【017】代表、最後には照れる
ブリタニアス君主国に、共産連邦の中将レオニードと、ロスカネフ王国においてきたはずのオディロンがいきなり現れた!
その二人と対峙するディートリヒ大佐。
三人とも完全に臨戦態勢……レオニードとディートリヒ大佐はオディロンから一撃食らう前からやり合っていた感じなので、臨戦態勢ではなくて既に開戦しているのですが。
「……」
「……」
「……」
霧の中、三者三様。わたしは、どうしたらいいんだー! これはもう、全員殴り飛ばして! ……いや、無理だ。一対一でオディロンに勝てる気がしない。
もちろん、負けはしないが! そしてレオニード。ムカつく美形だが、強いと聞いている。
まーレオニードとは、直接ガチでやり合ったことはないので、噂だけの可能性も否定できないが、こいつの場合は噂だけじゃない気配がするので、試しにやり合うなんてことはしない。
そのレオニードとやり合っていたであろうディートリヒ大佐が弱いはずもなく。
騒ぎを鎮める方法がまったく思い浮かばない! ……などとわたしはパニックになりましたが、
「まったく、お前たちは」
閣下が現れ、地面をステッキで叩いただけで ―― 全員綺麗に膝をついて頭を下げたことで、騒ぎは速やかに沈静化いたしました。
「イヴ、そんな無防備な格好で外へ出てはいけないよ」
閣下はそのように言い、上着を脱いで肩にかけてくださった。
「あ、はい、済みません……」
「イヴの柔肌を人目に晒すのは嫌なのだ。わたしの我が儘を聞いてくれるかな? イヴ」
筋肉で覆っているので柔肌って感じではないのですが、シャツとパンツ姿で外に出るのは貴婦人以前の問題だよねーと、急ぎ脱衣所へと引き返した。
脱衣所にはたしかパジャマがあったはず!
まずはそれを着てから、服を置いている部屋へと移動して……と脱衣所に。あれ? 人の気配がするなー? 誰かいるの! 賊? 賊なの? と思っていると、脱衣所から顔を出したのはベルナルドさん。
「お待ちしておりました」
お待ちって?
「騒ぎがどのように片付くのか気になるのではと思いまして、臨席できるよう服を用意させていただきました。もちろん無視してお休みになってもよろしいですよ」
ジャケットに白いシャツ、マキシ丈のタイトスカートに絹のストッキングとヒールという、簡単に着られる女性用のスーツを用意してくれていた。
「わざわざありがとうございます、ベルナルドさん」
「ではわたしは外で待っておりますので」
そのまま寝ても大丈夫なのは分かっておりますが、レオニードとかレオニードとか! オディロンはアレですけれど、レオニードよりは危険度は低い気がするんですよね。
レオニードが危険過ぎるという気もしますが。
閣下の御前なので、大人しくする……オディロンは大人しくなる筈ですけれど、レオニードはさあ!
わたしがいたところで、何ができるかは分かりませんが!
「こちらもどうぞ」
着替えを終えて脱衣所から出ると、ベルナルドさんが剣と拳銃を差し出してくれた。もちろんどちらも下げることができるホルスターつきで。
「ありがとうございます」
隠す必要はないので見えるところにがっつり装備。
……オディロンとやり合う場合は、剣や拳銃を抜く余裕はないので、素手で勝負。ということはレオニードもか?
「御案内いたします」
装備を調えると、ベルナルドさんは閣下たちがいる部屋へ案内してくれた。
部屋の入り口にプレートなどはついていないので、普段は何に使われている部屋なのかは分からないが、結構広めでシャンデリアが吊されて壁の一面が鏡を覆われているところをみると、自宅で舞踏会を開く際の会場なのだろう。そんな広い部屋で椅子に座っているのは閣下だけ。
白と黒のタイルが交互に貼られている床に跪いているのは、仕立ての良いスーツを着ている黒髪をしっかりとなでつけているレオニードと、灰色の髪をレオニードと同じく、しっかりとなでつけているディートリヒ大佐。そして短い髪をオールバックにしていない、修道士の格好をしているオディロン……と、あと一人。整髪料のつけすぎかと思われるが、濡れているかのような照りを持つダークブラウンの髪を、隙なく固めている人物。髪には少し白いものが混じっているので、頭を下げている四人の中ではもっとも年嵩……じゃないかな? 若白髪という可能性も! でもきっと年上なはず!
他の三人よりも深く頭を下げているが、格好は一番豪華なのだ。
デザインから軍服と分かる濃紺の服に金色の肩章と飾緒、幅の広い水色の布をたすき掛け……きっと綬ですね。なんか徽章もちらほら見えますし。これほど勲章とか受けているとなると、三十五歳は越えていると……貴族の場合は若くても……ああ! 分からない! 本当に誰なんだろう?
「着替えてきたか、イヴ。ベルナルド」
閣下は椅子から立ち上がり出迎え、ハグまでしてくれた。その間に呼ばれたベルナルドさんが閣下の隣に椅子の用意を。
「ここに座って、喜劇を見ているつもりでゆったりと眺めていてほしい。ベルナルド、通訳」
「畏まりました」
こんな感じで、閣下曰くの劇が始まりました。閣下は喜劇と仰いましたが、きっと喜劇ではないよねー。
{レニューシャ、お前は何をしに来たのだ}
閣下に声をかけられたレオニードは顔を上げ……相変わらず、顔はいいよなお前。もちろんスタイルも良いし声もいいよ! ムカつくけど! いや、決してわたしよりも顔がいいので嫉妬とかいうのではなく、なんかこう……ムカつくのだ!
{ニジンスキー一味を回収しに、馳せ参じました}
軽薄そうな口元に微笑をたたえ、ますます軽薄さに磨きがかかっているぞ! レオニード。
{フェリクスは妻にくれてやったから、返せぬぞ。妻のフェリクスに対する執着心は相当なものだ}
{ご心配は無用です、皇太子。フェリクスの妻くらい、わたくしめが簡単に堕とします}
{簡単にか}
{ええ。数多実績がありますので。皇太子もご存じでしょう}
少し遅れてベルナルドさんの訳を聞き、何とも言えない気持ち……いや、腹立たしさを! その実績って我が国のヴィクトリア元女王のことも入ってるんだよな!
数多って! 数多ってお前という男は!
{そこまで言うのであれば、お前の好きにさせてやろうではないか。ときにセリョージェニカは元気か}
{同志ヤンヴァリョフは元気に、そして精力的に書記長としての活動を行っております}
書記長の精力的な活動って、それ粛清ってやつだよな。
{そうか。ときにレニューシャ、領土拡大の好機を教えてやるといったらどうする?}
{無料で教えてくださるのでしたら}
{あいかわらず、お前は図々しい}
{お褒めに与り光栄にございます。この図々しさが皇太子・アントンに気に入られた長所ですので、自分で更に伸ばしております}
自信満々なあの顔面にパンチを思いっきり食らわせてやりたい!
壁までぶっ飛ばしたい気持ちで一杯です! 顔を殴って壁までぶっ飛ばすのは無理ですけれど。飛ばそうとおもったら胴体しかありませんけれど。
{それも良かろう。それで、共産連邦に対しては無料で教えてやるが、お前自身はどうなのだわたしの狗よ}
隣に座っている閣下が、手に持っているステッキを床に「カーン!」と打ちつけると、薄ら笑いを浮かべていたレオニードの顔が真顔に。
うわーお前格好いいな。
いっつもその顔でいろよ! 薄ら笑い浮かべるなよ! でもわたし、お前の口元嫌いだけど。
{お望みのままに}
{リーンハルト、狗を連れていけ}
閣下がステッキを持っていない手で払いのけるような仕草を取ると、少し離れたところに立たれていたアイヒベルク閣下が現れ、レオニードとともに退出した。
{サーシャ}
次に声を掛けられたのはディートリヒ大佐。
「サーシャ」と呼ばれ肩を少しだけ振るわせたが、
{はっ!}
きっちりと返事を返しました。
{わたしの狗のことは好きにして構わぬ。ルオノヴァーラの誤解も解けたから、ディートリヒは別の任務に向かったとしても良いが、どうする?}
{わたくしめはオリュンポス選手団の引率責任者ですので、その任の途中で抜けるわけにはいきませぬ}
そうですね。途中放棄したら、あとでキース大将に右肩が……。
{ならばそれに相応しい態度を取れ}
{申し訳ございませんでした}
「よい。それでは持ち場に戻れ、ギュンター」
「御意にございます」
閣下の言葉を受けてディートリヒ大佐は立ち上がり、先ほどまでアイヒベルク閣下がいた場所へ。
オディロンに対しては、聖典の一節を用いて含蓄のあるお導き(わたしには理解不能)をなさり、
[司祭ド・パレにパンと葡萄酒を用意させた。祈りを捧げて食すがよい]
飯食ってこい、で終わった。
きっと聖職者を諭すには、もっとも良い方法なのだろう。
閣下が手を叩かれると、レオニードと共に退出していたアイヒベルク閣下がいらっしゃり、オディロンを連れて再びどこかへ。
そしてふと思った。
ここ、閣下の持ち家じゃなくて、赤の他人のお屋敷なんですが、こんな好き勝手して、いいのでしょうかね?
『さて、ワイズ』
閣下が最後に声を掛けられたのは、わたしの知らない人……ではなかった。
閣下の御前で跪ける軍人でワイズ ―― グレアム・ワイズ総司令官閣下なんじゃないかなー。
補佐武官として赴任する際に、ブリタニアスの主要面子の顔と名前は一応勉強したので ―― カラー写真がないので、正確な髪色とか分からないので、ぴんとこなかったが、よくよく見れば司令官の階級章……分からん!
階級章がよく見えないのだ。
総司令官が頭をさげる場面って、そうそうないから、階級章が上手く見えなくても仕方ないと思うの。
『密入国者はいなかった。それでよいな、ワイズ』
『お心のままに』
密入国がなかったことに! オディロンが治外法権なのは分かりますが、レオニードもその扱いで大丈夫なのでしょうか?
「心配しなくていいぞ、イヴよ」
「あ、はい」
「狗を殴りたいのであれば、殴ってもいいぞ。イヴが怪我をしなければ、どれほどぼこぼこにしても構わぬ」
「あ、いえ。思いはしましたが、また今度にとっておきます」
お話を中断させてしまって済みません、閣下。
ワイズ卿がずっと頭を下げているのが気になるのですが……。
『顔を上げろ、ワイズ』
閣下のお言葉にワイズ卿は面を上げた。
うん! 口ひげを蓄え、左頬に刀傷があるので、間違いなくワイズ卿だ!
閣下は微笑んで立ち上がり、わたしの椅子の肘掛けに軽く腰掛けて、わたしの肩を抱き、もう片方の手でわたしの手を握り ――
『朕はウォッシュバーンとアルドリッジに売られた喧嘩を買った。オリュンポスは朕の妃の舞台ゆえ、ブリタニアス軍が万全を期することを許してやるが、その後どうなるか? 分かっているであろうな、グレアム』
閣下はそう仰り、わたしの髪に何度もキスをなさる。
人前で恥ずかしいなーと……思うような余裕はなかった。ワイズ総司令官の顔色が! 生きている人間の顔色に見えないレベルで青ざめた。
『グレアム』
『はっ……』
『朕は貴様の才を認めてはおる。だが別になくすのが惜しいほどではない』
閣下、めっちゃ怖い!
『存じております』
『貴様の首に価値はないことも覚えておけ、グレアム』
『御意にございます』
『ときにグレアムよ。朕の腕の中にいる美神が朕の妃だ。名はイヴ。容貌に相応しき名であろう。これぞ美というものだ、グレアムよ』
ベルナルドさん、そこ訳さなくていいです! 閣下、なにを仰っていらっしゃるのー! 恥ずかしいですよー!




