重みというヤツですね。
そのため、普通の候補生は卒業まで給与には手を付けない。銀行に寝かせておくのがベスト。
だが例外がある。それが「特別待遇士官候補生」 ―― 座学や実科が優秀な生徒は、現金を直接教官からもらえるのだ。
走り込みのさいに旗手を務めトップを走り抜くのも、特待生として数えられる。士官学校内の競技大会で優秀な成績を収めた場合もこれに該当する。
ここでもらえる現金は途中退学しても返却する必要がない特別なもので……言い方は悪いが、わたしは実科で随分と小金を稼がせていただいた。
カリナと隠れ……たふりをして、カフェで食事をしたり(もちろん両親の許可はとった)デニスの好きな本を買いに行ったり、メイドに「デニスのことよろしくな!」と心付けとして渡したりと有意義に使わせてもらった。
両親? 両親は「わたしたちの分は、イヴが好きに使ってくれたらうれしい」って言って受け取ってくれないばかりか、お小遣いまで寄越してきた。
―― 若干話がズレたが、わたしは旗を持って集団の前に立つと、無意識のうちに走り出してしまう……まー鬼教官に怒鳴られながら走った記憶も一緒に蘇ってくるとは言わない……思うだけ。
あと悲しいかな、わたしが旗手になったのは、行進が乱れるから……足が長くて他の人たちとなんか合わないんだ。
士官候補生時代ヴェルナー少将に「クローヴィス、お前は腰の位置が高すぎるから外れろ」と言われて以来、行進に関しても旗手担当。オリュンポスで四人で行進できるかなーと思ったのですが、やっぱり駄目だった。
行進を監督してくれたシベリウス少佐が「ヴェルナー閣下が仰る通り、クローヴィス少佐は無理だ」と ―― くっ……一緒に行進したかったのに。
いや旗手を務めるのは苦ではないのですが、みんなと動きを合わせて行進したかったんだよ。
「クローヴィス少佐は足が長いですからな」
「腰の位置が全く違いますから」
「膝下の長さがちょっと見たことないです」
「失礼ながら少佐、その足、邪魔になりませんか?」
無い物ねだりというやつなのだろうけれど……正確に表現すると余っているわけだが。それを側で聞いているディートリヒ大佐の微笑。
ディートリヒ大佐がここにいるのは、もちろんわたしの護衛として。さすがに入場行進中は一緒にはしません ―― すぐさま移動して、わたしたちが並ぶ場所近くに居るとのことです。
「初めて聞く曲ですね」
「違う大陸だろうな」
行進曲は入場行進する国の国歌を演奏したらどうでしょうと提案したら、受け入れられた。ついでと言ってはなんだが、表彰式、国旗を掲揚するさいに優勝選手の国歌を流したらどうだろう? とガス坊ちゃんに提案したところ「急いで準備する!」と、勢い込んで用意なさったご様子。
そんなガス坊ちゃんはお偉いさんが座る席で、開会式を見ている……今大会の総責任者ですので、その席に座るのは当然だけど ―― 本当に良い感じで座ってる。
少し前に我が国の国王主催の夜会で…………あれは、なかったことにしよう。そう思えるほど、正装したガス坊ちゃんは貴人の風格をたたえている。
いや、まあ生まれながらの貴人なんですけどね!
開催国にして出場選手最多のブリタニアス選手団の行進が始まると、スタジアムは大歓声に包まれた。
軍楽隊の奏でる国歌がかき消されてしまっている。
奏でている軍楽隊には悪いが、音が消されてしまうほどの歓声が上がっているのは良いことだ。
「あっ……」
「どうした? 少佐」
側にいたディートリヒ大佐が「なにか気付いたことでもあるのか?」という口調で尋ねてきたのだが、
「いえ、何でもありません」
この段階になって「前世での入場行進、開催国は最後だった」ことを思い出しただけです。今更思い出してもなー。なぜ話し合っている時に思い出せなかったのだ。
そうこうしていると、我々ロスカネフの番に ―― 十三番目の入場行進です。きっちりと旗を持ち、
「……っ!」
思わず駆け出しそうになりましたが、最初の一歩で踏みとどまりトラックへ。歓声などさまざまな音が聞こえていたのにいきなり静まり返った。……これ「天使が通った」というヤツか!
あまりにも静まり返っているが、ここで進まないという選択肢はない! わたしは青と黒のノルディック・クロス柄の国旗を持ちながら一歩を踏み出す ―― 他の国よりも遅れて我が国の国歌が流れたのはマイナーだからだろう。
そしてその音楽をかき消すかのような歓声が聞こえてきた。
……なんかロスカネフ国歌を歌ってくれているようなのだが、言語が違う国の一団なので微妙に違って聞こえてくる。そして伝わってくる必死さ ―― なぜそんなにも必死にロスカネフ国歌を歌うのかは分かりませんが、好きに歌うといいよ。こうして行進して、開会式で正面にあたる最上段に女王陛下さまがいらっしゃる箇所の前を通るとき、敬礼する。
わたしも旗を片手に敬礼 ―― 女王陛下さまの隣に閣下がいるのです。
本日も閣下は紳士の正装を隙なく着こなしていらっしゃる。あ、ちなみに選手団は軍服です。特別なスーツを作るような金はありませんし、そもそもそんな考えを持っている人はどこにもいない ―― どの国の選手も軍服です。
閣下、見えておりますかー。わたしからははっきりと見えておりますよー。旗手、ちゃんと務まってますかー……その部分を通り過ぎると、敬礼をおろす。
はっきり見えるといえば、閣下の隣にはライフルを構えているハインミュラーがいた……なんでもわたしの警護のためらしい。物々し過ぎやしませんか? 女王陛下さまのお側に武装したそんなのなんて……などと思ったのですが、どうしたものか許可が出た。
「アントンが本気を出したら、そのくらいは簡単だ」そう仰っていたのはリトミシュル閣下で、本日は軍服ではない紳士の正装に、黒眼帯ではなく色つきの片眼鏡を装着して貴賓席にいらっしゃる。……執事の格好をしているときも思ったのですが、紳士の格好していても「あ、この人、最高司令官だ」って一目で分かるあの雰囲気は凄い。
規定の場所に並び、残りの国が入場するのを眺め ―― 開会式はそんなに派手なものではない。
なにせ選手宣誓もなければ、聖火を灯すというイベントすらない。聖火リレーなど提案したら「?」に違いない。
だってオリュンポス=聖火という概念がない ―― 若干、神々も違うのだ。
オリュンポスマーチのような音楽が演奏され、女王陛下さまの開催宣言……残念ながら音響設備がないので、離れた位置にいる我々選手団には、女王陛下さまのお声はほとんど聞こえてこないが、女王陛下さまの開催宣言後に、側にいる打楽器隊が大きな音を出し開催が宣言されたことを伝える。
そして花火が上がり、女王陛下さまたちが退場してから、選手団も退場する。
……地味だなあと思うが、このくらいでいいかなとも思う。
「あー緊張した」
無事に控えに戻ると、ボクシングの代表選手ピューサロ伍長が大きく息を吐き出し、表情を緩める。
それにつられて他の選手たちも。
もちろんわたしも頷き ―― 明日から始まる競技に全力を尽くすし、出来るサポートは全てするつもりだ。
「クローヴィス少佐のおかげで、勝てそうな気がします」
選手団の中でトップをきる、円盤投げのイソラ兵長がサムズアップする ―― ちょっと前世の知識をいきなり渡しても使いこなせないと考え、この日を迎えるまでに練習をしてきた。わたしが覚えていた知識は、内政チートなどには程遠い雑学なのだが、やはり先進の技術。そして代表に選ばれるだけの実力を持つ選手たちは、コツを掴めば結果はついてきた。あとはそれを本番で結果を出すのみ!
「結果を出さないとヴェルナー閣下に……」
そう言ったら、マラソンのカイタイネン兵長と補欠のキュロ上等兵が死にそうな顔をした。うん……分かった、これ以上は言わないから、そんな顔するな。きっとわたしの表情も似たようなものだろうけれど……頑張ろうなー。




