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【008】代表、気にする必要はないと言われる

 正妻にぼっこにされたフェリクス・ニジンスキーと偽装妻。

 正妻がここまでするのには理由があった。正妻とフェリクスの間に生まれていた息子さん、病気にかかっていて「助けて」と正妻は何度も手紙を送ったのですが ―― 偽装妻とミーシャ君との生活が楽しくて、フェリクスのやつこともあろうかガン無視。病院の手配も医者への紹介状の用意も、資金も用立てることなく無視し続け、息子さんは亡くなってしまった。

 なんという屑。

 更に言うと工作員である偽装妻もそのことは知っていた。

 なんという屑二号。

 正妻の必死の手紙を二人で読んで、嘲笑っていたそうだ。

 屑と屑が惹かれあって、屑の高みに登ったということか!

 いや? この場合、人間性が低下だから低み? 屑み? まあいいや!

 それを聞いた正妻の怒りは再び、そして屑と屑二号はなぜそれが知られているのか! と驚いていた。

 うん、まあお前たち馬鹿お花畑っぽいから、人目のあるところで、べらべら喋ってたんじゃないの? 驚くほどのことじゃないだろう。

 ただ驚くといえば、こんなフェリクスにしてやられた公爵令嬢とその父親であるバルニャー王国の海軍司令官。


 ……我が国の海軍司令官じゃなくてよか……ああああ! 海軍司令官はついこの間までエクロースだったわー! イーナ(エリーゼ)・ヴァン・フロゲッセルに良いようにされてた! 余所の国のことのこと言えなかったー!


 都合が悪いので話題を逸らすが息子が死ぬ前に、正妻が頑張って病院に行くなり、医者にかかるなりすれば? と思われそうだが、お金がなかったから医者にかかれなかったんだって。

 ろくに仕送りもしていなかったそうだよ、この屑。正妻が内職で必死にお金稼いで養ってたらしいよ、息子と姑を。そうフェリクスの母親の面倒もみていたらしいよ、正妻が。

 正妻に自分の母親を預けて仕送りもせず、屑二号との生活にお金使うのが忙しい生活送ってたんだって!


 屑の役満ってこういうこと言うんだろうな。


 閣下に対して復讐するまえに、自分の生活をしっかりしろよ。

 復讐だけに生きたいなら、家庭を築くんじゃねえ!

 そもそも復讐と家族にお金送らないのは、別物だろうが!

 これはもう、ざまぁ! しかない。正統なるざまぁ! によって、我々の溜飲を下げなくては、枕を高くして眠ることができない!

 最近のわたしの枕は閣下の腕ですので、よく眠れますが。


セリョージェニカ(ヤンヴァリョフ)に話を通しておくから、生活の心配はないぞ。安心するがいいラーリ}


 共産連邦のトップである書記長の愛称を呼ばれる閣下……なんだろう、わたしですら恐怖しか感じられない。

 当のラーリことフェリクスは、目を見開いて泣き出した。


「わかる……」


 ぼそっとこぼしたシュルヤニエミ ―― それは閣下のお気持ちが分かるということか……なわけねーよな。きっと分かるのはフェリクスのほう。


{泣くほど感謝せずともよい、ラーリ。あとのことは、アウグストが処理する。任せてよいな、アウグスト}


 閣下のお言葉を受けたフォルクヴァルツ閣下は、フェリクスの側に膝を突き顔をのぞき込んでいた ―― わたしに背を向ける形になったので、二人の表情は見えなかったが、


{わたしが神聖帝国で(ごみ)の分別、処理を担当していたのは、知っているだろうニジンスキー大佐。ツェサレーヴィチ・アントン・シャフラノフの御下命は初めてだが…………ここで真価を見せることができなければ、このわたしがフォルクヴァルツ公国とともに消えることになるだろうな}


 ディートリヒ大佐の訳を聞いたのは、猿ぐつわを嚼まされてるフェリクスが出しうる限界の絶叫の後 ―― フェリクスは白目をむいてひっくり返った。


「なまじフォルクヴァルツ閣下のことを知っているから、恐怖も一入なのでしょう」


 解散したあと、わたしの警護として側にいたディートリヒ大佐に尋ねたところ、そのような答えが。


「怖い御方なのですか?」


 語るディートリヒ大佐の表情は穏やかで ―― 我が国の、儚い詐欺を働きすぎることこの上ない司令官を一瞬思い出したが……ディートリヒ大佐は別にそんなに儚くなかった。どちらかというと、慈愛をたたえた微笑というのかな。


 あれー共産連邦嫌いなサーシャ(ディートリヒ)さん(大佐)が、フェリクスに対してそんな表情を浮かべるなんて、想像もしておりませんでした……わたしにも恐怖が襲い掛かってくる!

 見知らぬ人が残酷な言葉を重ねても「ふーん。そうなんだー」と軽く流せるが、語る人の過去の因縁からつながる行動に何度か触れているので、過激な言葉なくともその恐ろしさが伝わってくるよ! これが真の恐怖ってヤツだよ!


「捕らえた間諜から、必ず情報を全て引き出せる男と言われ、それは閣下もお認めに」


 うーわー。潜入工作を行っていた屑たちからしたら、絶対捕まっちゃいけない相手として警戒していただろう。


 間諜から情報を引き出せるって……出せるって……。

 さきほどまで「ざまぁを! 屑にざまぁを! 報いを!」などと思っていたわたしですが、既にそのような気持ちは萎んでしまいました。

 相手が強すぎると、どんな屑でも可哀想に思える……でも閣下を暗殺しようとしていた相手だから……。わたしを悩ませるな! フェリクス!

 貴様のことでなんて、悩みたくない! 悩む必要ないことも知っているけれど!


 我が子の急病の知らせを愛人と嗤って楽しんでいた屑たちがどうなったのかは知りませんし、屑たちがこれからどうなるのか知るつもりもありませんが、本日も一等室のホールではパーティーが行われます。

 豪華客船なので毎晩パーティーは行われているのですよ。

 もちろん出席するもしないも自由。本日は二等室にいる仲間たちも正装に着替えて、わたしたちとパーティーに出席することに。


「わたくしが、実地で教えてしんぜよう!」


 正装のフォルクヴァルツ閣下はそう仰り、我が国の男たちをつれてホールで社交を ―― パーティー会場での上手いやり取りを教えて下さっている。

 わたしと閣下の側には、ドレスに着替えたテレジアとサンドラがいる。

 本日は男性たちのマナーレクチャーがメインなので、二人は放置。放置そのものは、どうと言うこともないのだが「暇であろうから、イヴの周囲にいるといい」と閣下が仰ったので。

 ふわー、周囲に同期がいると気が楽だわー。

 デカイ女が自分だけという状況にならなくて……もちろん二人ともわたしより小さいけどね。

 でも華奢な妖精のような女性方の中に一人きりは……道連れありがとう!


「やっぱり全然違う。肩肘張ってないのに、威厳があるわ、フォルクヴァルツ閣下」


 テレジアが言う通り、偉そうに振る舞わないのだが、偉いのが滲んでる。


「そりゃ、皇帝にもなれる御方だもの」

「アウグストは次期神聖皇帝の最有力候補だからな」


 二人の会話に閣下が答えてくださったのですが、最有力候補?


「神聖帝国は選挙で皇帝を選ぶ。さまざまな決まりがあり、その一つに二代続けて同じ家門から皇帝を出さないという決まりがあってな。現皇帝はわたしと同じ家門ゆえ、わたしは珍しく(・・・)神聖帝国では次期後継者最有力候補ではないのだ」


「…………」


 テレジアの「ほあぁぁぁー」って顔! 侯爵令嬢、侯爵令嬢! 当代で資金難で爵位を手放すとはいえ、侯爵令嬢なんだからその顔!


「…………」


 サンドラ「うぉぉぉい!」って庶民の表情そのままになってる! 同じ庶民だから気持ちは痛いほどよく分かるけど、直せサンドラ。今のお前は前途有望な女性士官だー!


 きっとわたしは二人を足して二で割ったような表情という、一番駄目な表情をしていそうですが!


「で、ですが閣下。閣下は異母兄が祖父の跡を継ぎましたよね?」

「ああ。あれはな家門が違うのだ」


 閣下が最近の神聖帝国の皇位継承について説明してくださったのですが ―― 祖父のリチャード(リヒャルト)が神聖皇帝として迎えられた際、フォルクヴァルツ家には神聖帝位に就くことができる男児はいたのですが、二代続けて神聖皇帝は出せないという決まりがあり ―― 閣下の祖父の前の神聖皇帝は、フォルクヴァルツ閣下の曾祖叔父なのだそうです。

 さて閣下の祖父リチャード(リヒャルト)がブリタニアスから呼ばれるくらいに、神聖皇帝に就ける家柄に男児がいなかった神聖帝国。

 そこで皇帝となったリヒャルト六世の息子たちは、皇帝に選出される家柄に婿に入って、それぞれの家門を継いだ。

 家門とは男子の直系を根幹とする血統を表す言葉だが、閣下の伯父たちはそちらの男子系の血も持っていたらしい。

 閣下の父であるゲオルグ大公は三男で婿の入る家もなかったので、新たなる神聖帝位を継げる家を興すために、アブスブルゴル帝室から皇女を娶った。

 なんで神聖皇帝位なのにアブスブルゴル帝室なの?

 この辺りは、


「説明すると長いが、過去の因縁がいろいろとあってな」

 

 アブスブルゴル帝国は神聖帝国の歴史を知らないと、理解できないみたいです。

 わたしたち三人が顔を見合わせて「全然わかんない」と通じ合ったのは言うまでもない。


「現神聖皇帝コンスタンティン二世は血筋としてはリヒャルト六世の孫だが、リヒャルト六世の息子であるゲオルグが新たなる家を興したため、その次男であるコンスタンティンはリヒャルト六世とは家門が違うのだ。そのため皇室法に抵触しない。また当時アウグストの家にはアウグストの父しか男児がいなかったことや、アブスブルゴル帝国の後押しもあり、コンスタンティンが王位に就いた」


 わたしやサンドラなど庶民には、理解不可能な世界のお話だ。テレジアは……似たような感じで聞いている。

 やはり貴族と王族は違うか。


「ただ、わたしの伯父たちは婿に入り家を継いだが早世してしまい、跡取りを残せなかった。それを埋めるべく、わたしの異母兄たちが婿に入ったのだが、どこも男児に恵まれず。現皇帝コンスタンティン二世も娘二人だけ。こうして回り回って、わたしのところに全ての家門が集まってしまったのだ」


 そうか……そういうことなのかー。


「だが気にすることはない、イヴよ。家が滅んだところで、どうということはない」

「そ、そうですか」

「ああ。イヴの子は欲しいが、家のことなど気にすることはない。いや気にしないでくれ。クレーモラ(・・・・・)嬢、神聖皇帝を輩出する家が消滅したところで、世界は何一つ困ることはない。だからクレーモラ嬢も気にすることはない」


 閣下の言葉にクレーモラ侯爵令嬢ことテレジアは、深々と頭を下げた ―― やはり「もう資金難だから爵位は諦める」などと言っても、侯爵家にこだわりというか……簡単に諦められるものではなかったらしい。

 たとえ自分が継ぐ家ではなくても。

 こういうところは、有爵貴族ではないわたしやサンドラには分からない。

 ……平民のトロイ先輩と結婚するサンドラは分からなくてもいいような気もするが、わたしは分からないで済ませていいのかどうか。


 パーティーが終わり会場から出たとき、


「大統領閣下に、ありがとうございますって言っていたと、伝えてもらえる? イヴ」


 テレジアにそう言われ ――


「ああ……悩んでいたとは知らなかった。相談してくれとは、簡単には言えないけどな」

「ん……あそこまではっきり、クレーモラ侯爵家がなくなったところで、世界は何とも思わないと言われてさっぱりした」

「そっか」

「でもさ、イヴ。リリエンタール閣下はご自身が継がれた家がなくなっても問題ないって言ったけど、実際のところはどうなの」


 その話題振ってくるな、サンドラー! でもわたしがサンドラの立場だったら、話題振るわー!


「閣下は気にすることはないと仰るけれど……うん」

「だよね」

「だよねー」


 わたしも「ダヨネー」としか言えない。

 

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