【012】代表、私刑に処する
「こちらはマクミラン一門の領地だ」
進行方向左側に陣取ったわたしたち ―― 道を挟んでウォッシュバーン家とマクミラン家の領地に分かれているのだそうです。
「昔は領地を巡っていざこざがあった。それこそ、この道の半分も自分たちの領地だと叫んでいてな。近年になって道だけは国家のものと定めさせることができたが」
「あ……」
「領地が接していると、どうしても仲が悪くなる。ルースとロスカネフもそうだったからな」
ルース帝国とロスカネフ王国……確かにそういうものなのかも。
「マクミラン領に関してはオーガストから通行許可を得ているので問題はない。ああ、フィリップはオーガストの使いだ。祖父と孫ではあるが、元当主と当主でもある。いつまでも引退した祖父が当主面しているのは良くないからな」
ガス坊ちゃんもいろいろと大変なんだなあ。多分、誰もが認める名門貴族家の若き当主だもんな。
「もっともオーガストは怖いもの知らずで、祖父だろうが大叔母だろうが気にせず使える。あれはそのあたりは生まれついての支配者だ」
生まれついての支配者かあ。
昔なら「そんなヤツいるの?」でしたが、わたしの隣に座っている閣下もそちら側といいますか、生まれついての支配者の頂点に立っているので。
違うんだよなあ、やっぱり。
……ガス坊ちゃんからは、あんまり支配者感を感じたことはなかったけど。
お坊ちゃんだなーとは思ったけど……閣下の支配者感を目の当たりにしていて、麻痺しちゃったのかな?
そんなお話をしていたら、ウォッシュバーン家のベリソージュ邸に向かった一行が帰ってきました。
「泊めてやるとは言っていましたよ、従僕が」
馬から降りたベルナルドさんがワインを飲みながら報告して下さったのですが ――
「ほぉ、このリリエンタールの妻の相手を従僕がなあ」
「ただしお部屋はお供と一緒に馬小屋だそうです。金持ちって馬小屋のある邸を持っていますもんね。自慢したかったのでしょう」
「馬小屋か。馬小屋なぁ」
ベルナルドさんの後ろにいるディートリヒ大佐も「その通り」とばかりに頷く。わたし個人としては、宿は馬小屋といわれても全く平気なのですが、閣下に話を通してそれは閣下に対して失礼だよなあ。
閣下を軽んじているといいますか……侮っているというか、侮辱っていうか。そんなことするくらいなら、最初から宿泊に我が家を使ってくださいって言わなければいいのに。
ガス坊ちゃんの領地の使用許可だけで、野宿で構わなかったんですがねえ。
「もちろん泊めてもらうのだから馬の世話くらいしろと言われました」
「馬は何頭だ?」
「分かりません。お前たち、邸に馬が何頭いるか知っているか?」
ベルナルドさんたちは馬小屋までは行かなかったみたいです。
「五頭です」
ベルナルドさんの乳兄弟が答えてくれた。
「馬の世話をさせるということは、イヴの騎馬の世話も自分でしろということか」
「それはそうでしょうね」
閣下のご機嫌が急降下している。
険しい表情をするとか、声のトーンが変わるとかじゃないけど、ご機嫌が悪くなっていってるのが分かる。
そしてベルナルドさんの楽しそうなことと言ったら!
「他は?」
「食事は使用人と同じだそうです」
わたし個人としては、使用人と同じでも問題はないのですが……あのね、そのね、わたしは閣下と結婚いたしまして。妻というと照れるのですが、まあ妻でして。妻を侮辱したら夫が……その……。
「それだけか」
「ええ。それが嫌なら泊まらなくてよい。こっちとしては、泊まって欲しいなどとは一言も言っていないと」
まさかの全否定!
わたしだって、お前のところに泊めて欲しいなんて一言も言ってないよ!
「それは失礼をしたな……まあ良かろう」
”まあ良かろう”と閣下が言った瞬間、声は届いていないはずの使用人の青年が、いきなりコッチを見た。
その表情はあからさまで、怯えているのがはっきりと分かった。
青年、きみスパイなんだろう? 勝手に閣下のお怒りを察知して、表情に出したら駄目なんじゃない?
そう思って見つめていると、スパイはわたしの視線に気付き ―― 牧場の使用人という役柄の仕事に戻った。
とにかく、こんな感じでわたしは侮辱されたらしい。
わたし自身が向かっていないので、何とも言えません。
もしも遭遇したとしても「ちっさ!」としか思わないかなあ。
この辺りはウォッシュバーン家の領地で、ウォッシュバーン家の当主が所持している爵位は最高で伯爵。ベリソージュ邸にいるのはウォッシュバーンの一族だが、当主の一族ではなく分家らしい。
分家の暴走に巻き込まれたのかなーとディートリヒ大佐に聞いたところ、
「……」
それはもう可哀想なものを見る眼差しを向けられた。
「小官はなにか言ってはいけないことを言ってしまったのでしょうか? 大佐」
「あ、いや、少佐はまだ自分がどういう立場の人間なのか、しっかりと理解していないのだな」
「立場ですか?」
「そうだ」
たしかにそれほどしっかりと理解しているとは言い切れませんが、でもそれなりには!
「クリフォード公妃殿下が訪れるのに、当主が出迎えないって時点で終わりだ」
「終わるとは……ウォッシュバーン家がですか?」
ディートリヒ大佐は微笑んで誤魔化した……。
ちなみにですが、わたしのフリをしたディートリヒさんと一緒にベルナルドさんが向かったのには理由があった。
「言い逃れできないようにするためだ」
「?」
「相手の出方を見るためだが、実際のところ邸の使用人がわたしに対して失礼な行動を取っただけ。庶民相手だ、貴族が無礼者を追い払わせただけという言い訳がなりたつ」
「なるほど」
「だが同行者は亡国とはいえ王太子殿下。王族相手にあれは、言い逃れはできない」
「……」
「こうなることを予期してだが、王太子殿下にあの態度は、よくて……」
ディートリヒ大佐が言葉を濁したのだが「よくて……」なんなの? なに!
なんでそんなに言葉を濁して誤魔化すの! などという疑問は尽きないのですが、夕食の時間になったので、話を切り上げた。
空はまだ明るさを残しているが、暗闇の中で料理を食べるより沈みかけた日の光が残る中のほうが食べやすい。
焚き火の炎は結構明るいが、まあまあ暗い ―― 明かりのない場所で焚き火をしながら「なにか」をしようと思った事がある人なら、言いたいことは分かってくれるだろう。
「美味しいです」
「そうか、それは良かった」
本日の夕食は串に刺した牛肉とビスケット。
塩胡椒のシンプルな味付けだが、直火で焼かれた牛肉は美味いね!
この牛肉は牧場主がベリソージュ邸にこっそりと預けていたもの。わたしに嫌がらせをすると掴んだ使用人が「もしものとき、お食事を出せるよう、ベリソージュ邸に肉を隠して預けておきましょう」と提案してくれた。
ギブス牧場はベリソージュ邸の御用達 ―― 食肉を直接卸しているので、邸の召使いたちとは顔見知りという利点を生かして、邸に肉を届ける際に、わたしたちの分の肉も預けておいたのだそうだ。
冷蔵車などない時代ですので、あまり持ち歩いていると肉が腐ってしまうので、冷暗所に保存してもらったそうです。
「このビスケットは美味しいですね」
「そうか」
閣下もビスケットを一つ手に取られ「妃が美味しいと言っている」と牧場主たちに告げ ―― 残念ではありますが、彼らとは一緒に焚き火を囲んではおりません。
うん、でも分かる!
なにせわたしは庶民。王侯と焚き火を囲んで一緒に食事を取るなど、御免被りたいのはよく分かるわー。
だから無理強いは致しません。
ですが火をおこし、肉の下準備をし、持ってきたビスケットを入れた籠を用意してくれ、今も水を汲んだり細々と働いている彼らに、食事を取らせるために場所を早めに代わりたいなと。
焚き火は持ってきた薪の量との兼ね合いで一つだけ。
わたしたちは食事を終え、
『残った肉を片付けろ』
……とアイヒベルク閣下が仰った。
命令口調なアイヒベルク閣下を見たのは初めてだったので、ちょっと驚きましたが、大将で閣下の異母兄弟で伯爵なわけですから、この位は普通だ。
『よろしいのですか?』
『妃殿下がお望みだ』
『ありがとうございます。妃殿下に感謝をお伝えください』
『分かった』
めっちゃ聞こえてるんですけどね!
言葉もしっかり理解してるんですけどね!
でもここで反応しないのが正しい姿。
わたしだって見知らぬ王族から、いきなり声かけられたら困るし ―― それなりに、穏やかな闇の帷が下りた頃を過ごしていたのですが、
「閣下、何者かがこちらへ来ます」
食後のワインを飲んでいるとき、ウォッシュバーン家の方角から四人ほどがやってきた。
「何名か分かるか? イヴ」
「四名で足音を消しているつもりのようです。もっとも素人のようで、不自然な足運びになっているだけですが」
「男か女か分かるか?」
「全員男です」
「そうか。ギュンター。女性に擬態しろ。イヴはわたしのマントを被って、地面に伏してくれるかな?」
「身を隠せばよろしいのですね! お任せください! 大柄ですが、しっかりと身を隠すことはできますので」
地獄のレンジャー研修の潜入術が役立つ日がきた! 研修という名の地獄に耐えた甲斐があったというもの! ……なぜ戦地でもなんでもない土地で潜入スキルを発動させているのか?
地面に伏して隠れていると、男たちがやってきて ―― 要約すると『これからわたしを強姦する。邪魔をしなければドロレスには手を出さないから黙ってろ、ギブス牧場のやつら』と。
まさかの貞操の危機!
ただしわたしではなく、ディートリヒ大佐が。
『大柄だが綺麗な顔をしている』とか言われております。貴様等には何一つ同意したくはないが、ディートリヒ大佐が綺麗な顔だちなのは認める。
だがっ!
わたしが動揺していると、
{*******!}
なんか分からないが怒りの言葉を発し風をきるような音 ―― 骨が折れた音が聞こえてきたので、きっと相手を殴り付けたのだろう。
殴り合いはすぐに終わり、立ち上がってみると、四人の男性が大量出血で倒れている。顔からの出血。
鼻の骨が折れたっぽいので鼻血らしい。
ディートリヒ大佐は更に脇腹を蹴るなどし ―― 四対一でも圧勝だった。
「強いのですね」
「まあな。だからイヴの護衛として付けたのだよ」
そうだったのか。
「もっともイヴはギュンターに守られるより先に、飛び出していってしまうので、ギュンターもほとほと困っていたようだ」
「す、済みません……」
「気にしなくて良い。イヴは自分の身は自分で守れるのだから、自ら戦いたくなるのは仕方のないことだ。だが偶にはギュンターにも戦わせてやってくれ」
「はい! 閣下、あのですね、あの賊はわたしを襲おうとしたのですよね」
「全く以て度し難いがその通りだ」
「わたしも一発殴り飛ばしてもいいですか?」
本来であればわたしが受けるはずだった、気持ち悪い感情をディートリヒ大佐が受けてくれたのだが ―― とりあえず殴りたいかな!
もちろん故国でしたら、そういうことはしませんが……きっと我慢するとおもうが、ここは異国ですし、貴族が支配している土地。まだ国家の法よりも、貴族の私法のほうが優先される。使用人だって貴族同士の利害で片付けられてしまう。そんな土地で司法に委ねるなどという判断は愚の骨頂。
「イヴが殴りたいのなら、殴ってもいいが、怪我をしてはいけないよ」
「もちろんです、閣下。ディートリヒ大佐! 閣下から許可をいただいたので、一緒に殴らせてくださーい!」
とりあえず貴様等に慈悲はねえ! 正義とはいわないが、この拳で貴様等に罪を犯したことを思い知らせてやる! 覚悟しろー!




