【014】代表、講和条約が行われる邸に到着する
参考文献:意外な組み合わせが楽しいご当地レシピ355 世界のサンドイッチ図鑑
以前室長がブリタニアスに行ったと自己申告……本当に旅行したのか、本当にそれは旅行だったのか? については詳しく追求しないが、室長はブリタニアスの食事は口に合わなかったと言っていた。
駐在武官補佐としてブリタニアスに向かう途中、ディートリヒ大佐からも「ブリタニアス料理は、美食とは程遠いな」 ―― そのように言われていたこともあり、オリュンポス選手団の食事について、この時代としてはかなり我が儘を言って、料理人や食材を揃えてもらったのです。
そんな前評判のブリタニアスに到着してからとった食事は、シンプルイズベストを地で行く「牛肉に塩胡椒をかけて焼く」「食パンにバターを塗ってチーズを乗せる」「とりあえずエール」で美味しくいただけていた。
湖畔のフライドポテトを食パンで挟んだのは、結構な驚きだったが、前世には焼きそばパンとかコロッケパンとかポテトサラダサンドなど、炭水化物に炭水化物を挟む商品はあった、そして美味しかった。たまたまフライドポテトサンドイッチがなかっただけ! ……とか思っていたのですが、今わたしの目の前にあるサンドイッチはそれを軽く越えてきた。
現在のわたしの状況ですが、ハッシュドビーフとウェルダンステーキとビスケットという夕食を閣下と二人きりでとり「食後のご歓談をお楽しみ下さい」と牧場主に案内され談話室へ。
普段、談話室として使っているのかどうかは分からないけれど、ハーブガーデンに面した大きな窓があり、部屋にはブラッド青年がいて、紅茶の用意をしていた。もちろん紅茶だけではなく、お茶請けも。きっとお茶請けだと思う……パンだから。
うん、パンなんだ。
パンなのですよ、三枚重ねの食パンがサンドイッチ風の三角形に切られて、飾られているのです。
一塊が食パン三枚で構成されている。
…………?
「このサンドイッチの具材は?」
「トーストです」
「…………」
衝撃のトーストをサンドイッチした食パン。その名もトーストサンドイッチ!
「薄い食パンを焼いて冷まし」
冷ましちゃうんだ!
「食パン二枚にバターを塗り、塩胡椒を振って冷ましたトーストを挟んだものです」
ブラッド青年が普通に話をしている。
ポテトとパンならまだ分かる、炭水化物同士だがナス科とイネ科という違いがある。実際食べるとき、そこまで考えないけれど。
だがいま目の前にあるのは、白パンを白パンで挟んだ代物 ―― なぜパンを同じパンで挟んだ?
「他の国にはない料理ですので、是非楽しんでください」
ブラッド青年に悪気は一切ないし、ブリタニアスの郷土料理を楽しんでもらおうという気持ちを強く感じる。お気遣い、ありがとう!
郷に入っては郷に従えという教え通り、ありがたくブリタニアスだけの料理をいただかせていただく……おそらくだが、室長やディートリヒ大佐のあの言葉は、食事が不味いというより、感性が違うというのが原因のような気がする。
多少の違いなら「異国風情」でなんとかなるけど、差違がなさすぎて違和感大ってすごい。
もちろん、ありがたくいただきますけれどね!
紅茶と三段重ねのパンを食べながら、閣下とお話を。
日中湖畔で話をしたのに、まだ話すことあるのか?
これがまあ、たくさんあるのですよ!
「今回の事件の発端だが、イヴが平民というのがな」
「なんとなく分かります」
貴族というのは生まれを重視する ―― 閣下と結婚しても、平民は平民。もちろん閣下と一緒にいるときは、閣下の妻ということで貴族扱いですが、わたし単独の場合は平民なので、門前払いしようがなにをしようがいい、と貴族側は考えている。
貴族とはそういうもので、王族も似たようなもの……らしい。
庶民は皇帝と結婚しても庶民というのが、彼らの考え。ただ貴族の考えがそうでも、閣下のお考えがそうではない ―― 齟齬が生じているわけです。
「わたしはあまりブリタニアスに対しアクションを取ったことがなかったのでな。今回のことを踏まえて、きっちりとブリタニアスを躾けておく」
「貴族個人ではなくて、ブリタニアス君主国へ……ですか?」
「そうだ。どれほど偉かろうが、容赦はしないことを教えてやらないと。それに子爵や伯爵とわたしがことを構えたら、弱い者虐殺になってしまう……しないとは言わぬが」
「……」
「イヴ、そんな顔をしないでくれ……クローヴィス卿に自信満々に”イヴに羽音は聞かせん”と言ったが、守れていなくて……内緒にしておいてくれるか」
閣下は飲み終えたカップをソーサーに置かれた。
「気になさることありませんよ」
「…………」
「閣下が気になるのですね」
「そうだ」
思わずくすりと笑ってしまうと、閣下が少し微笑んで頷かれる。わたしが何を考えているのかなんて、閣下にはお見通しなのだろう。そしてそれに甘えているのも分かっている。
「閣下に愛されているのだなとおもいまして」
恥ずかしいが思い切って言葉にしてみた。いつも閣下任せではいけないからね。
「ああ、愛しているよ、イヴ」
とても嬉しいのだが照れてしまう……自分がとっても面倒くさい人間のような気が!
「可愛らしいな、イヴは」
「閣下……」
立ち上がった閣下が近づいてきて、覆い被さるようにキスを ―― 抱きついて長めのキスをしてから、閣下と一緒に寝室へ。
トーストサンドイッチの味? ああ、トーストサンドイッチだったよ。
翌朝 ―― フル・イングリッシュ・ブレイクファストが出てきた。もちろん名称は違うし、
「ここ三十年ほどの歴史の浅い料理だ」
伝統ある料理でもなかった。
さてフル・イングリッシュ・ブレイクファストの中でもっとも重要な一品、ベイクドビーンズ。こいつは豆をトマトで煮たもの。
そうトマト。閣下があまりお好きではないトマト。
「大丈夫だ、イヴ。イヴと一緒ならば、わたしに好き嫌いなどない。心配してくれてありがとう」
お嫌いで残すのなら奪おう! などと思っていたのだが、大丈夫なら……よく考えたら残してもべつに問題はなかった。
朝食をとり休憩を取ってから、牧場の人たちにお礼を言い、わたしたちは次の宿泊ポイントへ向けて出立した。
「次は問題ないが、邸の前に閣僚共が列をなしている可能性がある」
「可能性ではなく絶対ですよ」
ベルナルドさんは絶対だと ―― 駈歩で馬を進め、先日と同じように昼前に到着。本来はベリソージュ邸からこの邸の予定。
変更になり途中にあるギブス牧場に泊まったことで、午前中のうちに移動が終わってしまう。
……あ、いた! 黒塗りの馬車がずらっと並んでいる! ベルナルドさんの言った通りだ!
道が緩やかなカーブを描いているので、奥の馬車までよく見える……黒塗りの馬車が十五台に騎兵が二十。
馬車に乗ってきたらしい人たちは、全員下車して道路に膝をついている状態。
艶のある深い黒のフロックコートにシルクハットを被っている紳士たちが、道路で膝をつき頭を下げているとか、尋常じゃない状況ですよ。
そして護衛のはずの騎手も下馬して、手綱を持ったまま深い礼をしている。
「気にすることはない、イヴ」
「妃殿下に声を掛けてくるような者はおりませんので」
うわああ……という気持ちを隠せないまま、邸の敷地へと入り ―― 出迎えてくれたのは恰幅の良い中年女性だった。
メイドを三名ほど連れてやってきたその女性は、馬上のアイヒベルク閣下に挨拶をする。
『お待ちしておりました、伯爵閣下』
『うむ。わたしは皆様を厩舎へと案内する。もてなしの用意はできているか?』
『もちろんでございます。伯爵閣下、外の政府関係者たちはいかがなさいますか』
『敷地に入れる必要はない。わたしが対処する。お前は気にするな』
『かしこまりました』
「お待たせいたしました。ではこちらへ」
アイヒベルク閣下の案内で邸の左側へと進むと、ぴっかぴかの厩舎があった。どう見ても建てたばかりのやつ。
「閣下、馬の世話をしてもよろしいでしょうか?」
「かまわぬよ。ギュンター」
「はい」
「イヴが馬の世話をしている姿を見ていたいのだが、往来にいるあれをどうにかしなくてはな」
「どれを呼びます?」
「マッキンリーだけで良かろう。それでは、少しだけ離れるが……離れがたいな。まったく、このわたしをイヴから引き離すとは度し難い」
「そういう感情は、全部あっちにぶつけるといいですよ。気持ちはわかりますけれどね。妃殿下と一緒にいられる時間なのに、老年男性たちと顔を突き合わせなくてはならないなんて、まったく以てお労しい」
「労しさをまったく感じぬが、まあ良かろう」
閣下はそのように仰り、わたしの額に数度キスをして、アイヒベルク閣下とベルナルドさんと共に来た道を戻っていかれた。
人任せだったサラバンドの世話に勤しむ。
やっぱり馬と仲良くなるには、世話は重要だよ。もちろんプロがしたほうがいいのは分かるけど、これでも馬の世話は上手いのですよ。
「大佐。マッキンリーってマッキンリー卿でしょうか?」
ブリタニアスの閣僚でマッキンリーは一人しかない ―― ドワイト・マッキンリー。クィン侯爵でありブリタニアスの首相。
「いた。一番深く頭を下げていた」
「……」
「ざっと見たところ、閣僚数名と総司令官、野党の党首に問題がある家に連なる議員が一堂に会していた」
「うーわー」
サラバンドをブラッシングする手が止まってしまうのは仕方ない。
「少佐は情けない声をあげているが、閣下とブリタニアスはすでに戦争状態。首相も知らない間に始まった戦争だが、その戦争終結のための会談の席だ。首相と総司令官がやってくるのは当然だろう」
「…………」
泥沼化するまえに戦争が終わるのは喜ばしいことですが……いつの間に戦争が始まって……た、の?




