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【007】代表、修羅場を眺める

 客船に乗り込んだわたしたちは、


「アントンが戦ってるところ、見たかったな」


 フォルクヴァルツ閣下と合流した。


「居たとしても見せぬが」

「さすがアントン。つれない!」


 この会話を側で聞いているわたしたちは、どのような表情をすればよいのか分からないので、全員式典に臨む真面目な表情で直立不動のまま ――


「イヴは当事者だからな」


 公爵令嬢から命を狙われたので当事者ですが、これほどまでに当事者っぽくない当事者もいないだろう。だが当事者ということで、事情を教えていただけるらしい。

 あとは同行した人たちも、意味が分からないのはいやだろうと ――

 バルニャー王の外孫である公爵令嬢が、わたしを呼び出し殺害しようとした一件だが、


「わたしが平民のイヴと結婚したので、自分の身分でもわたしと結婚できると考えたようだ」


 理由が非常に馬鹿馬鹿しかった。

 選手組と海外出張組に政府関係者もいるのですが、七割が「?」って表情に。


「わたしは慣習に則れば、王の正式な娘としか結婚できぬ。まあ王といっても、小国家の君主の娘もはいるが、バルニャー王の外孫など門前払いだ」


 閣下がうっすらと笑われると、室内の空気が薄くなった感が。寒くなるのではなく、酸欠的な感じのやつ。


「わたくしの娘は嫁げるが、嫁げない!」


 フォルクヴァルツ閣下の一言に、室内にいる八割が「?」に ―― 


「ブリタニアスの王ジョンを殺害した神聖皇帝カールは、このフォルクヴァルツ家から出た神聖皇帝なのだ」


 神聖皇帝カールがブリタニアス王のジョンを惨殺したのは、みんな一度は習うので「ああ……」という表情に。


「娘の嫁ぎ先に丁度良いと思ったんだが。娘は四十歳年下だがね」


 フォルクヴァルツ家は神聖皇帝を輩出しているほどの名門……っていうか大名門なので、ご令嬢は閣下のお妃にもなれるけど、ブリタニアスの王室法からすると大却下というわけです。


「お前の娘なんぞ要らぬ」

「まあな! とにもかくにも、この皇帝じゃないと言い張る皇帝が、平民である妃殿下と結婚したことで、自分にも! と考えた愚か者が現れてしまったということだ。時代の転換期を上手く乗り切れない馬鹿の愚行という、教科書に載せるべき事案である!」


 フォルクヴァルツ閣下は嬉しそうに ―― 公爵令嬢についてですが、処分はバルニャー王に任せたとのこと。


「どのような処分であっても、特に問題はない」

「毒杯一択だが、どこまでの血縁が毒杯を仰ぐかが問題……賭けようじゃないか、アントン」

「誰が賭けるか」


 軽く話していますが、王侯貴族の矜持を守るための強制的自裁ですよね、それ。……殺してしまうのですか……。


「問題なのは王孫に使われた者たち。あれたちはマルチェミヤーノフ派の兵なのだ」


 ……ふあ? マルチェミヤーノフ……マルチェミヤーノフ……あああ! レオニードに飛行船(ツェッペリン)から突き落とされた共産連邦の元帥!?


「共産連邦のマルチェミヤーノフ元帥ですか?」

「そうだ。もう故人だが」


 なんでまた、そんなの雇ったんだよ公爵令嬢……これは駄目だ。毒杯で自死して体裁を取り繕わないと。もちろん公爵令嬢は知らなかったのだろうけれど、だからこそ。


「バルニャーは共産連邦の海軍に攻められていたであろう? 外側から攻める前に内側から情報を抜くのは必須。よってマルチェミヤーノフの息のかかったものが忍び込んでいたのだ。王孫の父親は海軍司令官だ」

「血筋と家柄と顔だけがいい男に、責任のある地位を授けるから、こうなるのですな」


 王女を娶る公爵閣下ともなれば、爵位だけではなくそれなりの地位にも就いていて当然ですもんね。そういったやつが紛れ込むこともあるよなあ。

 それを見つけ出したり、捕らえたりするのは司令官の部下の仕事だとは思いますが、上手く回っていなかったのだろう。


「それにしてもマルチェミヤーノフらしい、短絡的な配置ですな」

「まあな。あまりにも短絡的すぎて逆に疑いたくもなったが、マルチェミヤーノフに裏はかけまい」

「マルチェミヤーノフも裏くらいはかくだろう。それが出来たから元帥にまでなれたのだ。マルチェミヤーノフに出来なかったのは、アントンの裏をかくことだ」

「わたしの裏もかけずに、書記長になろうとは、とんだ夢想家だ」

「ヤンヴァリョフはお前に悪夢ばかり見せられていたけどなぁ」

「アウグスト。ヤンヴァリョフは見せられていた……のではない、現在も見続けている。あれの悪夢が尽きる日はない」

「ひでぇ。だが、さすがアントン」


 ヤンヴァリョフ、強くイキ……なくてもいいや。書記長だからなー!


「わたしに襲い掛かってこようとした男は、マルチェミヤーノフ派の将校ということもあり、現在マルチェミヤーノフ派粛清の嵐が吹き荒れている共産連邦に帰るに帰れなくなったのだ」


 閣下に対しては弱腰だけど、かなり独裁者してるんだなヤンヴァリョフ。粛清の嵐とかまったく尊敬しないけど。

 でも帰れなくなったことと、閣下の暗殺ってなんの関係が?

 閣下の暗殺を成功させたから、粛清しないでください! ってこと?

 それはまあ、閣下が怖すぎて前の書記長を打倒したくらいのヤンヴァリョフだから、喜ぶだろうけれど……失敗が怖すぎてそうそう命令は出せないだろうな。

 今回は失敗してしまったし。


奴ら(・・)にも説明してやる必要があろう」


 閣下がそのように仰り ―― わたしの襲撃犯を装った閣下暗殺未遂犯たちと、警備兵の皮を被って喉を突かれた共産連邦兵は、客船のホールで顔を合わせる。

 今回は変な動きをしたら、撃っても蹴っても切っても投げ飛ばしてもいいと言われたので、剣にナイフに拳銃、そして格闘用の革製オープンフィンガーグローブにヘルメットを装備。


「その状態のイヴを出し抜けると考えるのは、他国の情報収集不足くらいだよなあ」


 エサイアスの言葉に、全員が頷いた。なにお前まで頷いてるんだよ、ハインミュラーにバックリーン軍曹。

 とにかく今回おかしな動きをしたら、容赦はしないからな! たとえお前が手術直後であろうとも!

 毎晩演奏会やダンスパーティーが開かれている一等室のホールに、武骨な集団がぞろぞろと。


「同時通訳はわたくしに任せやがれ!」


 賊は全員ルース語が母国語なので、閣下はそちらの言語で問答し、それをフォルクヴァルツ閣下が同時通訳してくださるそうです。

 ありがとうございます、フォルクヴァルツ閣下。


「ディートリヒ、アウグストがふざけた意訳をしていたら、即座に訂正するように」

「御意」


 閣下がそのようにディートリヒ大佐に命じ……誤訳じゃなくて「ふざけた意訳」という辺りが、フォルクヴァルツ閣下なのでしょうねえ。

 先日同様、アイヒベルク閣下が用意したのだろう椅子に腰を下ろされた閣下は、昨日ちらこちらの腱を切りまくった相手に声を掛けられた。


{予後はどうだ? フェリクス}


 ファーストネームを呼びかけられた男は、眉を顰めた。

 もしかしたら傷が痛いのかも知れないけれど。


{麻酔が薄れてきて痛むころか}


 閣下は全く気になさらず、フェリクスに話し掛ける。


{復讐したいのは構わぬが、仲間には本当のことを告げておくべきだな。協力してもらえたかどうかは知らぬが。本当のことを告げなかったのは、協力してもらえぬと判断したからか? 自らの求心力に不安があったのか}

{……}

{お前たちは知らぬようだが、フェリクスは私的な復讐心を満たすために、今回のことを計画した。フェリクスの父親はジュキノリの施設責任者であの場にいたからな}


 閣下がこの地上から跡形もなく消し去った、共産連邦の大軍事施設ジュキノリの現場最高位だったドミトリー・ニジンスキーの息子がこのフェリクスらしい。

 ということはこいつの名前はフェリクス・ドミートリエヴィチ・ニジンスキーか。


{施設長ニジンスキーの息子?}


 昨日から拘束されたままの一人がそう呟くと、閣下は頷かれ ――


{どうした? ラーリ(・・・)


 閣下の呼びかけ? らしきものに、フェリクスは驚愕の表情を浮かべた。


{なぜ……}


 よく分からないけれど「ラーリ」は個人的ななにか……らしく、まさかそれを閣下に知られているとは思わなかったようだ。


{復讐できなくて残念だったな、ラーリ}


 フェリクスの部下? と思われる、わたし襲撃未遂犯たちの中には「意味が分からない」という顔をしているのが二名ほど。

 おそらく彼らは、ジュキノリが吹っ飛んだことを知らない、もしくはジュキノリの存在自体を知らないのだろう。

 連合軍(こっち)はやった側なので大々的に宣伝するが、共産連邦(そっち)はやられた側なので隠す……気持ちは分からなくもないような、でもそういうのはしっかりと解析しないとまた同じ失態をしでかすよ! いくらでもしでかしてくれていいけどね!


 ……ああこいつら、閣下を過小評価しまくったマルチェミヤーノフ派だったな。もしかしなくとも、ツェサレーヴィチ・ボンバ関連はマルチェミヤーノフが握り潰したのか。


{ツェサレーヴィチ!}


 閣下ってやっぱり皇太子(ツェサレーヴィチ)って呼ばれるんだなあ。そしてツェサレーヴィチと呼ばれるときは、あまりいい感じではない。

 我が国の総司令官が代表格……仕方ないことではありますが。


{どうした? ラーリ。言いたいことがあるのなら言うがいい。許してやるぞ}


 閣下がそれはもう皇帝です。

 即位している本物の皇帝を見たことはないけどね!

 国王に即位した陛下のお側で仕えたことはあったけど、閣下とは印象が全く違うなあ。陛下はどちらかというと、わたしの前世時代の王さまっぽい……攻略対象だったので、現代風の王さまになっているのだろう。……それにしても、前世なのに現代風ってややこしいなあ。


{たとえ貴様が俺をここで殺したとしても!}

{他の復讐者が来ると?}


 激昂しているフェリクスと冷静な閣下の対比がくっきりとしている。


{かつての貴様ならば隙はなかったが、いまの貴様は違う! 弱点が}

{妃のことかな?}


 閣下の弱点と言われてしまいました!

 これでも結構やれるのですが、あくまでも物理だからなあ。でも閣下の弱点といわれるのは、少しだけ嬉しい。もちろんお言葉に甘えずに、弱点じゃねーぞ! と攻撃する所存ですが。


{そうだ! 貴様を絶望に陥れることはいままでできなかった! だが今の貴様は!}

{そうだな。妃になにかあったら絶望する、まちがいなく弱点だ。だからわたしは、わたしの全てを賭けて妃を守るぞ。かつては不思議だったのだ。なぜ家族を人質に取っただけで人はこれほどまでに言うことを聞くのかと。まあ効率がよい方法と知っていたので、その手段は否定しないが理解はしていなかった。だが今は違う。今ならば分かる。たしかに効率がよく、わたしにダメージを与えたければ、妃を傷つけるのがもっとも効率的だな……”ラーリ、ミーシャのお誕生日には帰ってきてね。ミーシャはあなたが帰ってくるのを待っているのよ”}


 閣下の言葉にフェリクスが目を見開いた ―― その表情は驚きに多量の恐れが混じっているのがはっきりと分かる。


{なにを驚いているのだ、フェリクス・ドミートリエヴィチ・ニジンスキー}

{家族に! ツェサレーヴィチ、俺の家族になにを!}

{わたしの家族を襲うと言っていながら、自分の家族が襲われることは考えていなかったのか? 朕が妃に攻撃を加えられようとも、お前の家族には手を出さぬと? 本気でそう考えていたのか? だとしたら楽観主義にもほどがある}


 ”ほどがある”と仰ったあと、閣下が低い声で笑われた。音声は笑い声だけど、それはほぼ殺意だった。

 足下から這い上がってくる冷気的なの。

 閣下はフェリクスを無視して、手を叩かれた ―― 我ら庶民にはできない「持って参れ」という命令込みのやつ。


 そこに現れたのは女性で……その後は同時通訳が出来ない程の修羅場に。

 現れた女性はフェリクスの正妻で、本国こと共産連邦にいた。

 ミーシャ君はフェリクスの息子だが、正妻の子ではなく、バルニャー王国に馴染むため女性諜報員と夫婦という形を取った ―― それが互いに本気になったらしく息子も生まれて幸せ家族に。

 でも本国には正妻がいるわけで……閣下がどうしたのかは存じませんが、正妻と偽装妻を船に乗せて連れてきて ―― 正妻の好きにさせてやった。

 本来のフェリクスなら妻の攻撃など簡単に躱せるが、重傷を負っているのでどうすることもできず、正妻に殴られるがまま。


 正妻が何を叫んでいるのかは、わたしたちには分からない……


「余人には咆吼にしか聞こえぬが、フェリクスには分かるようだな。これが浮気者の愛というものか」


 唯一理解しているフェリクスが、なにかを叫き返し ―― 正妻はそれも理解して更なる咆吼をあげていました。

 それを見ているきっと部下なのだろう彼らは、冷め切った目を向けており、フェリクスを無視して亡命したいと申し出てきました。


 完全に部下に見限られたっぽいね、フェリクス。


 フェリクスと正妻の争いについて、そういう状況なのだよと教えられたハインミュラーの顔色の悪いこと、悪いこと。お前、髪はストロベリーブロンドだけど、頬はこけているし三白眼なんだから、そこで顔色が悪くなったら……あれ、もしかして昔の自分を思い出しているの?

 そういうときって恥ずかしくて頬を赤らめるもんなんじゃないの? それとも、赤らめるどころじゃ済まない馬鹿ぶりだったことを実感しちゃったのか?


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