【025】代表、シンボルの一部を飾る
楽しいパーティーも終盤 ―― というか、シャール宮殿には新たな一団がやってくる時間になりました。
建物を挟んだ反対側の庭で、偉い人たちが集まって、会議と報告が行われるのです。夕方からの集まりということで、その時刻に相応しい衣装に着替える ―― わたしは軍服で閣下は燕尾服。
「イヴには迷惑をかけるな」
閣下はフロックコートと燕尾服がよく似合う! それ以外の格好はあまりなさらないので、分からないというのもあるのだが。
「そんなことはありません」
わたしは参加しなくてもいい……というより、参加なんて出来ないはずだったのだが、昨晩案を提案したガス坊ちゃんからの報告は聞きたいと申し出たところ、閣下が許可して下さった。
「わたしとしてはイヴと一緒にいられるので嬉しいが」
そんな会話をしホームパーティーが開かれている庭の反対側へ ―― 刈り込まれた芝に椅子が四脚にソファーが一脚置かれていたが、誰も座ってはいない。
「全員揃っているようだな」
閣下がその場にいる者たちを見回す。
「一時間も前から来ております」
アイヒベルク閣下が”くすり”と笑いながら伝えると、
「ふん、暇なことだ」
閣下はそのように仰り、組めるように腕を形作ってくださった。わたしはそこに腕を通し、
「まことに」
閣下と一緒に黒い正装の一団がうろうろとしている場所へと向かった。
わたしの護衛としてエサイアスとハインミュラーも一緒です。護衛もそうだが、偉い人たちの会議の場を知るのは良い機会だからね。
ハインミュラーは言葉は怪しいが、エサイアスはめきめきとその才能を伸ばして……アディフィン語もなかなか覚えているらしい。
お前、本当に凄いなエサイアス。
「イヴはここに」
閣下に言われてシンプルな作りながら、座り心地のいいソファーに腰を下ろす。閣下も隣に座る。
庭にはマッキンリー首相、アウグスト陛下、リトミシュル閣下にガス坊ちゃん、あとは閣下の兄である神聖皇帝と見るからに高位聖職者的な御方もいらっしゃったり……の他にも色々と偉そうな人がいるのだが、不勉強なわたしはちょっと分からず。
あとこの場に不釣り合いな少年もいるのだが……場数を踏む的な意味合いで連れてこられたのかな?
昨晩「明日までに賭け屋を作ってこい」と命じられたアドルファス氏もいる。目の下のくまが凄いです、アドルファス氏。
『アドルファス、作ったか』
『はい。こちらが書類です』
アドルファス氏が差し出した書類をクレマンティーヌ総督が受け取り、おかしな箇所はないかを確認してから閣下の元へ。
閣下は書類を「ぺらぺらぺら」と軽くみてから頷き、ソファーの足下に置かれている箱に投げ入れた。
四脚の椅子ですが、予想通りアウグスト陛下とリトミシュル閣下は座りましたが
『よし。次、クロムウェル』
『はっ!』
呼ばれたガス坊ちゃんはシンボルマーク案を手に、閣下の元へとやってきた。ガス坊ちゃんは取り次ぎが入らないレベルの家柄の子 ―― 知らなかったんだ、ガス坊ちゃんはもともとは、独立した国家の王家の末裔だなんて。
エサイアスが教えてくれたんだが、ガス坊ちゃん王妃を出した(ここで閣下とつながっている)って言ってたじゃないか。
その王妃が国最後の直系。
その国では王女は国を継げない……ということで、彼女は国を持参金として、隣国ブリタニアスの王妃となり ―― 併合したんだって。
ガス坊ちゃんはその王家の傍系。傍系といっても本家に限りなく近かったのだが、そちらも女性しかいなかったため……というわけ。
思い返せばマーリニキー・ボンバ作戦のときヒューバートさんが「お前の領地、隣だけど蒸気機関車で三日かかる」と言っていた。元王国の最大領地を所有しているらしいので、そうもなるらしい。
「イヴ、どうだ」
わたしは閣下から図案を手渡され……。
『複雑過ぎるとおもいます』
どう見ても「貴族の紋章ですよね」みたいな絵がそこには描かれていたのだが、オリュンポスのシンボルマークにしては複雑過ぎる。
そう! この世界にはオリュンポスのシンボルマークはないのだ! 大会を盛り上げるには、やはりシンボルマークがあった方がいいのではと提案し ―― ガス坊ちゃんはお抱えの画家とか、デザイナーに急いで作らせてくるから「見てくれ」と頼まれていたのだが……大貴族のお抱えだもんなあ。
『複雑か?』
ガス坊ちゃんとしては、これで良いと思って持ってきたのだろうから ――
『一目で分かるものがいいのです。できる限りシンプルなものが。聖印のごときシンプルさこそ、人々にとって覚えやすいものなのです』
この世界の聖印は前世の十字架に少し似ていて、一目で覚えることができる。
「一目で分かるのは、たしかに重要だな」
いつのまにか、図案はリトミシュル閣下の元へ。それを見ながら呟かれる。
「閣下、ちょっとパーティー会場から人を呼んできたいのですが」
「モンタニエか」
さすが閣下。わたしが呼ぼうとしている人物などお見通し……もなにも、パーティー会場にいる芸術家はセレドニオ君しかいないので。
「わたくしめが、呼んで来てやりましょう」
絶対、伝令に使われる人じゃない ―― アウグスト陛下が椅子から立ち上がり走り去った。
「アウグストが戻ってくるまでの間、イヴに一応紹介しておこう。あれはアドルファス・ハンフリー。ハンフリー銀行の四男で、モルゲンロートの親戚。この度アドルフの養子となり、名目上跡取りとなる。かえは幾らでもきく立場なので、実績を積んでいる最中だ」
閣下ー。ハンフリー銀行って、ブリタニアス最大の銀行ですよねー。経済に疎いわたしでも知ってます。
そうか、アドルフさんの養子かあ。
「優秀な方なのですね」
「…………まあ、きっと」
閣下、その空白はなに?
そしてリトミシュル閣下、翻訳しないで!
『わたしは、アドルファスが優秀なところを、まだ見たことがないからな。精々努力せよ、アドルファス』
『御意』
閣下がブリタニアス語でそのように……。
順当にいけば世界最大の財閥を受け継ぐであろうアドルファス氏だが、腰は低めだった。本当に偉い人って腰が低かったり、家柄自慢したりしないもんね。
『ということは、アドルファス氏はお金持ちなんですね』
『そうだな』
リトミシュル閣下が「げらげら」と笑いだした ―― なにがツボに入ったんだろう?
「そしてそれは神聖皇帝だ」
閣下、あれとかそれとか言うのお止めになってー。きっとわざと言っているのでしょうけれども!
「あのご挨拶は」
「皇帝など、顔見知りになると面倒だぞ、イヴ。無視するに限る」
「お前が言うか、アントン」
膝を叩きながらリトミシュル閣下が、畳みかけてくる。
「事実面倒であろう。このわたしのように」
「否定はしないが。アントンの大天使、コンスタンティンの後にいる、大きくて厳つい男が新首相だ」
アントンの大天使って誰ですか……なんてことはもう言わない。
お止めくださいと、あれほど申し上げたのに! だがここで「止めてください」などと言うわけにはいかないので、華麗に無視する。
「立派な体格なので、軍人かと思いました」
神聖帝国の新首相、身長はかなり高くて、肩幅もあって、本当に「逞しい」という言葉が似合う人物だ。
きっとわたし以外の人は、その人が神聖帝国の新首相なのは知っているのだろう。申し訳ございません、政治に疎くて。
【何用だ、ゼークト】
新首相はゼークト侯爵というらしい。閣下は爵位を排除して呼んでいましたが、リトミシュル閣下が付けて教えてくれた。
貴族だよ! やっぱり貴族ですよ! それも侯爵閣下ですよ! ここにいると、格下らしいけど、わたしからしたら雲の上レベル。
【さきの内閣の非礼を詫びに】
【ふん。朕にとってどうでもよき国だ、詫びなど要らぬ】
【それは困ります】
同時通訳がカットされておりますが、ゼークト新首相が困っているのは分かる。
【大体貴様も、シャルルの仇の息子に一族の娘をくれてやるとは何ごとだ】
【も、申し訳ございません。ですが、あの時】
【分家の当主の裁量を認めてやったら、この有様。シャルルはお前の顔を見ると、エジテージュがちらつくので顔を出したくないとのことだ。まあ貴様がいようが、いまいが、シャルルはあちらで(カリナ嬢と)歓談しているゆえ、顔は出さなかったであろうがな】
同時通訳は不通となっておりますが、神聖皇帝が閣下に責められているのは分かります……閣下は乱れがないのですが、神聖皇帝側が焦っているので。
ちなみにエサイアスの方を見て「分かるか」と視線を送ったら軽く首を振って否定された ―― 後で聞いたところによると「上流階級のアディフィン語だから分からなかった」とのこと。
なんか、使う単語が違うらしい。
【貴様と何度も会うつもりはないゆえ、謝罪は受けてやる。だが妃への紹介は後日だ。異論はないな。まあレオポルトに電話をして悪口を言い合ってもよいのだぞ。通じるうちにあれも受話器を取ればよいのだがな】
閣下と神聖皇帝兄がどうなったのかは、会話からはまったく推察できず。それどころか、周囲の紳士たちの表情が(アディフィン語を知らないガス坊ちゃんはのぞく)が一気に強ばったので、冷戦続行か? と思いましたが ―― 和解は成立したと、あとでリトミシュル閣下が教えてくださいました。
それとよく分からないのですが「アブスブルゴル帝国のレオポルトは電話は絶対使わないんだぜ」という豆知識を授けてくださいましたが、わたしはレオポルト五世に電話などしませんし、手紙を送るような間柄でもないので。
なにか分からない殺伐とした空気が漂う庭 ―― 遠くから途切れ途切れに聞こえてくる、ホームパーティー会場で奏でられている音楽が、更にこの場の空気を冷たく重いものにする。
「全員連れてきましたぞ」
そんな中アウグスト陛下はセレドニオ君他、蒸気機関車小隊全員を連れてきた ―― もちろん我が家のデニスも入っております。
アウグスト陛下、うちのデニスは図案には何ら関係ないと申しますか。そんなアウグスト陛下の通訳のもと、前衛彫刻家セレドニオ君にガス坊ちゃんが持ってきた案を見せ「シンプルなシンボルを」と注文したところ、
〔バイエラント大公陛下。妃殿下をじっくりと見てもよろしいでしょうか?〕
〔どうした?〕
〔妃殿下は芸術家にインスピレーションを与えてくれるのです〕
〔そうか。まあ許してやろう〕「イヴ、少しのあいだ、モンタニエに見つめられてやってくれ。イヴを見ていると最良の案が思い浮かぶのだそうだ」
「? あ、はい」
なぜかわたしがモデル? らしきものに。
しばらく背筋を伸ばして足を開き、軍人らしく座っていると、セレドニオ君がスケッチブックを捲り、パステルをとりだし、ものの二分もしないうちに「五輪マーク」を描き上げた。
輪の色も一つ一つ違い ―― わたしの前世と同じ色かどうかは、はっきりと覚えていないので断言はできないが、似たような色使いだと思う。
ちょっと違うのは、五輪の上のほうに小さな花がいくつも描かれていること。
〔妃殿下の花、エーデルワイスをぶっこんでみました!〕
〔よろしい〕
花はエーデルワイスで、わたしが考案したので、それを残すべきだと思ったとのこと。いや要らないけど……と思ったのですが、
『いいではないか! シンプルで分かり易いし、クリフォード妃が関わって下さったこともはっきりと分かる。お前、良い芸術家だな!』
ガス坊ちゃんが「これにする!」と ――
『クロムウェル。モンタニエにデザイン料を支払ってやれ』
『はい! クリフォード殿下』
元気よさげに返事をしている。
うわー! わたしの意味でエーデルワイスが飾られてしまう! だが、それはなんか避けたい! いや、ここは巻き添えを!
『それでしたら、下の方に開催国の国花を図案化して入れるのはいかがでしょうか? メイン会場などにも、この輪を立体的に作った下に生花で飾れますし』
ガス坊ちゃんの目がまたキラキラして ―― 取り入れることになりました。良かったー。
〔モンタニエ、それを大型立体化せよ〕
〔大会初日までに輪を設置するのは難しいかと〕
〔蒸気機関車車両工場に連れていってやる。好きな車輪を選べ。色を塗るだけならばすぐであろう〕
「明日には完成品を持ってくるから、楽しみにしていてくれイヴ。今日はご両親や親戚と楽しく過ごしてくれ」
どうやら五輪マークは蒸気機関車車両の車輪で代用されるようです ―― 閣下はテンションがうなぎ登りで、暴発寸前な蒸気機関車小隊を連れて(デニス含む)、工場へと向かわれました。




