【006】代表、圧倒される
捕り物が終わり、王外孫である公爵令嬢が首謀者であることが判明 ――
「これ、どうするんだ」
その身分から事態は内密に片付けられる……とはならなかった。
政府としては、隠しきりたかったはずだが街中に「公爵令嬢、大統領夫人暗殺を図る」という見だしの号外がばらまかれたのだ。
なぜかわたしが呼び出された時間と前後して。
前もって用意していたとしか思えないタイミング。
王族や政府関係者は晩餐会に出席し、捕り物に遭遇して右往左往していたので、この号外のことを知ったときは既に手遅れ。
その結果、街は大騒ぎ ―― 閣下とアブスブルゴル帝国が小競り合いをしているのは、バルニャー王国でも知られているので、その矛先がこちらに向くのではないかと。
バルニャー王国も小さな国ではないが単一民族国家で、植民地も持たない ―― 列強とは呼ばれない国だ。
そこに列強の一角でもあるアブスブルゴル帝国と事をかまえている閣下 ―― 不仲の理由がわたしで、そのわたしを殺害しようとした犯人が……となると「攻撃されるのでは」と考えるものが出てきてもおかしくはない。
「イヴが分からないなら、俺たちには分からないよ」
街で集めてきた号外と、翌日の朝刊をみんなで回し読みしながら ―― 護衛で頭のいいエサイアスが、笑顔で首を軽く振る。
そうか、エサイアスでも分からないのか。じゃあわたしも分からないわー!
ディートリヒ大佐が公爵令嬢の手下を捕まえたあと、
「イヴは何も心配することはない」
閣下はそのように仰り、どこかへと向かわれた。
わたしたちは滞在先の邸へと戻り、軽く籠城していた。バルニャーの関係者が邸の周りをうろつき、会わせて欲しいとドアをノックしたりしているが、閣下が「駄目」と言っているので、誰も通れない。
「イヴの話を聞く分じゃあ、閣下のお母さまって、バルニャー語の読み書きできなさそうだよね」
テレジアが証拠物件の一つ、呼び出しの手紙を眺めている。
閣下の生母エリザヴェーダさまについては、それほど深い説明をしたわけではない……だが「出産後すぐに修道院に。以降四十一年間一度も会ったことがない、ルース皇女」この簡単な説明で全部終わるのも事実。
「うん。全く知らないとまでは言い切れないけど、使用言語はルース語、もしくは古帝国語だと思うよ」
ルース皇女で敬虔な修道女だから、その二つの言葉は使えそうだけどバルニャー語は使える感じしないんだよなあ。たしかにバルニャー王国とルース帝国は地続きだけど、ルース帝国からしたら北西の端っこが、ちょっとつながってるだけだし。
「ルース宮廷に仕えたバルニャー貴族というのは聞いたことがないなあ」
シュルヤニエミがそう呟く。
「多分いないと思う」
「なんかイヴ、聞いてるの」
「いいや、聞いてないよサンドラ。だからさ。居たら説明されるだろうし、閣下に少しでもつながる人が呼ばれないわけないだろう?」
宮廷でルース皇族と何らかのつながりがあったら、当人ではなくとも「祖父が」あるいは「父が」と話題の欠片として使われるはずだ。
「そっか」
そんな話をしていると、閣下がやってきた。
いつも通り昼の正装である深い黒のダブルフロックコートに、濃い灰色のズボン。白いシャツと落ち着いた色のネクタイにベスト、エナメルのストレートチップの靴はいつも通りぴかぴか。
撫でつけられた髪は一切の乱れない。
後に控えているディートリヒ大佐が、閣下のシルクハットと、今日も今日とて双頭の鷲がついたステッキを持っている。
「イヴ」
両手を広げてやってきた閣下は、特に怒っていらっしゃる様子もなくわたしにハグをし、わたしもハグを返す。
「はい」
「夜はよく休めたか?」
「はい。閣下は」
「わたしも休んでいるから心配はないよ」
「そうですか。あの閣下、外遊の予定は」
本日の夕方にはバルニャー王国を発つ予定なのだが、こんな騒ぎがあった後では、延びたりするのでは?
「予定通り出発する。そのために少しすることがあってな、歩きながら聞いて欲しい」
「はい」
出発準備を選手組に頼み、
「お任せ下さい!」
「お願いします、シベリウス少佐」
声が大きいシベリウス少佐に引率を任せ、出張組を伴い部屋を出て、
「賊たちと会うのですか?」
昨晩のわたし殺害の実行犯たちと会うことに。
閣下はディートリヒ大佐からシルクハットとステッキを受け取る。
「ああ。賊たちについては、あとで詳しく説明するが、その中の一人がわたしを殺害しようとする」
並んで歩いていると、閣下が「お菓子でも食べるか? イヴ」みたいな口調でそんなことを。
「ふぁ!」
閣下を殺害ですと!
それはもう、わたしがぱしゅって撃ってやります!
「銃さえ用意していただければ」
銃がなくたって、拳と蹴りの連打で!
「いやいや、イヴにわたしが強いところを見せたいので、攻撃を仕掛けてくる男を見過ごしてくれ」
「はい?」
閣下が何を仰っているのか、よく分からない。
ただ凄く楽しそう。
「アウグストやヴィルヘルムから、わたしが強いというのは聞いていると」
「はい。上級生相手でも負けなかったと」
「わたしもそれなりに強いのだ」
「あ、はい」
「だが強いと自分で言ったところで信じてはもらえぬであろう」
「信じておりますが……」
「わたしが強いところ、見たくはないか? イヴ」
「それは拝見したくはありますが、命を狙ってくる相手とは……」
「大丈夫だ、相手の実力はしっかりと見極めている」
「……」
「そんな顔をするなイヴ。ただ可愛らしいだけだ」
こめかみの辺りに、軽くキスされたー!
でもでも! 閣下が襲われるのを知っていながら、なにもしないなんてー! なにもできないなんてー!
「ご心配でしょうから。しっかりと手入れしておりますので、暴発の心配などはありませんよ」
「ありがとうございます、ディートリヒ大佐!」
そう思っていたら、わたしの精神安定のためにと、ディートリヒ大佐が拳銃を貸してくれた。
「もちろん閣下を信じておりますので、撃ちませんが」
「うむ。見ていてくれ、イヴ。イヴが心配するようなことなく、圧勝するからな」
「はい」
「そうそう。賊は最初、腕のロープを外した兵士から銃を奪いわたしを殺そうとするが、その銃は弾丸が全て抜かれているから心配せずともよい。弾丸が出ずに”あれあれ?”と呟く賊の間抜けな様を眺めていてくれ」
……閣下の心配はしますが、それ以上に……暗殺犯、お前、本当に閣下を襲うつもりなの?
ちらっとディートリヒ大佐の方を見ると「諦めてください」といった感じで首を振られたが、いや、そうじゃなくて暗殺者が……。
もちろん閣下を暗殺しようとしているので、可哀想ともなんとも思いませんが、掌の上で転がされている感がなんとも。
そんな複雑な気持ちを懐きながらわたしたちは、腕をロープで縛られた男が五名と、その倍の数のバルニャー兵士に関係者が四名ほどがいても、まだ”ぽつん”としている大きな部屋へ足を踏み入れた。
部屋の上座段が設置され、そこを赤い絨毯が覆い、シンプルながら重厚感のある椅子。その背後には大きな双頭の鷲・閣下バージョンと、わたしの旗が掲げられていた。
わたしの旗ってなに?
閣下が作って下さったのですよ、わたしの旗を。金色の縁に緑生地で、ペガサスとエーデルワイス(花)が描かれている。
わたしが乗馬が上手いのでペガサスを選び、閣下とわたしが初めて会った時の会話がエーデルワイスだったので、この二つを図案にしたのだそうです。
お花じゃなくて鉄道のほうのエーデルワイスの話題でしたが、そこは閣下の裁量でお花に。
旗を見た時は吃驚しました!
そしてこうして飾られるとなんと言っていいのやら!
「お待ちしておりました」
仮玉座にはアイヒベルク閣下が控えていて、閣下は黙って仮玉座に腰を下ろし、わたしは閣下の仮玉座の左斜め後方に。
「後で全て会話の流れは説明するからな」
「分かりました、閣下」
こうして”なにか”が始まり……政府関係者がなんか嘆願したあと、ロープで手首を縛られている男五人のうちの一人が引き出された。
多分リーダー格で、閣下を暗殺しようとしているのだろう。
身長は一般的な高めで、年はおそらく三十歳前後。明るめの栗色の髪に、ヘーゼルの瞳で顔だちは悪くはない……が、閣下暗殺を企んでいるというだけで、わたしにとっては全てが最低。今限定でレオニードが最下位を脱している ―― あいつ、閣下に服従してはいないけど、陶酔しているから、こいつよりはマシ!
その男は顔を上げると、ふてぶてしく笑い、何かを話し出した。
どうも政府関係者側には都合の悪いことらしく慌てふためくが、閣下が手を上げて「黙れ」と無言で制する。
残念ながらわたしの場所から閣下の表情は見えないのですが、玉座に座っているときの閣下の動きは完璧なまでに支配者なのが伝わってくる。
閣下は男と三回ほどやり取りをして、男を抑えている兵士に縄を解くよう指示した ―― 縄を解き始めたので、そのように指示したのだろうなと判断したまでだが。
ということは、ここから閣下への攻撃が始まるのか。
気持ちを引き締め、男の一挙手一投足から目を離さず ―― あ、兵士も仲間だ! 腰の銃のホルスターの留め具、外れてやがる!
え? ということは、閣下は二対一で戦うのですか!
思っていると男は兵士の腰から拳銃を抜き取り、閣下に向け ―― 少し勝ち誇った表情を浮かべた。
うん、たしかに銃口は閣下を捕らえているが、それ弾丸入ってないぞ。持ったときの重さで分からんのか! お前は素人か! 素人なんだな!
全部の弾丸が入っていない銃なんて、すぐに分かるだろう! その程度の力量で人を撃とうなどと思うな!
引き金を引くも、弾丸が出てこず。
男は焦って何度も引き金を引くも、弾丸が入っていないんだから撃ちようがない。
銃を奪った兵士に対してなにか叫び ―― それに被さるよう、閣下が何かを仰った。
男は閣下を凝視する。
わたしの隣にいたアイヒベルク閣下が手に持っていた鞘に入ったままの剣を男の足下へ、滑らすように投げてなにか単語を仰った。
男はその剣を拾い上げると、ステッキを持った閣下が立ち上がり、男を目指してまっすぐ走っていった!
男は驚いたようで……わたしも驚いているけれど!
わたしたちの驚きを無視して閣下は、ステッキで男に振りかぶり……速いぞ! 得物を振り下ろすのが速い!
男は手にした剣でなんとか閣下の一撃を防いだが、閣下の二撃目が繰り出され、男は右肩付近を殴られた。
男は剣を鞘から抜いた ―― だがそれよりも前に、閣下がステッキの持ち手から少し下を「こきっ」と回すと、細身の剣が現れた。
まさかの仕込み杖! いや、あるとは聞いておりましたが、見たのは初めてだ!
閣下は外した鞘部分を右手に、左手で仕込み杖を振るう。
男は剣をかまえるが、閣下は華麗に男の左耳を飛ばしてから、右肩の付け根に刃を突き立てる。
刺すと肉が締まり、剣が使えなくなる恐れがあるのであまり……だが、閣下は我が国の儚い詐欺を思い出させる前蹴りで男の体から刃を引き抜く。
男は体勢を崩すまいと足に力をいれる。
そのせいで、足裏の全面が床についてしまった。こういうときは、足裏全面を付けて動きが止まってしまうと負ける。
閣下は男が耐えることを分かっていたのだろう、敏捷性が失われた男の左のアキレス腱をスパーン! と切った。
男が「え?」という表情を浮かべている間に、右アキレス腱も同じく切り裂き、膝をついたところで背中に足をかけて、背後から男の左肩を貫こうとしたところに、銃を奪われた兵士が突進してくるも、鞘の先端を兵士の喉へ向けて突く。
兵士は叫び声も上げられぬまま仰向けに倒れ泡を吹き、閣下は男の肩の腱をも切った。
「どうだった? イヴ」
「お強いです! 聞いていた以上にお強いです」
鞘と抜刀した仕込み杖を持ちながら、何ごともなかったかのような笑顔でわたしのほうへ近づいてきた。
「なかなかやるであろう?」
「はい。閣下、今度お手合わせ願いたいのですが」
「それはムリだな、イヴ」
「どうしてですか?」
「わたしがイヴに振りかぶれるわけないだろう。イヴに殴りかかるなどできないから諦めてくれ」
「……少しくらいなら」
「ムリだ……どうしても、わたしと勝負したいのか、イヴ」
「はい!」
「……分かった、後でな」
このあと、わたしたちは閣下に伸された兵士と、腱を切られまくった男と、その他四名の暗殺未遂犯を連れてバルニャー王国から出立した。




