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【023】代表、素直に気持ちを伝える

 世の中では「いざという時は女性の方が胆力がある」などと言われたりするわけですが ―― ひっくり返ったスターリング公爵とは違い、夫人は持ちこたえました。

 ただし、それが良いのか悪いのかは分かりません。


『ワイズ卿が良人(おっと)を陥れるために、仕組んだことよ』


 このままセイヤーズ一世という国宝を盗んだ濡れ衣を着せられては困ると、スターリング夫人は口を開いたのですが、その発言していいものなのか?

 追い詰められた人間が何を口走るか分かったものではないのは分かりますが……この場でその発言はいかがな物か?

 女王陛下さまからセイヤーズ一世の鑑定を依頼され、先ほどスターリング夫妻の身辺調査を行っていた憲兵に、鑑定士を喚んでくるよう命じていたワイズ司令官は、


『名誉毀損も甚だしい!』


 スターリング夫人に言い返した。

 この辺りはしっかりと言い返さないとねー。


『わたしは盗んでなどいないわ! それはわたしが一番よく知っています』


 あ、うん。冤罪被せられた人の定番の台詞だけど……同じことをしようとしていた、お前が言うか?

 言っちゃってるけど。


『盗人の発言など信用できるか』

『なんですって! わたしが盗んでいないと言っているのよ!』


 会場にいる人たちが遠巻きに、互いの表情を窺っている。勘のいい人は何となく察しているようで、変な視線をわたしに向けてくるが、こっち見んな! スターリング夫人がおかしな真似をしなかったら、こんな騒ぎにはならなかったんだぞ!

 ん? やたら顔色の悪い中年女性が……あのエメラルドの線状細工(カンティーユ)のネックレスは、ブローチとお揃いだ。

 はいはい、あの人がアーチャー家のご夫人ですか。

 家宝を奪われて可哀想だとは思いますが、こっちも濡れ衣の瀬戸際だったもので、優しくする気にはなれない。

 ワイズ司令官とスターリング夫人が言い争っている間に、身体検査をした憲兵がスターリング公爵に気付け薬を嗅がせて目を強引に覚まさせ、立ち上がらせた。

 目覚めてすぐは足下がよろついていたスターリング公爵だが、眩しいシャンデリアと夫人の怒鳴り声にすぐに意識がクリアになったようで。


『警備を自由にできるワイズ卿なら、簡単なことでしょう!』

『身分を笠に着て、こちらに無理難題を押しつけてくる、あなたでもあるまいし』


 意外と女性相手でも、しっかりと言い返されるんですね、ワイズ司令官閣下。

 初対面が謝罪会見だったので、そんなにはっきり発言される方だとは……。


グレアム(ワイズ)に陥れられる心当たりでもあるのか? スターリング』


 閣下は夫人を無視し、意識を取り戻したスターリング公爵に声を掛けられた。いつもと変わらぬ抑揚のない静かな声なのですが……愉快そう。単純に楽しい! って感じじゃなくて、獲物を追い込む的な雰囲気。


『……』

『同じ政党に属しているのだから、政治方針の対立はないであろうし。ああ、植民地政策に対する違いか。それは同じ政党に属しながら大きな食い違いだな』


 閣下が語尾に僅かながらはっきりと嘲笑を ―― スターリング公爵は肩を震わせて俯いて力なく答える。


『いえ、そのようなことは』

『分かっている。おまえがワイズを陥れるのは分かるが、ワイズはおまえをこんな方法で陥れたりはせぬよ。ワイズは根っからの軍人だ。大貴族(・・・)であるおまえを陥れるのに、こんな貴族的な策は取らぬわ。軍人には軍人の策というものがあるのだよ、予備役すら経験したことのないおまえには分からぬであろうがな』

『一兵も指揮をしたことがないとは』

『おやおや、グレイク(スターリング)リン(公爵)家というのは、武門だったのでは』

『無駄に代を重ねただけのようだ』

『そうでもなかったはずだぞ、アウグスト。たしかスターリングのいとこが、ワイズと司令官の座を争って負けたはずだ』

『本当に争っていたのかどうか。公爵を親戚に持っていながら、出世レースで敗北するとは、余程の無能か人望がないか。若しくはその両方』

『頼みの綱がこれではな。むしろ足を引っ張る』


 アウグスト陛下とリトミシュル閣下も、これ以上ないほど楽しい! って表情で、二人でお話している! ちょっと声がデカイけど! 完全に周囲に聞かせるつもりで喋っておりますけれど! スターリング公爵夫妻、ぷるぷるしてるけど! ワイズ司令官には言い返したスターリング夫人ですが、アウグスト陛下とリトミシュル閣下にはなにも言い返せない様子。

 言い返せば良いというものではないので、その判断は正しいと思いますが。でももう手遅れのような……。


『ふむ……飽きたから帰る。それではな、グロリア。さあ、イヴ帰ろうか』

『わたしよりも先に帰るなんて、おまえはどれほど偉いのかしら』


 女王陛下さまのご表情は咎めている感はまったくない。

 そうはいっても、わたし如きに感情を読まれる御方ではないだろうから、内心は分からない。


『さあ? ここにいてもいいが』

『赤子のころから変わらない物言いのおまえが可愛くて仕方がないわ。でももっと大人になりなさい。そうでなくては、妃に愛想尽かされるわよ』

『……』


 生まれたときを知っている女王陛下さまには、さすがの閣下も敵わないようである。

 わたしは女王陛下さまに礼を取り、会場を後にする。幅と距離が無駄にある廊下に出ると、閣下はわたしの腰に手をまわし、


「本当につまらぬ」


 そのように仰ったのだが、本当につまらなかったのが伝わってきた。


「ぶっ……」

「まったく頭の回転が鈍い男だ。もっと狡猾でスリリングな場面を作れるかと思ったのだが、愚鈍が過ぎて期待外れだった」

「とは?」

「イヴに弁舌で勝つところを見せたかったのだ。わたしと話せるブリタニアス貴族となれば、セイヤーズ一世に近づける貴族くらいしかいないからな。フィリップならばもう少し楽しませてくれたかも知れないが」


 フィリップってガス坊ちゃんの祖父のことかな?


「ふむ、それだ」


 相変わらず閣下は特殊能力でも持ってるのかというレベルで、わたしの内心を当ててくる。さすが閣下。


「あの、ディートリヒ大佐は」

「明日には戻ってくるから心配しなくていいよ……ああ、イヴが心配しているのは、女スリか。あれは逞しい女だから、心配する必要はない。イヴが嫌がるのを知っているから、殺しはしないよ。罪を負わされそうになったというのに、イヴは優しいな」


 護衛のエサイアスとハインミュラー、クレマンティーヌ総督の一団にアイヒベルク閣下がわたしたちと共に退出したのですが ―― 事情を知っているハインミュラーの顔色が悪い。生来あまりよくないのだが、今は本当に悪い。


「優しいといいますか」

「あれは強かな女だ。スターリングに無理強いされたのではなく、自分からスターリングに近づいていった。望んでスターリングの部下になったのだから、共に罪を背負わねばなるまい」

「あ……」


 権力のない庶民が使われると、まずは「無理強いされたのでは」と考えてしまうが、そうではない場合もあるのですね。

 そうですか、自ら望んで。

 スリの腕も大したことなさそうな上に、仕える主人を見誤るとか……。強く生きろよ! ボニー。


「つまらない夜会に時間を費やさせて、済まなかった」

「そんなことはございません。クレマンティーヌ総督とその部下の皆さまとお話できましたし」

「これたちとの会話など、夜会でなくともできるが、そう言ってもらえたのならば」


 アイヒベルク閣下がクレマンティーヌ総督に通訳してお伝えしてくださると、


<うおぉぉ!>

<ひゃっはああ!>


 宮殿であげちゃいけない部類の歓声が! 天井が高いので、すっごい声が響く。


<静かに>


 閣下が軽く溜息をはいてから、静かに命じると全員静かになった。

 こうしてわたしたちは予定よりかなり早くに帰途に就く。本日わたしが戻ったのは、当然ながらシャール宮殿。


「わたしは後片付けをしてくる。ウルライヒ、ハインミュラーの両名、イヴのことは任せたぞ」


 閣下は「公爵に売られた喧嘩を宣戦布告とみなし、会戦にして返す」と……あの、閣下。多分ですが、スターリング公爵夫妻にそんな考えはなかったと思います。

 きっと自分の策が何の問題もなく上手く行き、わたしに恥をかかせることに成功する ―― そういう未来しか描けてなかったかと。


「もっとも護衛はそれ(・・)一人で充分だ」


 寝室にはオディロンが待機。


「酒を飲みながら、話に花を咲かせるといい」


 そのように仰り部屋を出ようとしたので、わたしはガツガツとヒールを鳴らしながら閣下に近づき、


「あの……」

「イヴの素肌に触れながら共寝したいが、いまだイヴのことを引きずっている男に、見せつけるような真似はしたくはない。ましてや、それがイヴにとっては大事な友人ならばな」


 閣下が頬に口づける。


「やせ我慢していることは否定しないが、イヴには楽しく過ごして欲しいのだ」

「ありがとうございます、閣下」

「とくに本日の夜会は塵だったからな」


 閣下が辛辣だー! でも好き。


「あの、閣下。閣下のお優しさに甘えさせていただきますが……閣下が女王陛下以外の女性とお酒を飲んで会話を楽しまれるのは嫌です……」


 自分はエサイアスといてもいなくても構わないハインミュラーと酒飲んで、グダグダ話すことを許してもらっておきながら、閣下が同じことをしていると嫌という、この我が儘!


「分かってはいたが、言ってもらえると嬉しいものだな。うん、絶対にそんなことはしないよイヴ。もしもわたしが女性と二人きりだったという噂が立ったら……」


 閣下はそこで一旦言葉を切り、耳元に口を近づけ、


「今回ブリタニアスにいるときに、そのような噂が立ったら、その相手はレニューシャ(レオニード)だ。あれはあの体格でありながら、女装も上手い」

「ぶぼっ!」


 教えていただけて安心したのに、不安になる謎の一言を。

 ちっ! レオニード、おまえ女装もできるのか! 狗ってなんでもできるんだな!

 そして閣下をお見送りして、ドレスを脱ぎ化粧を取り、色気の欠片すらない濃紺のパジャマに着替えて、エサイアスたちの所へ戻り ――


[そんなことがあったのか]


 ハインミュラーからバルコニーでの出来事を聞いたエサイアスが、表現しがたい困惑と笑いが入り交じったような表情を浮かべていた。


[うん。まー嫌われているとは思っていたけれど……もう少しどうにかならなかったのかと]


 古帝国語で話しているのは、警護しているオディロンにも内容が伝わったほうがいいのではとエサイアスが考えたのだそうだ。

 エサイアス、そういう細かい心遣い得意だもんな。


[まともな思考回路を持っていたら、そんなことしないだろうけれど]

[ですよね]


 だらだらと色々なことを話し ―― こうして喧嘩を売りきれなかったわたしでした。喧嘩売るのって難しい。

 公爵夫人がその後どうなったのか? 普段でしたら分からないで終わりなのですが、今回ばかりはそうもいかず。朝、寝室に運ばれてきた新聞各社の一面は、スターリング公爵夫人がセイヤーズ一世を盗み……更にそれを閣下が盗んだように見せかけようとし、ブリタニアス王族の名誉を傷つけようとしたと書き立てていた。

 その理由なのだが、スターリング公爵が「植民地の美しい男性を無断で連れてきて、邸においている」のが原因だと。なぜそれが原因なのかと、


「旅券を発行せずに国内に連れてこられた異国籍の人間は、ブリタニアスでは奴隷に分類されます。現在のブリタニアス法では奴隷を所持することは禁止されておりますので、これは重大な違反です。奴隷を所有したい人にとって、奴隷解放戦争を認められた閣下は目の上の瘤ですので、このような形で貶めようとした……というシナリオです」


 帰宅したディートリヒ大佐に「お疲れの所申し訳ないのですが」と尋ねたら……そうか、正規の手続きを経ずに邸においていたのか。それは駄目だわー。

 正式な契約を結べば連れて来られるんだから、ちゃんとしろよ!


 あとシナリオという台詞は聞かなかったことにする。


 エサイアスとハインミュラーの「うわあ」という顔も見なかったことにする。


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